薄暗い酒場でクダを巻いていたウグストというらしいチンピラは、意外なことに見知った顔だった。
「てめえはウルダハで会ったクソ冒険者! お、俺の地元にまで何しに来やがった!」
「ああ、なんかお前の顔見たら落ち着いた」
「なんだよ気色悪い」
「いやいや、こっちの話。そのいかにもモテなさそうな品のない顔のおかげで卑屈にならず自然体でいられるって、それだけだ」
「ケンカ売ってんのかコラァ!」
まだ売ってない。ここ数日女の子が次々振り返るようなすこぶるつきのハンサムと行動してて気分がささくれ立っているだけで。
「ケンカはまだ売ってないけど、力ずくで話そうって言うならそっちのほうが得意だぞ。ご存知通りにな」
「……何しに来たんだよ」
「ほらよ、これ用件。この辺の顔役の紹介状」
「チッ…なんだ、イセムバードの紹介か…」
このウグスト、暁の結盟団に目をつけら…いやパシリに…もとい、仲間になる直前、ウルダハで貧民のご婦人に因縁をつけていたチンピラだ。血の気の多い奴だと聞いた時には酒場で乱闘になるかと思ったが、この時は顔見知りであることが幸いした。
人数がいても勝てなかった相手にたった一人でケンカを売るほどバカでもないようで大変ありがたい。
「どれ…ああ? 貧民の行方を調べてるから教えてやれ?」
「このへんで起きてる貧民の連続誘拐事件の調査なんだ」
「おい、てめえ政府のイヌ…いやミコッテだった。紐付きの猫ってのァさまにならねえなあ」
「政府じゃなく一応民間組織だ。第一国の人間だとしても目の前の野良犬よりはずっとマシだね。あんまり近寄るなよ、ノミが移る」
「なんだとクソが」
だから言っただろ、煽るんじゃない。今の僕は機嫌が悪いんだから。
“暁”の初仕事は先にも行ったとおり、このドライボーン近辺で頻発する貧民たちの誘拐事件の調査である。
この近辺の揉め事と言えば富裕層の連中か、でなければアマルジャ族と相場は決まっているのだが、金持ち連中なら頭数がいるとなれば揃えるのも容易だ。となれば、蛮族が行き場のない貧民を連れ去って自分たちの神の信徒にしているのではないか…とサンクレッドは予想していた。
しかしアマルジャ族はなにぶん図体がでかくて目立つうえ、近隣でもよく揉めている。もしもこの辺をうろうろしていればすぐに不滅隊へ通報が入るだろうとは顔役イセムバードの談である。
そういうわけで、まずは貧民の方から洗っていこうと顔の利く奴のところへ来たのだが。
「この辺の貧民は警戒心が強いんだ、近付いたらすぐにビビって逃げちまうぐらいだぜ」
「そうか…やっぱり治安が悪いからな」
「それもあるが、俺みたいな奴が昔騙して重労働させまくったからな」
「まさかのお前か」
「本人じゃねえよ!」
そうは言うけどやってそうだぞ。モングレルと少年って教訓話知ってるか?
「とにかくだ! なんか聞きてえならてめえで貧民に話しかけてみりゃいいだろ!」
「そうするよ」
「埋葬の手伝いか」
「いやか?」
「いやじゃないさ、むしろ呪術士本来の仕事だ。やらせてもらう」
「そうか…助かる」
マルケズと言うらしい墓守は、ひどく寡黙な男だった。
深く被ったフードで素顔は解らないが、おそらく壮年らしい低い声をしている。
「空きの墓は左手の坂を上ったところにある。運んだ後に心を込めて土をかけるんだ」
「ああ、坂の上だな。行ってくる」
冷たく重い死体を背負って坂を上るかたわら、僕はこのキャンプで出会ったひとりの女のことを考えていた。
「冒険者さん、仕事を探しているならモングレル退治を引き受けてくれませんか?」
死者を悼みながらもなんとも商魂たくましいララフェルにお使いを頼まれ、魔物の多く出る地点に咲く珍しい花を仕入れて帰り、声をかけられたのはそんな時だ。
彼女はケートリンと名乗った。
整った顔立ちだが目は虚ろで、微笑んでいてもどこかただごとでないような悪意があり…その理由を、僕は依頼を終えた後で知った。
「私の婚約者は、三年前にモングレルに殺されました。
それからずっと…ここを通る冒険者には必ず一度、モングレル退治をお願いしているのです。二度と私のような悲劇が起きないように…そして私自身の復讐のために」
やめておけと諭すことはできなかった。
