「なんだって? ナルガk「あぶねーーーーーーーー!」
破壊神の言葉をすさまじい大声で遮ったと思うと、魔王はがっしりと主の肩を掴んで言い募った。
「は、ははは、破壊神さま、にゃー、です。にゃ、る、が、く、る、が!
そこらへんだけはお間違えのないよう。そんなとこ間違えたら私の配下でない魔物が襲ってくるやもしれません。襟巻きトカゲ似の先生ならまだしも、銀色の飛竜とか金色のサルっぽいなにかとかはちょーっと手に負えそうもありませんからな」
「魔界の王ともあろうものが、なにをオマージュとパロディとパクリの区別もつかん中高生のようなことを…それで対応策はわかったのか?」
「は。まったく魔界の研究者は有能でして。今回の魔物に関しては目撃情報が今回含め二件と非常に少なかったらしいのですが、聞いた話からなる情報をジックリコトコト煮込んで答えを出してくれましたぞ。
しかしこれはあまり大きな声では言えませんので…破壊神さま、ちょっとこっち来てくだされ」
魔王は破壊神を岩陰に引っ張り込むと、どこから持ってきたのか分厚い図鑑を開き、魔物研究科から聞いた結論を解説し始めた。随分と噛み砕かれたそれによれば、異常種によるステータス異常の特効薬はやはり異常種の(それも高レベルほど良しとされる)体液が元になるのだという。
聞いて、破壊神はきつく眉を顰めた。
「…確かに、それは言えんな。今でさえ乱獲され気味だというのに、さらに薬になるなどと教えたら、増えやすい異常種でさえ個体数がぐんと減る」
「人間は容赦がありませんので。食物にせよ薬にせよ必要な分で満足すればいいのに、山ほど取って高く売ったり調合して予備の薬にしたりと。まったく欲深いことです」
「お前が欲深いだとか言うと説得力が感じられんのだが」
「まあともかく! 情報はそれだけですので、とりあえずコケ行ってみましょうか。幸いマヒヤシならダンジョン中に満ち満ちております。マヒコマンドに変異させるくらい容易いですよね、破壊神さまですし」
「それがだめでもスリーピーTがいる。他の種を変異させる必要はなさそうだ」
「そうそう、爪ではなく咬み傷から唾液が混じってああなるそうです。聞くところ集落の生き残りの者が猫化しなかったのは、咬まれた者はそのまま食われてしまったからでしょうな。
ついでに異常種の体液って死ぬほど苦いらしいですぞ。でもまあ仕方ありませんなー必要ですからなー!」
「おもしろいのは確かだが、まあ、そう笑ってやるな」
* * *
― 同時刻、シャスカ
自分は何の因果でこんな責め苦に合っているのだ。
目の前でどうにも興味をそそる動きをする虫を見ながら、シャスカは強く自分の手を押さえつけた。
最初に破壊神は告げた。
シリーズ全体の威信に関わる話でもあるので元には戻してやるが、一匹でも魔物を狩るようなら即刻ダンジョンから叩き出す。魔物達には手を出させないから大人しく待っていろ。と。
無論、わからぬ道理ではない。
魔族側の圧勝によりピリオドを打たれて以降、魔物達がさほど非道な真似に及ばないせいか、長きに渡る人間と魔族の絶対の敵対関係はほんの少しだけ和らぎつつある(無用な諍いを起こすまいという魔王の指令ではあろうが)。
しかしシャスカは元々勇者であり、直接魔王軍との殺し合いに身を投じてきたのだ。
奇妙な顔見知りであるとはいっても、その自分が破壊神の元までのうのうと頼み事をしに来ただけでも虫のいい話だ。さらに配下の魔物達を狩ろうなどと、そんな了見は端から持ち合わせていない。
…だが、この状態は何事だ。
「にゃぜ、私を…ガジガジ虫の部屋に入れた…破壊神…!」
ぱたぱたひらひらと、なんとも言いようのない魅惑的な動きだった。じゃれついて叩き落として押さえつけて、羽根や胴体が引きちぎれるまで嬲りつくしてやりたい。
だが欲望にまかせてそんなことをやってしまってはあの破壊神はまず間違いなく怒り狂って、言葉通り自分を叩き出すに違いない。そうなろうものなら、当分(下手をすれば一生)この屈辱的な姿ということになる。
真っ平御免だった。
それ以前に、食糧にも素材にもせず…また目的を達成する手段の一つでさえない「ただ殺すだけ」などとは、ハンターとして最もやってはならぬ行為ではあるが。
目の前でガジガジ虫がコケを捕食する。
獲物を食らう時の決定的な隙に思わず知らず手が出そうになり、尖った爪が食い込むほど強く拳を握り締めて堪える。
たまらずに生唾を飲み込んで目を閉じるが、異様に発達した聴覚は多重奏に似た羽音を捉え続け、ますます精神がかき乱される。
本能を理性でねじ伏せて、シャスカはひたすら耐えた。
* * *
「最初はどうかと思ったが、案外根性を入れて耐えるじゃないか」
「今の状態でガジガジ部屋に放り込んで、一匹でも殺したらダメとは。破壊神さまは相変わらずすばらしくネジくれておりますな」
「魔王と破壊神に頼み事をするのに贄も差し出さんとは空気の読めん奴。無償で治してやるのは構わんが、破壊神は実はイイヤツだとか斜め上の解釈が蔓延ったら世間体が悪い。少しは辛い思いをしてもらわんとならん。マヒコマンドの薬はできているがもう少し苦しめ、シャスカ」
「…アレを贄に出されても魔王の大粒のナミダが落ちるだけですが」
「最初は嬉しいが後になるとウロコでないことに舌打ちするあれか。どこで精算するんだそれを。
そもそも男の娘やショタっ子ならまだともかく、いい年をした魔物ハンターでオプション猫耳…狂気の沙汰でしかあり得んな」
破壊神と魔王が薬を持っていったのは、その一時間後であったという。
→