それほどまでに私が憎いのか。
   
不明瞭な意識の中でそんなことを聞いた。
無理矢理に蹂躙され犯された方がまだ救いがあったかも知れない。薬を飲ませておきながらまったく触れようとせず、すぐ側に腰を掛けて、破壊神はただじっと自分を見つめていた。
   
最初に、ことさらわざとらしい口調で告げられた。
『私はな、相手が望まない限り手は出さないと決めている。力ずくで組み伏せるなど獣以下の行いだろう』
自分で強請ってみせろと言うのだ。
手ずから媚薬を飲ませておいてどの口が抜かす、と殴りつけてやりたいが、恐らくもう手足の戒めがなくとも立てはしないだろう。お前が乞うならどうとでもしてやると言わんばかりの視線でじっと見つめられて、今にも気が触れそうだ。
体は熱を帯びるばかりで、しかも(認めたくはないが)想う相手が目の前にいるとあっては。
「褒めてやろう。効果は実証済みのあのフェロモンを飲ませて、これだけ長いこと屈せずにいるとは。流石勇者と呼ばれるだけはある…矜持の高い奴だ」
「…黙れ…」
どうすることもできず断続的に浅い呼吸を繰り返すシャスカへ、破壊神は意地悪く首を傾げてみせる。
「しかしまあ、負けた挙げ句に諸悪の根元の前へ引き出されて、成す術なく媚薬など飲まされたことを考えれば、今更何をどうしたところで恥でもないと思うがね?」
「黙れっ! 黙れ!」
力を振り絞って怒鳴りつけたが、貼り付けたような笑みは変わらず…しかし次に口から零れた一言は、初めて破壊神の顔色を変えた。
   
「それほど…それほど私が憎いか、破壊神!」
すっと表情が無くなり、血管の透けて見える仄白い頬が紅潮する。
「ああ、憎いとも」
普段土を掘っているとは信じられないほど細い掌に爪が食い込み、小さく震える。睨み殺してやると言わんばかりの眼光がシャスカを射抜く。
「お前たちなど…何度殺しても飽き足らない。丹精込めた私のダンジョンを踏み荒らし、武具が欲しいだのレベルアップがどうだの、そんなくだらん理由で可愛い魔物達を駆逐し、更には空爆なぞ仕掛けてきた卑劣漢ども! お前たちをどうして憎まずにいられるというのだ!」
最後は怒りに任せた叫びになった。
   
「遣る瀬ないものだな」
やがて握った拳を解き、破壊神はごく静かに呟いた。
「それでも私は、心底からお前たちを厭うことはできない」
今なお自分を支配している、脳髄をとろかすような熱さえ一時的に忘れさせるほどに、その目の奥には全く「らしく」ないものがあった。
「何匹も魔物達を殺されるのを、私はずっと見てきた。そして同時に、お前たちがその手に武器を持ち、やはり傷つきながら知恵を絞って戦っているのも見てきたのだ。…復活することはできても、痛みや恐怖を感じないわけではないだろうに…なのに何度となくお前たちは挑みかかってくる。恐れずに身体を張って」
   