復讐は無益だとごもっともな正論を述べるのは簡単だが、彼女が殺してやると獣の群を憎むのなら、それは誰にも覆すことのできない彼女だけの憎悪だ。通りすがりの冒険者ひとりが知った風に口を出すべきことじゃない。
付き合いのあるなしに関わらず、誰かが死ぬとよく考える。
死とはいったいなんなのだろう。
ついさっきまで生きて動いていたものがそうでなくなる時、なにかが確実に失われるというのに、誰一人それを捉えられたものはいない。
「なあ…あんたはどうして死んだんだ?」
瞼を閉じた男は何も答えず、誰のことも気にはしない。
曇天のサバンナで、生きているものだけが死者を気にしていた。
自分はいったい何をしているのだ…などと、そんな文句もばかばかしくなってきた、相変わらずの便利屋稼業である。
今回の依頼はドライボーン外れの寂れた遺跡。なんでもここに転がった白い石には、貴重な霊銀が含まれているかも知れないという話だ。
貧民誘拐の情報を探してドライボーンを飛び回っている途中、見覚えのある顔に声をかけられた。
“ふふ、今回はモングレルの討伐依頼じゃないわよ”
あの時の暗さは少しなりを潜めていたが、ケートリンだった。
“そんな顔をしないで。もちろんモングレルは憎いけど、さすがに三年も経ったらいつまでも落ち込んではいないわ”
話を聞けば、ゴールドバザーに住む例の婚約者の弟にモグラ肉を届けてくれと頼まれたものの、自分はここから動けないということだ。
初対面よりは元気そうでまず安心した。
“私はここで、モングレルを倒してくれる新しい冒険者を探さなきゃいけないし…”
前言撤回。笑っている分だけなおさら憎悪は深そうだ。
とはいえ、ここにいる間はどうあっても住民と関わることになるのだから、できるだけのことはしてやりたい。
僕は依頼通りサバンナでツコツコを狩って捌き、余った肉をその辺の貧民たちに譲って好感度稼ぎもしつつ、暑い荒野を駆け抜けゴールドバザーへ向かった。そういえばウグストの地元らしいがあいつのバックグラウンドはどうでもいい。
そして着いたら着いたでまた次々に頼まれごとを受けて、今に至る。
はたして、ベネジャーは石を渡すと様々な角度から眺め回して喜んだ。
「これが噂の白く輝く石か。本当にうっすら光ってるな…こりゃ確かに霊銀が出るかもしれないぞ」
言われてみれば光っているが、それがレアメタルによるものかどうかまでは僕の目ではわからなかった。
「僕じゃ判別つかないけど、うまくいくといいな」
「ああ」
なんでも戦争でアラミゴとの陸路が絶たれたために、交易の中継地であったこのバザールは最近景気が下がる一方だったが、今はちょっとした転機らしい。
近くに質のいい鉱床があるという噂が広まって、さっそく耳の早い採掘師たちが拠点にし始めているという。なるほど、ここで貴重な霊銀が取れるとなれば、遠方からも採掘師たちがやってきて再び賑わうことになる。降ってわいたような商機だ。
「だから俺がここを金ぴかに戻すんだ」
「そうか、がんばれよ」
「ああ。そんで滅茶苦茶金持ちになったらさ…ケートリンを意地でもさらいに行くんだ」
「え」
「酷な話だけど、いつまでもあんなことしてたって兄貴は帰ってこない。俺が、兄貴のことなんか忘れるぐらい幸せにしてやるんだ」
「そうか…」
声は震えなかっただろうか。
昨日までの湿っぽい心持ちに、その宣言はまるで夜明けの涼しい風が吹いたようで、気が付いたら彼の背を力を込めてぶっ叩いて何しやがると怒られていた。
ケートリンには内緒にしておいてくれよとベネジャーは照れ笑いをしたが、どっちみち通りすがりの冒険者ひとりが口を出すような筋合いのことじゃない。
闇の中から彼女の手を引けるのは、そこまでの苦悩や憎悪を知っている奴だけだ。
ごくありふれた話。
恋人を殺され今も憎しみから抜けられない女と、彼女を想い手を引こうとする男。
たったそれだけの、エオルゼアにはどこにでもあるような話。
「がんばれよ!」
泣いても憎んでも無情に腹は減る。
たとえ死体のようであっても、食って生きれば必ず明日が来る。明日が来るなら進むチャンスがある。
乾いた風の吹くサバンナへ走り出しながら思った。
次に教会へ行くときには、死者に供える花を山ほど買っていこう。
(あいつ見張りって言ってたけど、本来危険な役目は先輩がやるものなんじゃ…え、なにこれ、新人いびり?)
