暗い部屋を満たすのは淫靡な水音と二人分の荒い息遣い、そして時折混じる切なげな嬌声だった。
荒縄できつく縛られた身体を抱き締め、手荒に挿し貫いたまま、斜堂は常の彼からは考えられないほど熱を帯びた声で囁いた。
「…綺麗ですよ、さん」
思わず襲いたくなるほどね。
そう続けた言葉に返答はない。
先ほどからずっと乱暴に組み伏せられ、それこそ何度となく達かされ続けて、もうろくに声も出ないのだろう。刺激を与えるたびびくびくと震える身体と乱れた息だけを答えと代えて、もう一度斜堂は彼女の腰を抱え上げた。
(だってあなたが…あなたがあんな顔をしなければ、何も。私だって言いがかりなのはわかっています。でも!)
最初は、珍しいと思っただけだった。
忍術学園に来客があること自体はそうそう珍しくもないが…確か、名を灰洲井溝とか言った…あの男は、あまり学園に来たことはなかったように思う。同僚や生徒たちから噂は聞き及んでいたものの、自分とは関係ないと頭から興味を持たなかったのだ。
しかし、向かい合って話をしているはとても楽しそうだった。
だから隠れてしまったのかと思ったが、直ぐにそれだけのことではないと知った。
柔らかく微笑み何事かを喋りかけ、相手の返した相槌に声を立てて笑う。…それはあくまで社交のうちであろうし、実際斜堂が普段目にする生徒達との会話となんら変わりはない。
しかし、その光景の絵になることと言ったらどうだ。
武芸者らしくよく鍛えられ引き締まった長身で、しっかりと背を伸ばして立つ姿はそれは頼もしく映る。世辞にも人相は良くないが、故にこそ、その武骨なつくりの顔立ちに笑みを浮かべて話している様はあまりに稀有な…本当にこころを許し合った仲にさえ見えて。
なんでもないのだ、ただの錯覚だといくら理解はしていても、心中にどす黒い焔が宿る。
わかっている。他の…それも自分より見目のいい男と話をするななどと、いい年をした以前に良識ある男の言うことではあるまい。
けれど、なのに。
卑しい。薄汚い。浅ましい。情けない。恥ずかしいとは思わないのか。有りったけの理性を総動員して自らを罵倒して、いくら抑え込もうとしても制御が効かず。
仕事が終わったのを見計らい、声を掛けて自室に連れ込んだ。いつものようにそっと抱き締め口付けをして、が嬉しそうに微笑み身をまかせたところで、
無理やりに縛り上げて犯した。
忍頭巾を取ることも忘れ、自身の装束が乱れるのも構わずに。痛いと訴える声にも聞く耳を持たず。幾度も幾度も。それこそ、自分のどこにこれほどまでの欲望があったのか疑問に思うほど。
最初こそ抵抗したが、いくら頼りなく見えたところで斜堂は忍びなのだ。限度というものがある。手酷く犯されるうちに疲れ切って声が枯れた。
今はただ息を乱して顎を反らし、与えられる強い刺激に時折声にならない声を上げている。
深く腰を打ち付け、首筋や耳を舐め上げ甘噛みをする。上気した柔らかな肌と熱く蕩けた感触がますます斜堂の欲を煽り立て、猛らせる。
「…私には、あなた一人なんです。あなただけでいいんです、あなたが全てなんです…!」
(私はあなたにしか触れられないけれど、あなたはそうではなくて…それが無性に耐え難くて)
だから殊更滅茶苦茶に全てを奪い尽くし食い尽くして、こんなことをされてはもう自分のものになるしかないと思い知らせたい。でなければ何回となく中に出したのだから、いっそ子の一人も孕んでいればいい。そうすれば他の誰でもない自分だけのものにできる。
普段ならば野蛮で汚らしい考えだと一蹴したろう。
今だって、なぜ自分がこうも浅ましい考えにとり憑かれているのかわかっていない。心は千々に乱れて迷っているというのに、手は別のものに操られるように淀みなく動き、拘束した身体をかき抱いては荒々しく歯を立てて口付ける。
腰の奥から湧き上がる衝動に抗うこともせず、斜堂は柔らかな胎内に自身を埋め込んだまま何度も奥を突き上げ、吐精した。
欲望のたけを吐き出すと同時、目から幾つも涙の玉がこぼれ、生気をなくしたの頬に散った。
「………。」
「……あの」
それからさらに一刻が過ぎて。
さすがにもう何もできないほど疲弊しきった斜堂は、しかし取るものもとりあえず彼女の縄を解き全身を汚した白濁を拭き清めて…そうして何をどう謝ればいいのか見当もつかぬまま、未だぐったりと横になったの前に正座し青ざめていた。
「……ごめんなさい」
どう考えてもこれしか言い様はなかった。
「違うんです、あなたを苦しめたかったわけではなくて…私はただ、あなたが欲しかっただけ、なのです…」
もう何を言っているのか自分でさえわかっていなかった。眼前で僅かに上体を起こし、無表情で自分を見つめる彼女の目から逃れるように、目を伏せて何度となく謝罪を繰り返す。
「すみませ…ごめん、なさい。どうされても何も言いません。…なんでもします、だから」
殴るなり蹴るなりどうとでもしてください。
そう差し出した顔に細い手が添えられ、それは優しく撫でられる。まさかああまで酷い真似をした自分を許してくれるのかともう一度泣きそうになった瞬間、
鋭い音を立てて、思い切り頬を張られた。
「…最初から最後までちゃんと説明してくれなきゃ、許さない」
「…はい…」
* * *
「…私の話を、していた…?」
「そうよ。灰洲先生のお弟子さんがお風呂が嫌いで、滅多に入らないって言うから。だからそれじゃあは組のお隣…ろ組の先生が潔癖症ですから会わせられませんねって。それで笑ってたの」
「………。」
「そんな泣きそうな顔しなくても、もう怒ってないってば。まだ怒ってたら、そうね…は組から黒板消しとナメクジの壺と牛のフン借りてきて頭からぶっかけてやるかしら。
…あれ、影麿さん? どうしたのその全身の鳥肌」
斜堂影麿は、これほど全身全霊で女に土下座したのは29年の人生の中で初めてであった。