これは幻だろうか。
勇者のことを語る破壊神の目に、確かな敬意が見えるなど。
   
「殺してやりたいほど憎い。しかし同時に、尊敬してもいる。どちらも私の感情だ。
 最終戦も近い…こんな乱れきった精神状態で臨むわけにはいかん。だからお前を呼んだのだ。誰かが欲しかった。魔物達は元より、魔王やムスメにも死んでも言えないこの心情を、吐露できる誰かが」
「身勝手な、ものだ…」
「勇者の都合を窺う破壊神などいると思うか?」
こんなところだけ悪を気取るとはたちが悪い。シャスカは思わず呟いた。
「仰る通りと言っておこう。
 さて、言いたいことはすべて言って、もう気は済んだ。これ以上お前を放置する意味もないな」
裂けた衣服から覗く傷に口付けられ、人間と変わらなく見える舌が血を舐め取った。高められて痺れる体は、剥き出しの肉をなぞる痛みの中からも鋭敏に快感を拾い上げた。
紅を引いたように赤く染まった唇が笑う。
「ひっ! あ…うぁ! やめ、ろ、」
「治したらしいが、それでも深いな…私の子供達が悪いことをした。痛かったろう、可哀相に」
口だけは神妙なそれで、しかし次には、固く尖らせた舌先がぐいと傷口を押し広げる。同時に布地の上から硬くなった自身を強く擦られると、善いのか痛いのかさえ解らぬままに声が漏れた。自分でも抑えられない。
体は持ち主の意に反して刺激を受け入れ、ほとんど時間もかからずに弾けた。
「このまま犯しても、フェロモンが勝手に快感にすり替えてはくれるだろうが…」
より善いほうが、お前も嬉しいだろう?
そう呟くと、破壊神はシャスカの身体に乗り掛かった。下衣を引き下げ湿した指で後孔を解し、さほど慣らしもしないうちに腰を落として、そそり立ったものを自らの身体で銜え込む。
「…!」
高まったまま触れられもせず放置されていたシャスカには、あまりに強い刺激だった。
激しい射精感が脊髄を突き上り、目の前が再び白く染まる。
「何度でも達くといい。屈辱に泣いて、快感に悶えて…もっともっと私を憎んで、愛するといい。そしていつかまた、私のダンジョンへ挑みに来い」
目を細め、シャスカの耳に囁きながら腰を使う破壊神の身体の中は、たまらずに何度となく精を吐き出してしまうほど具合がよかった。
「勇者もまた、ダンジョンの一部。…私は、お前たちを待っている」
かちんときた。
朦朧とした意識と快感に痺れた身体では思う以上に難しかったが、しかしシャスカは懸命に身を起こすと、拘束された手で破壊神の襟首を掴み引き寄せた。
「なんだ…」
興味深げにされるままの、その笑みを形作る唇に口付ける。
「お前…は、よせ。わたしの、名は…シャスカ、だ」
目が見開かれる。
出会って初めて、破壊神が自分に向けて笑声を上げるのを聞いた。
「いいだろう。歓迎するぞ、シャスカ」
漆黒の目をのぞき込むと、似たような笑みを浮かべた自分が見える。
   
どれほど達かされたか、いつの間に気を失ったか、覚えていない。
気が付いた時にはベースキャンプのテントの前に放り出されていた。
   
   
* * *
   
   
異変は夜明けに訪れた。
魔王の放つ圧倒的な瘴気が、群青の空を禍々しい紫に染めていく。至る所で魔物達が歓喜の叫びを上げる。
ダダームにルドガルア…焼け焦げていた二つの塔は再び巨大な腕の姿となり、人間が捨てて逃げていった町や城を、見る間に種々様々な植物が覆い尽くしていく。
最後の勇者が…世界すべてが、かの破壊神の足元へと跪いた瞬間だった。
   
ベースキャンプでその様を眺めやりながら、しかしシャスカの胸の内に絶望はなかった。
並み居る勇者達を次々葬り去っていった稲妻のごときツルハシ捌きは、未だ瞼の奥に焼き付いている。それを思えばまったく当然のこと…むしろ遅いのではないかとさえ考えてしまい、さすがにあまりにも勇者らしくない思考だと自嘲めいた笑みが浮かぶ。
(考えてみれば…雇う対象と魔物に対する抵抗勢力のなくなった今、私は勇者では無いのかも知れんな)
となれば、元のまま風来坊の魔物ハンターとして生きようか。
なにせ人間は負けたのだから、この先身を守るためのハンターは幾らいても足りなくなってくるはずだ。自分には魔物達と何度となく戦った腕がある。キングを取ることこそ適わなくとも、度重なる激戦で確実に磨かれた技量がある。
これから更にそれらを研ぎ澄ませる必要があるのだ。いつの日か、またあのダンジョンに挑むために。
   
これは敗北だ。しかし、同時に前進でもある。
(負けること自体は何の恥でもない)
その敗北からなにも学ぼうとせず、尻尾を巻いて逃げるだけの臆病者こそが真に負け犬と呼ぶに相応しい。
(まだ終わらんぞ…破壊神よ)
   
世界に平和は訪れない。
だからこそ世界は美しい。
魔物の凱歌に満ちた紫の空の下で、シャスカはふと破壊神の言葉を思い出していた。
   
   
   
   
   
   
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補足するとうちの破壊神は、魔物>(ほぼ=に近い、でも越えられない壁)魔王&ムスメ>>(越えられない壁)>>勇者>>>その他人間種、って感じで。
ダンジョンを構築する作業と魔物達が好き。自分の手で生み出した以上子供に等しいと思っているから、殺されると怒りでワナワナする。
でも生存競争は自然の摂理、特に身体を張って戦いに来てる勇者は下手人でもそこまで憎めない。…ということですごく悩ましい思いを抱えている(王様たちは許さない)。
それでも神は掘るだろう、30ctの赤色金剛石は出てこなくとも。