ロロリトに目を付けられたからには、もうここで商売をすることは難しいとウィスタンは言う。
それはそうだろう。東アルデナード商会の傘下にいないとあれば、確かにロロリトのご機嫌伺いをする必要はないが、同時にいつ叩き潰されてもおかしくない立場ということでもある。
むしろ今まで無事だったのはロロリトの意向ひとつにすぎない。それほど彼の立ち位置は危険なところにあった。
「これからどうする」
「ウルダハを出て、どこか遠くで暮らすよ」
「そうか、道中気を付けろよ」
打ちひしがれた男に掛ける言葉など持っていない。
そもそもこれは自業自得と言っていい。競争をしようと思うなら、自分の他にどんな奴がいて、どういう性格で、どれほどの規模の組織を率いているのか、そのくらい解っていなければ話にもならないだろう。自分の周りのことぐらいちゃんと把握しておかないから、最終的にこんな異次元から刺されたみたいな顔をすることになるのだ。
 
……。
…。
 
「……おい、ウィスタン!」
それでもどうしても言っておかなければならないことがある。
「な、なんだ」
身を翻して歩み寄り、困惑する彼にかまわず、力を込めてカウンターに拳を叩きつけた。
 
「君は間違ってない!」
 
「……。」
ウィスタンのみならず店主も店員も常連客もぽかんとしているし、何か殴るなんて慣れなさ過ぎて拳はじんじん痛いし、そもそもこんなこと言うことすら僕の柄じゃないが、今はそんなことはどうでもいい。
このバカにはひとつ言ってやらなきゃ気が済まない。
「いいか、しょぼくれる前によく考えろ! ロロリトはどうして今狙ってきたと思ってる! こいつはこのまま大きくなったら驚異になると思ったから、君を危険視して潰そうとしたんだ! あの百億ギルの男が、君を、殺すべき敵だと認識したんだぞ! 認められたも同然じゃないか!」
たとえば屈強なルガディンがそのへんのマーモット一匹をわざわざ殺すだろうか。まあ世の中そういう虐待行為に快感を感じる異常性癖もいるが、たいがいの奴はそんなことはしない。
か弱いマーモット一匹がそのへんで生きていても自分にはひとつも害がなく、またひねり殺すべき利益もないからだ。
自分に無害なものを敵とする奴はそうそういないのだ。
「男ならこんな時こそ胸を張れ、今の顔を子供達に見せられるのか」
「…!」
負けて、打ちのめされて、もういやだと頭を抱えることなんか誰にだってある。
「ジンジャークッキーの子供達には、君が伝承歌にも勝る英雄なんだぞ」
あっても、一度誰かの英雄になったからには、その誰かの前では精一杯強がってみせるのが務めじゃないか。
ウィスタンはぐっと出かけた言葉を飲み込み、少し迷って…やがて一つ、深々とうなずいた。
「まだ…やれるかな」
「やれるとも」
どんな成功者も英雄も…話に語られる光の戦士達でさえも、ヒト種をやっている以上、他人に言えないような情けない敗北や悩み事が絶対にあるはずなのだ。
それでも彼等は星の数ほどの人の心を救っている。
 
「一回負けた奴ほど、もう一回立ち上がるべきだからな」
悔し涙を越えていくのが生きることだと、集落の教えにあった。
負け知らずほど信用の置けないやつはいない。
 
「……まずは、リムサ・ロミンサに渡ろうと思う」
「ああ」
「あの近辺は荒くれ者が多いし、僕は余所者だ。衝突もするだろうが、すっきりした気性揃いだと聞いたから今回のようなことにはならないだろう」
「そうだな、ウルダハよりは合ってるかもな」
「諸外国を相手に…最初はささやかだろうが、また商売を始めるよ。子供達にはしばらく会えないが、いずれ絶対に、戻ってくる」
「そうしてくれ、僕も後々リムサ・ロミンサに行く用事ができた時、現地にツテがあるとありがたい」
「…ありがとう、ハードリー」
「決まったんなら早く行けよ、またロロリトの刺客が来るぞ」
僕にここまで言わせたんだ、せいぜい出世してくれないと困る。
 
欲得ずくだから、店中でそんな善人を見る目をするんじゃない! 気持ち悪い!
 
