「誕生日って、…誰の?」
「……あなたでしょう、普通に」
素で忘れてた。
いや、十代の娘さんならともかくこの年で今更一つ二つ増えたところで。
「そういう台詞は学園長あたりが言うからこそ様になるんです」
「あ、ばれた? お察し通りの受け売りなんだけど」
「道理で貫録が足りないと思いました」
これまた手厳しいというか粘着質というか。一瞬自分が言われたんだと気付かずに思い切り間抜けな切り返しをしたのは、まあ、悪かったけれど。
「そんなことはともかく。当日は贈り物がありますから、私の部屋まで来てください」
「え、あ…いいの?」
「それは勿論…貰っていただくために、用意したのですから」
そんな会話があったのが数日前のことで、今目の前にある…もとい、いるのが手首にリボン巻いた恋人って。この状況は一体なんなんだ。
いや、ほんと…何コレ。ドッキリ?
「今ものすごく自分に都合のいい桃色な考えが浮かんだんだけど私頭大丈夫かしら。なんだか取り返しがつかないほどダメになってる気がするのよね…脳味噌も、視神経も」
「浮かんだというより、事実そのものでしょうに。先ほど言いませんでしたか?
…私を、今夜一晩差し上げますと」
嘘だ!
「速攻で否定されるとは思いませんでした…」
「あ、待って! 違うの。落ち込まないで。ちが…嬉しい、んだけど、その。…だって」
一晩…好きにしてください、なんて。そんな。もちろん嬉しいけど、嬉しいんだけどその提案はただでさえギリギリの線で暴走せずに踏みとどまってる私にとっては拷問に等しい提案だということにお願いだからそろそろ気付いてください影麿さん。私はあなたが思ってるような生易しい攻め気質じゃなくて、本気でやろうものなら並より神経の細いあなたにとっては洒落にならない…ヒくどころじゃない真似をしでかして傷つけてしまいそうで。
だからこそ今まではちょっときつい言葉でいじめる程度でどうにか堪えてきたっていうのに、なにをもう、本当に、あなたって人は!
(だからって調子に乗るな…こんな甘言に傾いて本性を見せたが最後。私の「好きなように」はこの人には相当堪えるんだから。今までだって我慢できたんだし理性をしっかり持て! 頑張れ! 私はやればできる子!)
「いや、ですか…?」
「!」
理性が聞いて呆れる。
やんわりと肩を掴まれ耳元に囁かれて、掛け値なく心拍数が倍ほどにも跳ね上がる。普段はこんなに可愛いことを言わないくせに。微妙に震える声と気弱な言葉がまた瀕死の理性をひどくいたぶって…ああ、反則だろうこれは!
「さんはどちらと言えば攻める方が好きだと思ったので、恥を忍んでこうした趣向にしたのですが…そう、ですか。私はあなたになら、どうされても構わないのですけれど…」
本当にそろそろ…切れそうだ。
「嫌なら…諦めます」
そう項垂れた表情と溜息が、理性を跡形もなく消し飛ばした。
「…嫌なわけが、ないでしょう。馬鹿!」
「え、…っ!」
仮初めにも忍術学園の教師相手にたかだか事務員がどうやってこんな真似をできたのか全く覚えはないが、逆に肩を掴んでその場に組み伏せたと思うと、間髪入れず歯を立てて口付けた。
右手は肩を掴んだままもう片手でしっかりと頭を押さえ、長い髪をかき乱して、角度を変えながら何度となく唇を重ねる。
「んん…、ふぅ…ぁ、…はぁ、さ「黙、って」
いつものように軽口をきく余裕すら消え失せて、有無も言わせずもう一度唇を奪い、舌で歯列をなぞり口をこじ開けた。
逃げる舌を掴まえ強引に絡めとって、息ができないほど強く吸い上げ甘噛みをする。室内に響く柔らかな水音も感情を抑制するどころかむしろ煽り立てる材料にしかならずに、ただ闇に溶けて消える。
日頃押さえていた分もあるはあるのだろう。しかしそれ以上にもの狂おしいほど、今目の前の状況に酔わされてしまった。
いつもとは違う。
どうされてもいい。好きにしてください。いやですか。今夜一晩あなたのものです。言われた言葉が頭の中で渦を巻いて、吐き出す息に混ざりあたりを満たしたように…その場の空気が熱を持っている。こんな状況でどうして酔わずにいられるものか。そんな解脱した僧侶みたいな人がいたらちょっとお目にかかりたい。
「ねえ、影麿さん。わかるでしょう?
確かに攻める方が好きだけど、あなたが思ってるほど生易しいレベルじゃないの。…そんなうれしいこと言われたら、私、狼になっちゃうわよ? あなたがどんなに泣いていやがっても、やめてあげられない」
自覚はある。このときの私はまず間違いなく、獣のような表情をしていただろう。
そしてまた、次の言葉に大丈夫じゃないと言われたらどれだけつらかろうがこれだけで終わらせようと思ったことは褒められてしかるべきだ。
「最終確認するけど、本当に、
…しても、いいの?」
「勿論です。今夜の私は…あなたのもの、ですから」
ぞくりと背筋に灼熱の欲が走り抜ける。耳元に唇を寄せたまま、私はゆっくりと低音で囁いた。
「それなら…いただきます」
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