そうでないことはわかっているがなんだか腑に落ちない。
「……して、彼奴等の妨害は如何に…」
「…虚々実々…交易商人は我らが襲撃防ぐこと能わず、一時は成功かと思われしが、不滅隊により妨げられん…」
(種族の特徴にしても、こいつらの話って本当にわかり辛いなあ)
つまるところキャンプ・ドライボーンへの交易ルートで待ち伏せして物資を奪おうとしたが、寸でのところで不滅隊が駆けつけて徹底交戦、結局強奪はできなかったという話だ。奇々怪々、佶屈贅牙、まことに難解なことこの上な…しまった、うつる。
岩陰に隠れるなら少しでも小柄な方がいいだろうというサンクレッドの談により、アマルジャ族の軍陣の中に潜入して手掛かりを探している。
いろいろあって一時は教会の女司祭に当たりをつけたのだが、彼女はかなり白に近いグレー。そのかわり彼女を尾行する時に、サンクレッドが怪しいアマルジャ族を見つけた。
それがこの軍陣屋に入っていったとあって僕が潜入している。
ミコッテは小柄な種族だし、生まれながらの狩人である種族の特性上体が柔軟だ。足音を誤魔化すのも得意なものが多い。つまり適材適所だ。なんら不自然はない。
それに新人に危険な任務が割り当てられて労働量が多くなるのも、また当たり前の話だろう。
……でもなんかもにょもにょするんだよな…。
(次はこれだ)
一時は数の多さにどうしたもんかとあれこれ考えたものの、どうもアマルジャ族はヒト種(少なくともウルダハでそう認められている限りにおいて)より視力が落ちるようだ。
真っ正面を通ればもちろん気付かれるが、一定以上の距離を置いて隠れながら行けば抜けることは容易かった。
手を伸ばして目に付いたビラを取って読む。
(お…これは)
内容は貧民にナルザル神の教えを説いているらしいものだ。
それにしても、ちゃんとした祝福を賜っていない僕でもわかるような齟齬が随所にあるし、割とあからさまに都合のいいことしか書かれていない。当たりのようだ。
(肝心の実行犯が誰かはともかく、これを餌にして人を集めて攫っていくって感じだな)
なかなかいいものを手に入れた。
* * *
「ああもう、うるさいわね! 貧民の相手してる暇はないのよ、ドライボーンの池でお仲間と一緒に水でも飲んでれば!」
「ここにあるものはね、とってもお高いんですよ。池のほとりのお仲間のところに戻りなさいな」
「また貧民か。不滅隊がお前にやる仕事はない、速やかに立ち去るがいい」
ちょっと泣きそうになった。
おい、特に二人目と三人目。僕はわりと長くこのキャンプを拠点にしていたから武器も防具もここの修理屋にお世話になったし、担当は違う人でもギルドリーヴだってずいぶん受けたじゃないか…。
ちょっと変装したらあまりにも冷淡なこの態度。作戦上今すぐどうこうは言わないけど、そういう隊員のことは今度さりげなくラウバーン局長に話しておくからな!
