「…破壊神さま、なんですかなコレは」
「わからん」
「解らんで済ます気か、お前達がおかしにゃ魔物を作ったせいではにゃいのか」
「生憎だがこんな特殊能力を持つ魔物が作れるなら、露出度の高い美少女勇者に向かわせるところだ」
   
身も蓋もない言いように、シャスカは憮然と耳を伏せた。
…頭頂部に生えた、イエネコの耳を。
人間本来の丸い耳は、どういう追加効果なのか見当たらない。目深に被った帽子で気付かなかったが、破壊神と魔王がよくよく見れば瞳の光彩も人間には有り得べからざる縦に裂けたそれで、薄闇の中で緑色に光っている。
縮んだ、という弁も間違ってはいなかった。元々破壊神とそう変わりなかった背丈が、ともすれば抱き上げても違和感のなさそうなサイズになり果てていた。
本人曰く、黒豹に似た竜の爪に斬り付けられてからこうなったのだと言う。
「もう一度聞くが、破壊神、魔王。本当に心当たりはにゃいか」
「ない」
「あるわけがなかろう。…貴様、よもや破壊神さまを誘惑しようとそんな格好で来たのではあるまいな」
「魔王…お前私をなんだと」
「あっいえいえいえいえ…エフン。レア種の魔物でしょうか。自らの姿を変えるのでなく相手のステータスを狂わせるあたり、おそらく異常種…まあ対象が不幸にも成人男性だった時点でかなりどうしようもないんですが」
「それなりの年の男がケモ耳にこの口調では、どのような層に何をアピールしたいのかわからんな。往年の日活映画が唐突に萌えアニメに路線変更したようなものだ」
「エロどころか萌えを見出すにも足らん中途半端っぷりですな! ハッハッハ!」
「人ごとのように言ってる場合か。このまま放っておいたら遠くない未来、シリーズ全体を通してそう呼ばれるぞ。魔王軍、特にコウモリおとめ辺りと猫耳勇者のバトルが売りだとかコノザマレビューに書かれてみろ。しかもエロさえない全年齢指定。誰が買うんだ」
「ぬ…さらに萌えヲタに見当外れの媚びを売ったと叩かれる羽目になりかねないと。…それはぞっとしませんな。戻しましょう。是非とも」
「わからんのだろう、お前達ににゃにができる」
「すまんが、今のその様子で格好をつけられてもどういう反応をしたらいいか迷うだけだ。睨みつけるのはよせ」
「今研究所に連絡を取って調べてやるからにゃーにゃー言うな、気色が悪い」
「にゃんだと! 誰が好き好んでこんにゃ口調で喋るか!」
   
もう見ていられないとばかり口を押さえ、携帯電話を片手に足早に立ち去っていった魔王の背へ、シャスカはぽつりと吐き捨てる。
「くそ、来たのが間違いだった」
「まあ少しばかり我慢していろ。魔王軍の情報収集部隊は有能だ、お前がやられたという異常種もきっとすぐに見つけてくれるだろうよ」
「そうではにゃ…いや、やられたと言うのは語弊がある。止めは差した」
「殺したのか? 同じ種の個体がいるかどうかもわからんうちに? らしくないな、お前ならせめて魔封箱で捕獲できなかったか」
「間に合わにゃ…間に合わんから断念した」
破壊神の横に腰を下ろして、あれは傍で見るよりコツがいるのだとシャスカは説明をつけ加えた。
「どうあれ、討伐を果たせず逃げたと思われるのも、現地の人間達が食われて死ぬのも御免こうむる」
「ほう?」
「腹の立つ笑い方を」
「ああいや、悪い。口調を笑ったわけではなくてな、その、なんだ…お前は、ハンターなのだな」
「言われるまでもにゃいことだ。恰好がどうだろうと、私は骨の髄までハンターだ。…私はお前と違って、勇者だけをやっているわけにはいかん」
何を今更と言わんばかりにシャスカが横目で睨めつけるも、神は飄々としたものであった。
「不思議なものだ。人間も魔物も強い者と弱い者がいて、捕食するものとされるものがいて。それが覆せない理なのを十分わかっていながら…特にハンターは現実主義が多いだろうに、しかし利益をそっちのけにして弱いものに肩入れしてしまう人種は、いつの世も一定数いる」 
「私がそうだと言いたいのか」
「そうでなければ、報酬も受け取らず一人でここまで来たりするまい」
「気紛れに過ぎん。それに、この姿を一人でも多くの目に晒すと思うと消えたくてたまらん」
   
(…頭を撫でたら怒るだろうな)
伏せられた耳と、ふわふわと柔らかそうな土台…それこそ猫の毛そのものの髪を見ながら、破壊神は伸ばしかけた手をさり気なく引っ込める。
さすがに神と言えども空気は読んだ。