ものすごい言い訳の大技なのは承知の上。
「いいですか斜堂先生、猫はとても大事なんです。化ける祟るの問題じゃありませんよ、ネズミを取って食べてくれるまさしく天使…あっ天使って概念はまだないや…守護神、です」
「…こっそり野良猫に餌をやっていた言い訳はそれですか…」
「ま、まあ最後まで聞いてください。日本でこそネズミの被害は軽んじられていますが、はるかフランスなる国では猫は悪いものの使いで不吉である、と迫害したため酷い病気が流行ったんです」
「病気…?」
よし食いついた!
私は内心ガッツポーズを取った。潔癖症の斜堂先生のことだから、こう言えば聞かざるを得ないと踏んだ通り。
「そもそもその時代においてお世辞にも清潔とは言い難い国だったらしいですが、猫を大量虐殺したことでより一層ネズミ被害は大きくなりました。当然です、天敵がいないんですからね。話によれば子猫ほどの大きさのネズミが道を横切っていったとも言います」
「こ、こね、こ…」
声が震えてる震えてる。
「彼らが何を運んできたかと言うと、黒死病という悪質な伝染病です。そりゃあひどかったようですよ、始終高熱に魘され発症したらほとんど助かる見込みもなく、ただ苦しみながら死んでいくのを待つばかりだったとか…。ヨーロッパ全土が未曾有の危機に陥ったその病気、なんでも全人口の三割が命を落としたそうで…
あれ? ちょっと斜堂先生、斜堂先生!? しっかり!」
どうやら脅かしすぎたようで、あまりのことに魂が抜けて空中をふよふよ漂っている。慌ててつかんで口に押し込めるとようやっと正気に戻ってくれたが、それでも顔色が真っ青通り越して紙のように白い。ほんとに神経細いなこの人。悪いことをしてしまった。
「…大丈夫ですか?」
「…耐えられません」
だろうなあ…。
「まあそれはともかく、私が猫に優しいのはそういう理由があってのことなんですよ!」
嘘ついてすみません。可愛いからやりました。
だってペストってそもそも日本にはないも同然の病気だし。
あの、だから、良心が咎めるからそのすがるような目をやめてください。
いや私は断じて嘘はついてない。確かにネズミやゴキブリは病原菌を媒介するから取ってもらったほうがいい。猫というのはなかなか侮れないもので、どんなヘタレ猫でも飼っていればゴキブリなんぞぱったり出なくなるものだ。
「そうだったんですね…」
先ほどとは一転、目の前で魚のアラをはぐはぐ食べる若い三毛猫にそれは頼もしいものを見る目を向けて…まだ少しびくつきながらではあるが…斜堂先生は手の甲でその柔らかな背を一撫でした。
すごい進歩だった。
「なあ、あの猫結局どうなった?」
「学園裏に住んでたあの三毛? あれならまだいるよ、さっき斜堂先生が餌やってた」
「ふーん……って、なんで!」
「さあ。一人で「くれぐれも頑張ってくださいね」ってブツブツ話しかけてたんだけど…なんの話だろ?」
「さあ」
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注:この話では「猫の大量虐殺がネズミの繁殖に繋がって、結果ペストが流行した」となっていますが、魔女狩りはペストの流行よりもずっと後なのでその説は間違いだそうです。ウィキで調べてみました。
でもヒロインはそのあたりのことを知らず素で間違ってます。
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