「嘘だと言ってよ」
彼は何も言わなかったけれど、私の肩を掴んだ両手にはひどく力が篭っていた。
嘘じゃない。
ここからいなくなって、怪しげな組織に属して、世界を変えてしまうだなんておかしなことを言っていた。いまどき世界征服なんてアニメの悪役だって言いやしないだとか今日がエイプリルフールだったらいいだとか、一体全体彼の身に何があったのだろうとか、そんなことを考えるよりも先に、ただ私は信じられないと呆然とするほかなかった。
それからだんだんとそれがどういうことなのかが脳に染み込むようにわかってきて、今はと言えばもう行かないでとしか喋っていない。クール系で通しているはずだったが、一皮向けばこんなものだ。
そんなふざけた理由で恋人に置いて行かれるだなんてたまったものじゃない。
「別れるわけじゃないんだ。
待ってろ、。絶対ここに迎えに来る」
「当てにならない!」
なると思ってるの。そんな言葉が。
サングラス越しの目がいよいよ困ったように細められるのを見ながら、私は彼の手に重ねた手を離せずにずっと固まりついていた。
離したら本当にその瞬間いなくなってしまうように思えて、涙を拭うこともできずに。
やがて掴んだ肩を引き寄せられたと思うと、彼の舌がゆっくりと、涙に濡れた目元を拭った。
「お願い。…嘘って、言ってよ。今ならまだ、間に合うのに」
掠れた声は届かなかったけれど。
その悲しげな目に結局根負けしてしまって、泣いても聞いてくれないことに絶望している私は、本当に馬鹿で愚かで、そうしてひどくずるい女だ。
いろんなことが終わったとき、こんなずるい女をまだ好きでいてくれたなら、
上手く行っても行かなくても、必ず私の所に戻ってきてください。
たとえその時あなたがどんなことになっていても、その頭を抱き締める準備はできているのだから。