彼の敗因は、遠距離戦を挑んでしまったことだった。
腹部を銃弾に抉られ瀕死の重傷を負った男の傍、未だ熱を持った銃口をそれでもしっかりと相手の心臓に向けて、彼女はゆっくりと言葉を絞り出した。
「あなたに、勝てるなんて」
泣くどころか表情も変えず、射線を乱すこともなく。
能面のような無表情のまま、その女は声だけを哀れなほどに震わせていた。
袂を別った切っ掛けなどもうブレードは覚えていなかったが、裏切りと呼ぶにはあまりにも静かに、実直に過ぎるやり方で抜けていった彼女を、しかしそのまま捨てておけるほどブタのヒヅメは甘い組織ではなかった。たとえば彼女が幹部でなかったなら…ただの一団員だったならば、さしも短気なバレルであっても放っておくことができたろう。わざわざ探し出してまで殺すような価値などいっそ持たなければ、公然たる幇助は無理であっても、元気でなの一言くらいはかけてやれたかもしれなかった。
だが穏健に捨て置いてやるには組織内においての立ち位置が高すぎ、外部に洩らせない事項を知りすぎていた。
ならばせめて恋人であった自分の手で息の根を止め、秘密裏にどこかに埋めてやろうと思っていたが…
(埋まるのは、俺か)
浅く息をつきながら、口の端を歪めて苦笑した。
埋めてやろうなどと、そんな先のことを考えて殺し合いに臨んだ自分はなんと甘かったのか。彼女はこれからのことも生への執着も頭から弾き出し、ただ自分を殺すことだけ考えていたに違いあるまい。
そうして命を投げ出す覚悟とどこまでも戦い抜く覚悟を携えて、
屋根の上にいたブレードを撃ち落とした。
別れはとうに告げたはずだ。決別した筈だ。故に、別れの言葉はもう必要ない。互いに承知済みで得物を向け合ったのだから。
あるとすれば、ただ一つだけ。
「愛してるわ。…今でも、これからも」
言葉と同時、銃口が心臓の位置から額へ滑るように動く。
「…俺もだ」
彼女よりもよほどはっきりと聞き取りやすい声音で、ブレードは肺の奥から一言だけを絞り出す。
それが最後の会話だった。
泣けない女に取って代わるように、静かな夜気を切り裂くように。
満天の星空へ銃声が轟いた。