 

 
 
間違える奴もよくいるが、銅刃団は国営のそれではない。
国の権力者・砂蠍衆が金で雇ったウルダハの自警団のようなもので、そのため内部は決して一枚岩とは言い難く…そもそも王国に忠誠を誓うよりも自分の懐具合しか考えない連中が大本のスポンサーなのだ、そこに雇われるということは、金に転んだと見なされてもまあまあ仕方がない。
むしろ国を守るなんて崇高な志で志願している奴の方が珍しいだろう。
…そのはずだったんだが。
 
「おい、フフルパ! ちょっと待て! この一件はたぶん…」
駆け出していったララフェルの小さな背に声を投げたが、なかば諦め半分だった。元より義憤にかられると止まらない質なのはここまでのつき合いで十分解っている。
案の定振り向きもせず視界から消えていった。少しは人の話を聞け。
(どう考えても銅刃団の中に内通者がいるだろ)
盗賊がどんな規模であれ、相手はウルダハ国家…一国の財源に手をつけるのだから、中に協力者でもいなければそう易々と密輸なんかできるか。まして情報規制もかけずこんなところでべらべら喋るようなマヌケ共に。
(でも考えるより先に走って行くんだよなあ…本当にバカだなあ)
前に頼まれ事をしたときもそうだった。
ホライゾンの入り口真っ正面なんて、本当にこんなところに罠を仕掛けて大丈夫なのか、誰か巻き込まれる奴が出るんじゃないかと言ったのに聞きゃしない。一度熱血に火がつくと視野が狭くなってそれ以外のことを考えられないし、結局罠だって仕掛け損で、他の団員が回収する羽目になってたじゃないか。あの後のことは知らないけどたぶんさんざん怒られただろう、学習しなかったのか、バカ。
あんなバカが一人、裏切られて消えようが明るい明日がこようが僕には関係ない。
ないけど。
「……。」
「あ、あの…冒険者さん」
「…しょうがないな。奥さん、僕に免じてこのことは内密に頼む!」
ないが…まあ、あれはあれで亡くすには惜しい人材というやつだ。
俯瞰の視界で現場を見渡せる奴も、多角的に器用に物事をこなせる奴も組織の中にはたくさんいるだろう。だからああいう本格的な直情バカこそ、勝手に動けないように人の上に立たせて命令させて、それを誰かに希釈してもらうのがいいと僕は思う。
上に立つ奴が人の心を無くした組織はおしまいだ。
 