「どうだった」
「上々。ところでお前その格好はどうなんだ」
「おかしいか?」
「おかしいっていうか…」
僕はじっくりと目の前のサンクレッドを見回した。
「服だけ汚くて中身がそんな綺麗な貧民どこにいるんだ」
泥水で顔と髪を汚して当たった僕がバカみたいじゃないか。
しかもその乞食らしからぬ生き生きとした表情は変装丸出しだろうと説くと、サンクレッドはお前こそ腰の呪具を隠したらどうかと突っ込んできた。そういえば持つのが当たり前になりすぎて外すの忘れてた。
むしろみんなよく指摘しなかったものだ。
それとも、貧民の格好なんていちいち気にするだけ時間の無駄ということなのか。
「張り込んで買ったちょっといいカジェルだし、本当に貧しかったらとっくに金に換えてるよな…」
「なあハードリー、もう一回見てくれ。この辺もっと汚した方がいいか」
「こんなもんじゃないか?」
「あと服もちょっと端を裂こう」
最終的に通りすがりのイセムバードにも手伝ってもらって、道で行き合ったらつい嫌な顔をするような、申し分ない貧民が完成した。
靴墨で垢の質感まで再現したみすぼらしさは、変装とわかっていてもこの格好だけでみじめになってくる。サンクレッドの一気に気力がなくなった目もおおむね演技だけではないだろう。
「よし、この格好ならまず向こうから声をかけてくるぞ」
「あとはドライボーンの池のほとりでうろうろしてみれば…確かに、あの辺には貧民の立てたテントがいくつかあったな」
「サンクレッド、たとえかわいい女の子でも手心は加えるなよ?」
「おいおい、俺を一体なんだと思ってるんだ」
悪いな。わりと本気で敵だと思ってるよ。
「くそったれ! やるしかないのか!」
「増援だ! 畜生っ! どんどん来るぞ!」
「怯むな! 不滅隊の力を見せてやれ!」
見えざる都の静寂の中で、怒号と悲鳴が爆発する。刃物がぶつかり合い火花を散らし、場は一気に敵意と殺気の混ざり合う戦場に変わった。
ニセ司祭ことウグストを捕まえて、何も知らない顔をしてアマルジャ族との取引の現場に向かえと言いつけたのが数日前だ。しかし考えてみれば端金に目のくらんだチンピラ一人、不滅隊の巡回ルートをうまく抜ける計画を立てられるわけもなかった。
(くそ、僕はバカか! 不滅隊だって一枚岩じゃない、内通者がいることも考えに入れておくべきだったのに、後手に回った!)
アマルジャ族も数人程度ならいくらでも対策が取れるが、サンクレッドと別行動を取るこの状況下で、その上こうも絶え間なく来られてはさすがに分が悪い。
なお、ウグストは(変装したとはいえ)僕とサンクレッドに気付かず貧民と思い込んで声をかけてきた。目を疑った。
「ひゃっひゃっひゃ! いい見世物だぜ!」
「やかましい! 勝ち誇ってるけどお前の目玉はトードの卵だ!」
一発ぐらい顔面にファイアをかましてやりたいが、数が多すぎて本気でそんな暇すらない。
「惑わされるな! 一体に集中して頭数を潰してかかれ!」
「そうはいくかよ、不滅隊なんぞいざとなりゃあてんでんばらばらだ!」
「調子に乗るな、国賊が!」
僕にとっては人を売るのも国を売るのもどうでもいい。サンクレッドはウグストをゲス野郎と呼んだが、自分の矜持の値段は自分だけが決められるもの。どんな端金で尻尾を振ろうが、立場的に敵対することこそあれ、僕自身はそれを責めるつもりはない。
だが、こんな犬っころになめられていいようにやられるのだけは耐え難い。
後から後から押し寄せてくるアマルジャ族の、一人のランサーが突き出した槍が頬をかすめた。
「くそっ!」
咄嗟に迅速魔からのスリプルを飛ばす。
あまりに数が多い。高位の呪術士や黒魔導師は一気に複数体へスリプルをかけることも可能だと聞いたが、今の僕ではそんな高度な真似はできない。不滅隊の人員もケアルで持ちこたえはしているが、これだけの人海戦術を取られては回復要員を狙い撃ちにされてジリ貧になるばかり。
「危ない!」
誰かが絶叫した。
今さっき自分が放ったのと同じ。
完全に不意を打たれた僕の視界を、相手を無理矢理の睡眠状態に落とす魔力球が、黒い眠りに塗りつぶした。
状況は非常によろしくない。
真昼のはずが奇妙な黒い太陽に照らされ、周囲は“神降ろし”にしてもなお異様な熱気に包まれている。
