「そうまで言うなら仕方ない、承知した。そこに座りなさい文次郎君」
「お得意と見たからこそ頼みに来ました、どうかよろしくお願いします。
文次郎を女にしてやってください」
「……さっきからなんなんだ貴様らしおらしい声でその満面の笑顔はァ!」
バカタレィ! と叱責が飛んだが、いいじゃないのおもしろいんだから。
「くっ…! いやあ笑うなというのは拷問だと思うよこの状況! ねーいさっくん!」
「し、仕方ないだろお前化粧下手なんだから…」
言いながら彼の肩も震えているし、「向こうの」時代から持ってきたメイクボックスを前にした私のほうだって顔が緩むのを押さえきれない。覗いてみると家で詰めた時のまま、基本的なものは揃っている。下地にファンデにコンシーラーにビューラー、マスカラ、アイシャドウ、アイブロー。口紅とマニキュアとチークが何種類か。他には香水や各種消耗品、ヘアケア用品などいろいろ細かいもの。
「すごいですね」
「量? そんなに大したことないよ、持ってる人はもっとあるもの。それより私は君達がすごいと思う…まさか女装の試験があるなんて思わなかった」
二人一組(クジ引き)で街に出て、道行く町民にナンパされてこいとはなんともすごい授業だ。男でも構わない! と連れ込み宿とかに押し込められたらどうするというのか。忍者ってこわい。
しかしまじまじ見てみるに、いさっくんや仙蔵くんは線が細くて綺麗な顔をしてるからまだいい。むしろ仙蔵くんなんて常態で女より綺麗だ。ファンデいらずの美肌と端正かつ妖艶に整った顔立ち、あれをよもや男が持っているだなんて理不尽にもほどがある。…しかし不機嫌が過ぎて鬼瓦みたいになってるこのツラをどうやって女に作り替えればいいんだろう。圧勝の試合に奇跡は見られないとはいえ、今更ながら大変なことを引き受けてしまっ
「誰が鬼瓦だとォ!」
「なにか文句でも!?」
「あるわ! しっかり声に出しやがってこの女!」
「文句言いたいならせめてクマぐらい取ってきたらどうなの! そんな基礎の体調管理もできないようじゃ女装っ子失格よ!」
「なんだその造語は!」
「まあまあまあまあ」
いらない言い争いになったところでブレイクが入る。しまった、あまり時間を取ったら私の仕事時間にも間に合わなくなるんだった。さくさくいこう。
「とりあえず先に眉毛の手入れか。抜いて…る時間はない。いさっくん剃刀取って。そこの小さいやつ。あと先の曲がったちっさいハサミ」
「剃る気か!?」
「なにか問題でも!?」
「……、ない…」
「眉毛はあとで描くからまあこれでよし。下地はしっかりと…うーん、この頑固なクマは秘蔵の超カバーコンシーラーを貸してあげよう。…あー色黒いからなあ文次郎君、ファンデはリキッドで一丁艶を強調してみるか」
「文次郎に艶ってものすごく似合わない単語ですよね」
「悪かったな!」
「動くなアホ助! 唇の色悪いなあ。ここらは明るすぎないマットな質感のと、グロスを併用…おおなかなか」
「おいちょっと待てなんだそれは、油か?」
「うるさい黙れ顔を動かすな。それと眉間の皺を取れ。だいたい輪郭がごついと女装に向かないわけよ…うん…チークでごまかす方向でいこう…」
「あ、この頬紅甘い匂いがしますね」
「ああそれ? いいでしょ、舶来品なの。オーブンっていう竈の親戚みたいので焼き上げて作ってるんだって。広くちょこっと…あと陰影をつけて立体効果を狙おう」
「竈でなんで頬紅を焼くんだ?」
「いやあなんか肌理が細かくなるとか。次シャドウね」
「…呼びましたか…」
「お約束ですが呼んでませんよ斜堂先生。この悪いっていうかぎらついた目付きをもうちょっとパッチリ…濃いめのグリーンに金のラメ乗せてみるか」
「うわ、変わるもんですねえ」
「まあ目元は基本だから。…んー…この目に下手にライン引いたら怖いし、なしで…それからマスカラ塗ろうと思ったけど時間もボリュームもないからつけ睫毛でいいや」
「(…ますから、と言うのはあの刷毛の親戚みたいなやつのことか。もう少し睫毛が長かったら俺はどんな目に合わされてたんだ)」
「よし最後の仕上げ、眉毛いこう眉毛! あんまりきつくすると目を和らげた手間が一気に台無しだからちょい下げ気味にやわらかく、と…」
「うわー!」
「どうだ!」
「………!」
とくと見ろ、これが現代のメイク道具と成人女性の本気だ。
さすがに美少女とまでは恐れ多くて言えないし、自分自身があまり化粧を好きじゃないせいもあってちょっといろいろ手抜きもあるが、あるけど、まあそれなりのレベルにはなったと自惚れてみたい。ともかくアップにも耐えられるレベルだ。
えっ最後に帳尻合わせをしてなんとか整えた? 黙れ。いいんだ。ズルしようが帳尻合わせだろうが結果を出せばいいのが忍者だってこないだ斜堂先生に 聞 い た も ん ね !
「ありがとうございます、これで何とかビリは免れそうです…今回はビリが食堂脇の排水溝掃除ですから、何がなんでも負けられなくて」
「ああ…あそこは掃除しないでくれって言われたけど、そういう意図があったのね」
「……せ」
「?」
「世話掛けて、悪かった…ありがとよ!」
「まったくもうちょっとかわいく言えないかなあこの子は! はっはっは、でもいいよいいよ。よーしいさっくんもこっちに来なさい、時間も余った事だから君の化粧もおねえさんがやってあげよう!」
結果。
ふるいつきたくなるようなとびきりの美少女が出来上がった。
「………あの…すいません……」
「ここまで手間暇かけて結局のところしょせんは土台ってどうよ…ガッカリだよ…」
「泣きてえのは俺だ…」
授業が終わってから「ビリどころか最速記録を取れた」と二人からお礼を言われたが、私は未だガッカリしていてほとんど聞いていなかった。惜しいところだ。
それから山田先生、化粧の技術を男に教授する気はありません。よそ行ってください。
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