「ちょうど、今、みた、いにな」
スプリントで足跡の谷まで走るとすぐに見つかった。いけない、最近チョコボポーターに頼ってるせいでちょっと体力落ちた。
名前は覚えてないが、銅刃団の隊長と盗賊の首領と思わしいふたりが、あきらかな殺気を漲らせてフフルパと対峙している。
「なんだてめえは!」
「冒険者どの!」
「ほらみろ…って言っても聞いてなかったけど、銅刃団と盗賊グルだったじゃないか。人の話も聞かずに突っ走るなよ、それで面倒を被る周りの身にもなってくれ」
「う…か、返す言葉もないであります…」
そうだろう、こんなバカに組織の一員は勤まりゃしねえよと笑い出した男の言葉を、僕は思い切り鼻で笑って遮った。
「だから、今から僕がそこのゲス隊長をどけてやるから、代わりに責任者やれ」
「えっ」
「やる気と正義感だけが取り柄のバカが、現場の判断でほいほい動けるところにいたら危なっかしいじゃないか。周りに迷惑だから早く出世して、頭のいい副官でもつけてもらったほうが組織の為だ。そうだろう?」
「…じ、自分が…?」
その辺をうろうろされて、また入り口に罠をかけられちゃたまったものじゃない。
やめておこうと思いながらまた揉め事に飛び込んだかたちになってしまったが、経験則から言うとこうなったらもう乗りかかった船というもの。徹底的に挑発して、桟橋へ乗り切った勢いで向こう側へ降りればノーカンだ!
「おい、好き勝手言ってくれやがるな、冒険者! 俺の顔に見覚えはねえか?」
「え?」
そういえば隊長の方はともかく、盗賊の方なら見た顔だ。
「あ、ああ…? 言われてみればついこの間見たばかりの顔だな、サー・キヴロン男爵、悪い、何世だっけ」
「あれはオヤジだ!」
ここに来る前、元銅刃団連隊長のレオフリックに頼まれてさくりと山のゴミを掃除してきたばかりだ。似てると思ったらなんだ、息子か。
ララフェルは年齢が解りにくくて困る。
「それは申し訳ない、悪党の顔はいちいち細かく覚えてなくてね」
「ふん、覚える必要もねえよ、二人まとめて片付けてやるぜ! 銅刃団の名誉のために…死ねッ!」
 
 * * *
 
一応言っておくが、基本的にこすいことばかりやっている僕がらしくもないでかい口を叩く時は理由がある。
「俺が…ロロリト様に捨てられるだと…?」
勝てる相手だと思ったからだ。
呪術士は詠唱の溜めも長いし、戦う時はタイマンが基本だが、数を揃えれば勝てるってものじゃない。ギルドでは一対多数の戦闘法や、相手の必殺技を関知するこつも教わっているし、しかも今回はフフルパが要所要所でケアルもかけてくれた。こんな奴に負けるか。
何より、この一時がどうなろうが、こいつなら近いうちに処分されると思っていた。
「ロロリト様にとってみれば、俺もお前も取るに足らない捨て駒…その上、国家の大物が後ろ盾だからってあんな杜撰な仕事しやがったんだ。捕縛命令でまだありがたいと思えよ」
たいへんもっともだ。
レオフリックも使い捨てのコマにされていたとは初めて知った。まあともかく、僕の考えることくらい彼も全部わかっていたということだ。さすが腐っても元連隊長。
ウィスタンの時みたいにさくっと口を封じに来るかと思ったが、これだと牢で忙殺される展開だろうか。
「ふふん、命拾いをしたじゃないか。レオフリックが止めに入らなかったら、今頃二人とも……」
「えっ! ど、どうするでありますか」
「スリプルかけて寝顔に落書きだな」
おいなんだその顔、これを提唱してるのは僕じゃなくて呪術士ギルドのココバニだぞ。
「スリプルと言い出したから、俺はてっきり縛って寝かせてモングレルの群の中にでも放り込むかと思ったぞ」
「君の発想の方が怖い」
門前に一列虎バサミのフフルパといい上司のお前といい、銅刃団は心にどんな闇を抱えてるんだ。
…できるだけ怒らせないようにしよう。
 
 

 
 
