その部屋は白で統一されていた。
ベッドにカーテン、壁、ドア、備え付けの椅子、リノリウムの床に至るまで全てが白い空間にあって、彼はあからさまに浮いている。半ば目に悪いほどだ。
「バカかお前」
「…だから、ごめんってば」
「俺はあんだけ気ィ付けろって言ったろ! 全治三ヶ月だ!? この大バカが!」
「バカバカ言わないでよ! だってあいつら予想以上に手強かったんだもの!」
「お二人ともお静かに!」
医師に怒鳴り付けられたとバレルは揃って黙り込み、気まずげに視線を反らした。
「…まあ、なんだ。ともかく命があっただけ儲けもんだな」
「…ごめん」
香港支部の近くで起きた紛争を鎮火するべく派遣されたが、相手の規模が異様に大きいと連絡を入れてきたのが二週間前。いかに幹部とはいえ一人では厳しいと、バレルは出来うる限り早く手持ちの仕事を終わらせ増援を連れて現場に向かった。
だというのに。
「まさか一人で壊滅させちまうとはなあ…お前ちったあ加減ってもんを覚えろよ」
「一人じゃないわ。ほら、あの…えーと。名前忘れちゃったけど、カツ丼とかいうおかしなあだ名つけられてた人と、あと何人かサポートしてくれたの。後でお礼言わなきゃ」
「実質一人って聞いたぜ」
「みんな大袈裟なのよ」
骨折に打撲傷、失血多量で死にかけていた挙げ句、数日前まで意識が戻らなかった人間とは思えない。当人にそう言ったところ自分は寝起きがいいのだとか戯けたことを言っていたが、どう考えてもそういう問題ではないだろう。
(ったく…人が心配してやってんのによ)
別段、を責める謂れはない。
それどころか味方はもちろん一般人にも無用な被害は出さず、しかも(怪我はしたものの)生きて帰ってきた。本来ならば大した奴だと大いに誉めてもおかしくはない働きぶりだ。
だと言うのに、バレルは胸中苛立ちが収まらなかった。
「」
「ん?」
「早く治せ。…お前が怪我なんかしてると落ち着かねえ」
「心配ならもう少し素直にすればいいじゃないの」
「うるせえバカヤロウ。見舞いやるから大人しく治せ」
鞄の中から取り出したものを見せると、彼女はひどく微妙な顔をした。
「……なに、この大量の煮干し」
「骨にいいって言うじゃねえか、カルシウムだカルシウム。毎日食えよ」
礼を言うべきかどうか大いに迷っているだろう。が頭を抱えたところで、派手な音と共に病室の扉が開いて知った顔が二人無遠慮に入って来た。
「よー!」
「…患者は噛んじゃ駄目」
到底見舞いとは思えない勢いで乱入してきたママとブレードに挨拶を返すより早く、バレルは二人の持っているものに目を止めた。
「なんだよ、お前らも見舞いか」
「おう。肋骨折ったとか全治三ヶ月とか聞いたぜ、だらしねえなあ。あたしからはこれやるわ」
「カラは、干からびてカラカラ」
「…………。」
「よし、これ退院までに全部食っとけ。残したら減給だ」
「じゃあなー、ちゃんと治せよ!」
「150未満の見舞い」
「てめえブレード今なんつった! それ誰のことだァ!」
「病院でケンカすんじゃねえよ、お前ら」
「………。」
いや、そりゃ気持ちはありがたいんだけど。
煮干しと牛乳って組み合わせの生臭さはただごとじゃないわよ。何なの、結社をあげてのイジメなのこの仕打ちは。
しかもブレード、あんた一体どんな角度から考えてお見舞いに卵のカラ持ってきたのよ。カルシウムに拘るあまり食べ物ですらなくなったじゃない。斬新すぎて声も出ないわ。
…いいか。
またこんな目に合いたくなけりゃもう怪我するな、って意図はよくわかったから、とりあえず二度と無茶はしないようにするわ。
うんまあ、…ありがとう。