眠らされたときにはすぐに殺されるかと思ったが、事態はそれよりさらに悪化した。その場にいた不滅隊数人と一緒にアマルジャ族に囲まれ、引っ張り出された先は…炎帝祭がどうとか言っていた神降ろしの儀式だ。
これはおそらく生贄にされるのだろう。
蛮神を間近に見るのは初めてだ。戦うのも…そもそも戦いになるような相手なのかどうか、僕はまだそれすら知らない。
「いと高き神よ! 焔神イフリートよ、来たりませ…!」
周囲は暗いとも明るいともつかない。
禍々しい黒い太陽が極彩の炎を纏わせながら中天へと昇り、異様な熱気と、蛮族たちの祈りの言葉が、不思議な光沢を持って大気中をゆらめくエーテルと溶け合い、さざめく。
やがて、地響きと共に神が降りてきた。
巨大な、炎をまとったアマルジャ族が第一印象だが、全体的にどんな動物にもあまり似ていない。アマルジャ族のそれよりは細身な印象で、顔の両脇には山羊や羊に似た角。背の中ほどに鮫の背鰭を思わせる突起が突き出している。
(これが蛮神か)
人間、いっても蛮族くらいならどこまででも相手をしてやれるが。
こんなものに勝てるのか。
「おい、話が違うぞ!」
「た、助けてくれ!」
竦みそうになった意識が、悲鳴混じりの命乞いに引き戻された。
「……!」
不滅隊の内通者とウグストは、どうやら僕達同様焔神の生贄にされることになっていたようだ。
横でこの世の終わりのような顔をしているが、バカかお前達は。一度裏切った奴はどこに行ったって同じ、思い入れなく切り捨てられるだけだ。
小銭を魂の対価にするのは本人の自由だが、それは金額に等しい扱いをみずから了承したに過ぎない。普通に働くことと魂を売り渡すことの違いを見誤ると、こうなるのも自明の理だろう。
「徒に愚かなり、人の子よ。
我が信徒となりて、我に祈れ! 我を求めよ!」
迸り出た青い炎が突風のように場の全員を包み込み、焼いた。
「…あれ?」
「ぬう…?」
何をされたのだと疑問に思う暇すらなく、僕は状況を理解した。
周囲の皆が、一変している。
「我らが御神、イフリート様…」
「どうか願いをお聞きください…」
「我らが至高の神、イフリートよ!」
内通者のルガディン族。ウグスト。ついさっきまでせめて戦って死にたいと毒付いていたはずの闘軍曹や二等闘兵。青い炎にくるまれた僕以外の全員が。
まるで魂を書き換えられたような、敬虔そのもののイフリートの信徒になっている。
「そうか、生贄ってのはこういうことか…」
「ぬう…奇々怪々、なにゆえ貴様の魂は焼き鍛えられぬ。信徒に…テンパードにならぬ…?」
「あいにく不信心なものでね」
元の集落の傾向として、僕は一応太陽神アーゼマの信徒だ。
しかしいくらなんでもそれが原因なら、元々のほぼ集落全員がこの祝福を賜っていなければおかしくなるし、こんな適当な名ばかりの信徒が祝福してもらえていたらこの世に彼等いわくテンパードなんか生まれる余地があるまい。
おそらくこれは、ミンフィリアから聞いた“超える力”の効能なのだ。
(超える力か…まったく、いいのか悪いのかってとこだな。これじゃ…)
この特殊効果が効かないとなっては、僕はこの未だかつて見たことのないデカブツとガチタイマンを張るしかないということだ。
おとなしく“書き換えられ”て、痛い思いをしないで済ませるのとどっちがマシだろう。
「禍根残さぬためにも始末してくれよう。
さらば、神知らぬ人の子よ!」
「やっぱり、おとなしく服従するのは僕の柄じゃないな」
そう、確かどこかで聞いたことがある。こんな時はこう言うのだ。
「この魔術さえ効くのなら、神様だって殺してみせる」
「は? 英雄の卵?」
「そうよ、誰も倒せなかった蛮神をあなたが下した。その事実がどれほど大きい波紋を呼ぶか、わからない?」
「そんなこと言われてもな、僕はただその場に居合わせたからやっただけだよ」
「私はむしろ、これだけのことを成したあなたが自分の英雄性を誇示しない方が不思議だわ」
「ええー…」
イフリートを倒して戻ったら完全に予想外な反応が返ってきた。
英雄ってどういうことだ。
確かにイフリート戦は今までにないほど敵が大きくて多少びびったけど、それにしても僕が倒せるぐらいのレベルだぞ。だいたい“超える力”の持ち主はテンパードにならないと聞いたが、それだったら暁のメンバーで十分だろう。
僕が来るまでは何してたのか、今までの蛮神対策のなんたるかを知りたい。
