倉庫から漏れ聞こえる声を耳にして、土井半助は思わず知らずその場に凍り付いた。
ちょ…重い、無理ですってば!
ああもう、いいから早く退いてくださいよ!
わ、解りました。解りましたからもうほんと私の上から退、い……え、
う…うわあああ! 誰か! 誰か来て! 助けて!
声から、学園に来たばかりの掃除婦であることは直ぐに知れた。
だがこの言動は只事ではない。生徒のみならず、教職員の間でも相当度胸の座った女だと常日頃から囁かれているあの掃除婦がこんな悲鳴を上げるとは。よもや誰かが邪な気でも起こしたか。
ことと次第によっては取り押さえて学園長と担任に報告を、と勢い込んで引き戸を開けた半助は、あまりと言えばあまりの光景に総毛立った。
「あ…ど、土井先生! 良いところに!」
彼女の状態もまた恐ろしく奇妙ではあったものの…まず目に飛び込んできたのは、倉庫の床を埋め尽くさんばかりに我が物顔で這い回る芋虫の群れであった。
「ひ、!」
異様に多い。
恐らく学園に植わった栗の木についたヤママユガの幼虫だろうと当たりをつけたが、それにしても数が尋常でない。さしもの忍者でも不意打ちにこんなものを見ては鳥肌が立たないほうがおかしいと言うものだ。
「こ、これはどういう」
「説明は後です! は、早く…虫を退けてこれを下ろせるスペースを空けないこと、には」
これ呼ばわりである。
(なるほど…)
大体の状況は把握できた。
彼女が退けと言っていたのはこういうことか。
芋虫地雷原の直中でしっかりと足を踏み締め壁に手を付いた状態で、しかし背中に半助の同僚である斜堂影麿を背負っているのだから何ともはや…本人は辛かろうが大したものだ。
「す、すみませんなるべく早くお願いします! こんなところに落としたらあとで何を言われるか!」
無理もないが、背中の荷物はどうやら気絶しているらしい。
近くにあった棚から(恐らくこの大量の虫を詰めるのに使っていたであろう)麻の袋と古びた菜箸を取り、先ず半助は辺り一面の幼虫を片端から袋詰めにする作業に取り掛かった。
* * *
「…大方の予想はつきますけど、一体何があったんですか」
「吉野先生の助っ人で栗の木についた幼虫を捕ったんですけど、焚き火に放り込んで殲滅しようとした矢先斜堂先生に倉庫の在庫調べを頼まれまして、袋の口を縛ってあるから大丈夫だろうと思ってそこの棚に置きっぱなしにしたところ、気付いたらいつの間にか包囲されてました」
「まさか袋の底を食い破るとは思いませんよねえ…」
「まさかこんなでかい穴をね…それで斜堂先生がすがり付くならまだしも言葉通り人に登ってきまして、落としかねないから早く降りてくれと言った途端私の頭の上…ちょうど斜堂先生の目の前に虫が落ちてきて」
「それで気絶ですか」
「というか魂抜けてます。ほら、そこ」
「ああ本当だ…漂ってますね」
「とりあえず残り全部回収し終わったら戻すつもりなんですが」
「じゃあ火を起こしておいてくれますか、回収はわたしがやりますから」
「うわ、助かります!
いやー斜堂先生の手前ずいぶん頑張りましたけど、実はさすがに気持ち悪かったんですよねここまでいると」