「破壊神さま、またあの魔物ハンターが来たようです」
「またか。困った奴だ」
そうしたやり取りが馴染みのものになりつつある現実に、魔王は苛立ちを隠すこともなく愛用の杖を握り締めた。
「ニヤニヤしながら言っても説得力がありませんぞ。
ふん、持って帰るのは化石やオーブやせいぜい私ぐらいにしておればいいものを、あんなに魔力を注ぎ込んで召喚した破壊神さまにコナをかけようなどと! まったくもってズーズーしい限りですな!」
「それでいいなら私は別に構わんが…お前は本当にそれでいいのか」
憤然となかなか微妙なことを言い出す魔王を宥めながら、破壊神は目を細めて素早くダンジョンの全域を見渡し、軍力を確認する。
その目付きに、魔王は僅かに安堵した。
「…魔分と掘パワーが多いな。正統派でスナック戦法もいいが、今回はドラゴン攻めにするかな。それとも少し趣向を凝らしてみるか。威力は劣ってもバンパイアのままトカゲ異常種のほうを強化して組ませ、眠らせてからの十字リンチか…どれがいいと思う、魔王」
「最後が一番マガマガしいかと」
「ならそうしよう。面白かったらムービーでも撮ってムスメに送ってやるか。喜ぶだろう」
「あまり長くしますと通信料が一番マガマガしくなりますので、なるべくお手短に頼みますぞ?」
「任せろ」
にやにやと絶えず浮かべる笑みの下で、この神はおそろしく冷酷に計算を進めている。
どのような勇者であれダンジョンに足を踏み入れたからは、持ち前の加虐心を最大限に振るって、一片たりと手心は加えず屍へ変えていく。そして最後には指をさして笑いながら、勇者の死にゆく様を魔物達と共に眺めるのが恒例でもあるのだ。
こればかりは破壊神が破壊神、勇者が勇者である限り変わらない。そう思えばほんの少しでも溜飲が…下がらないと言えなくも、ない。筈だ。
(余談であるが、以前そうしたことを破壊神に言ってみたところ『まあ、殺し合いがコミュニケーションというのもなかなか官能的なものだな』などと返ってきた)(非常にもにゅもにゅした気分になった)
(さらなる余談であるが、嗜虐気質の破壊神が自分のそうした反応を見るためになんだかんだ口実をつけては勇者を構いつけるのだという事実を、彼は未だ気付いていない)
「いつも思うが、あの魔物ハンターはほとんど毎回あんな目に合わされてよく来るものだ…」
足が埋まるほど濃度の高いマヒヤシのプールに立たされたまま、魔王が深く溜息をついた途端。
聞き覚えのある絶叫が尾を引いてダンジョン中に響き渡り、わんわんと反響しながら空気中に消えていった。勇者はまだ入ったばかりで、断末魔の叫びにしては(いくら破壊神の手際がいいとしても)不自然なほどの早さ。
しかしそれを差し引いて尚、あまりにもおかしな悲鳴だった。
にゃああああああ!
魔王は思わず呟いていた。
「…しょうた?」
* * *
ダンジョンを俯瞰で見渡し、勇者の動向を探りながらもスリーピーTとバンパイアの連合部隊を作っていた破壊神は、異変に気付いて手を止めた。
勇者が入って来ない。
…正確には、入口から動こうとしない。
そうした勇者は案外多い。何をしに来たのかわざわざコケを蹴散らしながら引き返し、延々入口付近をうろつかれるというのは非常にうっとうしく、そうされる度破壊神は立腹している(あまりにも苛ついたときは浮いた時間で魔王の後ろに魔法陣を作ったのち、大量の魔物達に取り囲ませる)。
しかし、今回は妙だった。
今扉の付近で行きつ戻りつしている勇者は、松明さえ点けようとしない魔物ハンターなる人種の中にあって、また格別に矜持が高いのだ。仮に怖じ気づいているとしても、決してそれを悟られるような振る舞いはしない男だと言い切れた。
何度となく戦ったのだ、それくらいのことなら知っている。
常ならば魔物達の大歓待をくぐり抜け、密集地に魔封箱か樽爆弾の一つでも設置している頃だ。
(はて…)
魔王に度々指摘される悪癖であるが、興味をそそるものがあるとそれを見ずには収まらない。
破壊神はツルハシを肩に担ぐと、作業現場はそのままに勇者の元へ向かった。
「どうしたシャスカ、入って来ないのか」
「………。」
呼び掛けても返答はない。
「おい、具合でも悪いのか。むしろそれならなぜ来た。歓迎の準備は進めているというのに」
「今回は、お前に用がある」
「同志になれという話なら断ったはずだが」
「違う。正確にはお前と魔王か…魔物の種類について、どうしても聞く必要がだ…」
「あのな、私や魔王は学者じゃないぞ。どうしてもと言うなら魔王軍直属の魔物研究科にでも行ってみろ。まあお前はハンターだ、みんなのうらみとばかり包丁で刺されても責任は持てん、が……ん?」
話しながら破壊神はあることに気付き、背を曲げてシャスカの顔を覗き込んだ。
「お前、少し縮んだか? いや、まさかな…年寄りならともかく、いい年をした男の背丈が縮む道理は…しかし私と同じくらいじゃなかったか…?」
身の置き場がなさそうに岩影に隠れたその体は、気のせいでなければ一回りほど小さいように見える。
「…よせ」
「だから一体なにがどうしてどうなったんだ、ものを教わりたいならせめて出て来て言え」
「止めろ!」
破壊神の伸ばした手を払いのけた拍子、黒い帽子が頭から滑り落ちる。
「え、」
「…っ! 見るにゃ!」
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