「あなたはついこの間までひとりの冒険者だった。それがほんの少しの間に一国の使者となり、わたしたち“暁の結盟”と手を取り合い、ついには蛮神イフリートを退けてしまった。
これがエオルゼア諸国にとってどれほどの意味を持つか…」
熱心に語ってくれているところ水を差すようだが、どれもこれも大した関係性ではないだろう。僕はこの組織に入ってまだ日の浅い下っ端で、シャーレアンの賢人でもなければ国の要人でもない。
いつトカゲの尻尾として切られても不思議はない野良猫が、たったひとつ持つ後ろ盾が力だった。それだけのことだ。
「失礼する!」
「さっそく来たわよ、大きな騒ぎが」
「あれ、彼は確か不滅隊の…」
タタルさんが止める間もなく、目を輝かせてどかどかと入室してきた三人の男達の一人には、はっきりと見覚えがあった。
「おお、覚えていてくれたか!」
「人の顔を覚えるのは得意なんで」
三人が口々に言うことには、人の身で蛮神を下した“英雄の卵”をどうしかして自国の戦力として確保…もとい、グランドカンパニーに所属してほしいと、取るものもとりあえず駆けつけてきたということだ。
「君の噂は聞いているぞ、まさかイフリートを退けるなんて大した奴だ! ともにカヌ・エ・センナ様にお仕えしようじゃないか!」
「いやいや、彼は我々と共同戦線を張った戦友であり、ウルダハにおける数々の活躍も記憶に新しい! これはもう運命と言えよう! ラウバーン局長も待ち焦がれておるぞ!」
「なに、肝心なのは彼の意向だろうよ! メルウィブ提督も君のことを言っておられたぞ、あいつは英雄になる素質を持っているってな。共に大海を征そうじゃないか!」
「あの…」
できればこれ以上組織には入りたくないんだけど、そんなこと言えない熱気だった。
「「「ミンフィリア殿!」」」
「はいはい…」
僕が引いたのを見てこちらから攻めるべきと思ったのか、見事に三人とも声を合わせてきた。正直もっと引いた。
「難しく考える必要はないわ、合わないと思っても後から移籍することもできるし…そうね、各地でカルテノー戦没者追悼式典が行われるんだけど、ゆっくり演説を聞いてどこにするか考えるというのもいいんじゃないかしら」
「そうしようか」
猶予があるのはありがたい。
「おお、それはよい。勢い余って些か先走りましたな」
「いやいや、楽しみですなあ」
「では追悼式典の後、改めて我々に声をかけてもらえますかな」
やっと引いてくれたかと思ったら、それではここでお待ちしておりますと部屋に腰を据えた。これはもう採るまで帰らない勢いだ。
ミンフィリアが微妙に居心地悪そうな顔をしている。
ところでどうということではないんだが、イフリート戦は確かに激闘だった。
さすがに疲れてしまったし、せっかく眺めのいいグリダニアを経由するのだから少しゆっくりお茶でも飲んで、ついでに久し振りに木工ギルドへ顔でも出してから帰ろうと思う。
悪いなミンフィリア、ちょっと我慢してくれ。
この現場知らずとか断じて思ってないぞ?
各国首脳陣の演説は一通り聞いた。
(代表個人の魅力だとカヌ・エ・センナ様だけど、調和を良しとするグリダニアの気風は生真面目すぎて肌に合わない。その点ウルダハの富と国のためって姿勢は一番好感が持てる。でも単純な利便性や居住性で言えばリムサ・ロミンサだ。風通しもいいし海産物もおいしい)
要するに当たり前の話ながら、三国それぞれに魅力があるのだ。
(でもなあ…結局ウルダハになるかな)
グリダニアもリムサ・ロミンサも景色が綺麗で居心地がいいが、ウルダハにはなんだかんだと一番お世話になった。
謀殺されかけたりぼったくられたりとろくな目に遭わなかった思い出や、難民の溢れる治安の悪さに、金目当てを蔑視されない俗っぽさ。あんまり綺麗じゃない荒野の空っ風まで含めて、僕はあの国がわりと好きである。
悪いところを好きになれるならこれ以上のことはあるまい。盟主には華がないけどそこは目をつぶろう。
ナナモ様だってあと数年経てば…いや、ララフェルだしどっちにしても守備範囲外なんだけど…。
「…しもし……ハードリー、聞いてる? ミンフィリアだけど」
それにしても行く先々で馴れ馴れしく話しかけてきた双子の兄姉、見覚えあるような気がするけどどこで会ったんだろう。
「もう各国の演説終わったのよね? 将校さん達がお待ちかねなのよ」
