「名を教えろ」
「はい?」
「名前だ」
「はい…」
後になってみればなぜ初対面の、それもこうまで怪しい人に名前を教えてしまったのかわからないが、教えるまで眼前からどかなさそうだったから仕方ない。
って、いうか、こわいじゃないか。どこぞかの祈祷師だと言われてもなんら違和感のない格好と、悪党面をより引き立てるとびきりの無表情。腰に佩いた大きな剣。さらに周りは山ほど似たような格好の人が取り囲んでいて、今にも銃弾と一緒に呪いの言葉の一つぐらいは飛んできそうな緊迫した雰囲気が暗雲さながらに店内に立ち込めている。
心なしか窓越しに見える空も曇ってきたような。
そんな次第で素直に名前を教えたら、祈祷師まがいのその人は俯いて何やらぶつぶつ言いだした。ワタシナニカワルイコトイイマシタカー。なんなんだよう。やめてくれよう。
   
 …りてから…北へまっすぐ……に、目についた酒場……そして…黒を纏う……から、始まる女…
   
やばい。
精一杯耳を澄まして聞き取っても何を言ってるのかさっぱり理解できない。この人ほんとにどこか変なとこイっちゃってそうだ。これは本当に逃げるか。どうする。
ここはちゃんと街中の、それもそこそこ賑わう酒場の中だ。呼べば誰か助けて…はくれなくても、せめて海軍を呼ぶぐらい…それぐらいは期待していいんじゃないだろうか。人と人との繋がりが希薄だと言われる近今、それでも人間そこまで薄情じゃないと信じたい。私は信じる。人の善意を。この町の人たちはみんな仲m、
………。
エエ顔で振り向いたら店がからっぽでした。



「はい」
ナチュラルに呼び捨てだが、敬称を付けられたらそれはそれで怖い。
「百面相が終わったなら、話がある」
「なんでしょうか…」
マイペースな人である。
「おれはホーキンス海賊団の船長、バジル・ホーキンスという」
「はい」
なんというか所作どころかいろいろすべて終わりそうな身だ、我等の信ずる神のために生贄になれと言われたところでさほど驚きはしない自信がある。海賊といったら金や食料や女を略奪する仕事な人たちで…しかもこの風体。生贄の一人や二人ぐらい日常茶飯事といわんばかりの匂いがする。
「おれの妻になれ」
「は……ぃえ!?」
「今の返事はどっちの意味だ」
「どっちもこっちもあるかァ! どんだけ斬新なボケだ! ツッコミづらいにもほどってもんがあるわ!」
…ツッコんだ。驚きのあまりに持っていたグラスをカウンターに叩きつけて、あげく奇っ怪なギャラリーの存在も敬語も忘れて盛大にツッコんだ。どうしよう間違いなく殺されるお父さんお母さん先立つ不幸をお許しくださ「ボケてはいない」
動じてもいない。しかも懐から取り出したカードをどうやってか知らないが空中に貼り付けるようにして占いを始めているのだから、それこそおそろしいマイペースっぷりだった。
「いいか、この表をよく見ろ。バジル・ホーキンス。。おれとお前は至上の好相性だと字画にもカードにも示されている。
 …また昨晩占ったときの結果通りに歩いたら、過たずお前はここにいた。この島の北の港に停泊した船を下りてから東へ真っ直ぐ、そして最初の町で最初に目についた酒場の中の、身に黒を纏う女。…極めつけは、名の画数と頭文字。これは運命だ」
あ、ああなるほど。占いか。最初に名前を聞いたのはそういう意図だったのか。黒を纏う、とは黒髪のことだろうが、それにしたって、いきなり、そんな、あなた。
「いやいやいやでもそんな、まだお互いよく知ってもいませんし」
「これから知ればいい」
悪足掻きの常套句出た。でも使う人間が使う人間だからむしろ脅迫に聞こえる。
「あの、でも、…部下の人たちだってそんな…ねえ、ろくに腕も芸もない素人女なんていても邪魔っていうか面倒だろうし大変そうですし少なくとも私だったらお断りっていうか」
「心配することなど何もない。お前はホーキンス海賊団の乗組員すべてにおいて、この上ない幸運の運び手となるだろう。文句のある者はいない」
まずい。幸運の運び手、のくだりには少しばかりぐらりと来た。
でもちょうど黒い髪で、該当時刻にこの場所にいたばっかりにこの人…バジルさんに捕まって、どうやって断るべきか散々困っているこの現状を考えると幸運がなんぼのもんかと言いたくなる。そう考えると私は不運中の不運と言って差し支えがなさそうだが、こんなの入れて大丈夫なのかホーキンス海賊団。運気下がらないのか。
大丈夫だから言ってるんだろうけど。
「それに、お前はおれの好みだ」
   
ちょっ、
   
「そ、」
「?」
「それはもっと初めの方で言うべきでしょうよ! そしたらもっと…、」
「そうしたら?」
「!
 …わ、わかりましたよあなたの嫁になりますよ! ただし、この島に停泊する…じゃ無期限になっちゃうか、そうだな、三週間以内に私をその気にさせられたら! そしたら荷物まとめてあなたについていきますよ、どうですか!」
「造作もない」
   
「(ずいぶん自信たっぷりに…)(ん?)…一応言っておきますけど、黒魔術とか使わないでくださいね」
「なぜだ?」