「見ててほしいって…構いませんけど、いったい誰がどういう経緯で保険室行きになったんですか」
「見ればわかります」
「新野先生、それはないんじゃないですか。せめて状況説明してくださいよ」
「いえ本当にこればっかりは見ないとわかりませんから」
一体なんなんだ。今日は運悪く徹夜明けだから、下手に病人の看護なんか任されようものならそのまま寝ない自信がないんだけど。
「まあ黙って中を見てください、見れば納得すると思います。…あ、ちょっと隙間開けてそこから覗いた方がいいですよ」
「隙間?」
言われるままほんの少し障子を開けて、中を覗いてみる。
   
「…斜堂先生に変装したのが踊ってますけど、鉢屋三郎君ですか? あれどこら辺が病人なんですか? 頭?」
「……いえ…本人です」
嘘。
   
「いや…本人ってそんなわけないでしょ、だって斜堂先生がどうしてまたあんな…あ、酔ってるんですね? まったく真っ昼間からどんな事情があって…」
「素面です」
そんな馬鹿な。
   
「俄には信じられないと思いますけど、斜堂先生は疲労が溜まると明るくなるんです。疲れが取れるまで休めばまた元の通り、元気に暗くなれるんですが…」
「元気に…暗く」
うわあすっごい矛盾した日本語。
「ええ。それであの状態の斜堂先生を大人しくさせるには、憎からず思われてるさんがいいんじゃないかと思いまして…寝かせて、付いててあげてください。まさか女性相手に滅多なことはしないでしょう」
「はあ…」
私の中での斜堂先生のキャラ崩壊とかそういうものはどうでもいいんですね新野先生。いや、いいから呼んだんだろうけど。それにしても誰も止めなかったのか知らないけど、とんでもないミッション来ちゃったこれ。普段とかけ離れた異様なまでの明るさでぴょんぴょん跳ね回ってるあれをどうやっておとなしく寝かせろと言「こんにちはさん!」
「ぎゃあ!
 あーびっくりした。あーびっくりした」
腹を決めるよりも早く、向こう側からものすごい勢いで障子を開け放たれた。怖かった。
…しかし日中でこんなテンションなのに、それでもいつもの斜堂先生より格段に怖いというのはどういうことなんだろう。
「あ、あの…新野先生は御用があるそうなんで、休まれる間代わりに付いていてほしいと頼まれまして、その」
「そうなんですかあ!」
うわあああああ。普段滅多に使わないエクスクラメーションマーク乱発。
「私のためにさんが来てくれるなんて、とっても嬉しいです!」
「!」
(え、笑顔でしかも名前呼び! …ちょっといいかも)
我ながら現金ではあるが。
しかしまあ考えてもみれば、こんな状態だったら普段絶対言わないようなことを聞けたりするのではないか。切っ掛けはどうあれ新しい面を知るのはいいことだ。そう思っておこう。
「じゃあさん、お願いしますね。目離しちゃだめですよ」
「はい」
状況から察するに学園長に呼ばれたってたぶん嘘だろうけど、まあいいか。
「わざわざありがとうございます、大好きですさん!」
前言撤回、すいません行かないでください新野先生! 心臓が持たないから二人にしないで! なんだこれこのかわいい生き物。病人の言うことをあまり真に受けるつもりもないけど、たとえこれが本音でないとしても…疲れのあまり思ってもないことを言ってるんだとしても、こんな至福があるものか。
「本当ですか? ほ、本当ならもっかい言ってください」
「はい勿論です! 大好きです!」
…携帯持ってきて録音しておけばよかった。いやだめだこんなのしょっちゅう聞いたら過呼吸起こす。
「わ、わわわかりましたありがとうございます、だからもう寝てましょう。そこに蒲団ありますから。ね」
さんが膝枕してくれたら寝ます!」
   
心停止するかと思った。
   
「(えええええ私に一体どんな対応を期待してるのこの人! いや、するけど。してくださいと言われれば結局するに決まってるんだけど!)…しょ……、しょうが、ない、なあ…」
顔がニヤけてる? いいんだ。
もうこの際どんな醜態を晒そうが構わない。いつも通りに暗くなったらなったで明るい時のことは覚えてないとか、まあ大方そういう感じのオチがつくんだろうし、今日ぐらいはこの棚ボタを十二分に味わったってバチは当たるまい。
えっ、当たる? 病人相手に不謹慎? だまれ。
「じゃあ…その、どうぞ」
枕をどかしたところに座ると、斜堂先生はそれは嬉しそうに膝に頭を乗せて、満面の笑みでこっちを見上げてきた。
もうよしてください食っちゃいたくなります。言えませんけど。
「なにも気にしないで休んでください、ゆっくり寝て疲れが取れれば元通りになるそうですし」
「はい!」
ちくしょう。かわいい。