ああ、そういえばウルダハに来る時チョコボ・キャリッジに同乗してた愛想のない双子だったか。
あの時はもう一人の商人としか話してなかったけど、あんな毛並みのよさそうな双子がウルダハを歩いて大丈夫なのかと余計な心配をしたことはうっすら覚えている。
「どこに入るか伝えに一回戻ってきて欲しいんだけど…ハードリー? もしもし、聞いてる?」
「え? ああはいはい聞いてる、今ご飯食べてるから終わったら行くよ」
僕は強引に通話を打ち切った。
あの暑苦しい部屋に戻るのが嫌だから延ばしていたが、とうとうミンフィリアが一時間おきに通話を寄越すようになった。それはそうだ。あんなごっつい男どもが三人部屋に詰めてるんじゃ絶対うっとうしい。
昼食と食休みと呪術師ギルドへの報告が終わったら早急に向かおう。
「……おかえりなさい」
「ごめんごめん遅くなった」
暁の間に顔を出すと、我らが盟主様は笑顔で出迎えてくれた。
彼女の目が微妙にじっとりと半眼なような気もするが、とりあえずこれでも急いで来たのだ。僕なりに。
「演説はどうだった?」
「そうだね、各国それぞれに違う魅力があるし、悩むところだったけど」
リップサービスの途中にも、三人が三人平静を装いつつ目が大マジでかえって怖い。
「やっぱり僕はウルダハ民だし、不滅隊にお世話になろうかと…」
「おおっ、そうか!」
最後まで言い終わらないうちに、不滅隊の将校が勢い込んで立ち上がった。
「先日の作戦における裏切りで信頼を失ったのではと案じていたのだが…いや、流石だ。君の器はその程度ではないらしいな。我らは素晴らしい戦友を得たものだ」
すみません。ウルダハ内部で偉くなってあの時薬品ぼったくった悪徳商人とか感じ悪かった不滅隊の隊員とかでかい態度とった銅刃団とか、あの辺とじっくり話し合いをするつもりですみません。僕の器は大したことありません。
「では早速だが、ウルダハ不滅隊の作戦本部で正式な入隊手続きを受けてくれ。ラウバーン局長も君を大いに歓迎するだろう!」
よろしくおねがいしますと答えはしたものの、こっちとしてはもう少し共和派の内情も知っておきたい。ラウバーン局長も砂蠍衆だし歓迎してくれるのは有り難いんだけど。
もちろん心情としてはナナモ様は好きだし、人格面で言えば十分に信頼できると思っている。しかし早いうちから王党派とばっかり仲良くして交友関係に変な偏りができたら困る。だいたい僕は呪術ギルド所属なんだから、それを考えれば大司教であるデュララ様にならって中立派が筋だろう。
不滅隊とはいえ名前がそこそこ売れている今、その辺のスタンスには気をつけていかないと将来ろくでもない目に遭いそうじゃないか。
今ですらいやに腰の低い態度で「ハードリーさん」と近寄ってきた奴がいた。まあいいかと頼みごとを聞いてやっていたら、いつの間にか呼び名はくん付けに変わり、報酬がどうこうという話をしだした時には呼び捨てになっていた。
こんな調子で言われるままはいはいと付き合っていたら近い将来、勝手に「俺の弟分ハードリー」みたいな言われ方をする日が来るに違いない。そう確信した僕は、これから贔屓にするよと手に押しつけられたリンクシェルを南ザナラーンの荒野に捨てた。
かわいい女の子ならまだしも、腹の突き出た中年男に馴れ馴れしく呼び捨てにされてたまるか。
…後に聞いた話では、呼び出しにはたまたま近くにいたアマルジャ族が応答したらしい。どんな悲惨な会話になったかは知らない。
さて、そんなしょうもない思い出はともかく、聞いた通りまず本部へ出頭して入隊式を受けなければいけない。それが済んだら正式に籍を置かれ、自由に乗れるチョコボも支給してもらえるということだ。正直僕にとってはこっちがメインだ。
これは三国どこでもそうだが、根無し草の冒険者の場合だと、犯罪に使われる率も高いということでチョコボの所有は少し難しい。
しかしちゃんとグランドカンパニーに所属して、身元の保証がされていれば乗れるのだ。
テレポ資金がないから徒歩移動、しかもスプリントかけて必死に荒野を駆け回る生活ももうおしまいになる。すばらしい。
いや、別にそのためだけに入った訳じゃないけど。
本当に。
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