「銀冑団の、オワイン?」
「そうなのであります! 銀冑団はウルダハ王家の近衛隊。きっと中身は重要な用件に違いないのであります!」
「声がでかい」
「もしかしたら例の王冠の件かもしれないのであります!」
相変わらず聞いちゃいない。
まあ…もうこれは彼のお家芸でいいか。
なんでも二人で退かした元連隊長は無事に投獄され、ホライゾン近辺を警護するローズ連隊は、盗賊退治の功績を買われて現在フフルパが隊長代理を務めているようだ。
本人も責任ある立場について今まで以上に正義感を燃やしている。…周囲はさぞ大変なことだろうが、彼を野放しにしておいたら今度は魔物の群に炸裂弾でも投げつける日が来そうなので、同じ隊になったことを不運と思ってがんばって止めてほしい。悪い奴ではないのだ。
さて、そのフフルパが言うにはバルドウィン元連隊長の机を調べたところ、王家の近衛隊である銀冑団所属の“オワイン”という人物に宛てた手紙が出てきたという。
「王冠といえば僕でも聞いたことはあるぞ。なんでもウルダハ王家の王冠が式典中誰かにぬす「冒険者どの! それは機密事項! 大声で言ってはいけないでありますっ!」
…今の僕が悪いか?
「わかったわかった、これを…直接持って行っても盗賊の手先だと思われそうだな」
「では、ここは顔の広いクイックサンドのモモディ女史に相談するとよいであります!」
「なるほど、それがいいか」
彼女は王家と直接のかかわりはないが、冒険者のまとめ役として各組織に信頼を置かれる誠実な人だ。
モモディからの紹介と言えばまず誤解はされないだろう。
「じゃ、行ってくるよ」
「よろしくお願いするであります!
 我々ホライズン銅刃団・ローズ連隊は、いつでも冒険者どのを歓迎しているでありますッ!」
……いいやつなんだよなあ…バカだけど…。
 
 * * *
 
さて、そもそも銀冑団という組織自体…彼らの前で言ったら大問題なので脳内に留めておくが、王家の近衛隊という重要そうな肩書きの割にたいへん影が薄い。
さもあろう。何度も言うが、このウルダハは金がすべての交易国家だ。
王家は存在するがほとんどお飾り、その代わりに都市内でも生え抜きの権力者が手を組んだ組織…ここまでに何度か関わってきた砂蠍衆が実権を握っている。それ故に銀冑団の権威は王家直属といえど微妙なもので、砂蠍衆に多額の報酬で雇われ、もっぱら蛮族や魔物との闘いに血と汗を流す銅刃団のほうが幅を利かせている。まあ当然の話と言えるだろう。
僕等のような身一つの冒険者ならまだしも、この走るチョコボの目も抜くウルダハである。どこかに雇われるとあれば、所属組織の名前だけで頭からなめられないよう、主人の立場の強弱を考えて選ぶことが重要なのだ。
まあそれはともかく、そんな落日の銀冑団がさらに面目を失う事件があった。
公にはされていないものの、式典の最中に王家の象徴である王冠が盗まれたという話で、モモディ女史の話によれば、オワインとはその式典で王冠の警備に当たっていた人物であるらしい。
さらに彼女曰く、事件の噂が立った後にその本人に宛てた手紙を届けに行かせると…わざと目立つようにしているところはなるほど、きな臭いものを感じずにはいられない。
 
そして今、僕はその銀冑団総長室へと手紙を持って出向く羽目になっていた。
……彼女本人には聞けなかったが、これ王家がらみで事態が面倒になるから体よく押しつけられたんじゃ…いや、聞くまい…。
 
「これは…! 冒険者よ、中を見たか?」
「僕は田舎者だが、人様に宛てられた手紙を読むほど不調法じゃない」
「そうか…お前が心ある人物でよかった」
悪いな、モモディには読ませた。
“僕自身は”読んでないから嘘はついてない。
 
「モモディ女史が見込んだお前を信じて、一つ仕事を頼みたい」
ほら、やっぱり揉め事だ。しかもこのシリアスな顔からすると特大クラスだ。
最後まで聞いてみたところ、案の定奪われた王冠の話…それも向こうは王冠と引き替えに、ウルダハのとある秘宝を寄越せと要求してきているらしい。仕事というのは取引中のオワインの警護だ。
彼曰く、式典の最中王冠の警備に当たっていたのは自分であり、命に代えてもその取引を成立させて秘宝を取り返さなければならないのだとか。…それはまあわからないでもないが、だからって相手の要求をほいほい飲んでやるのはいかがなものか。
必要以上のことを知ってはこちらの身が危ないからと要求のブツについてはかたくなに教えられなかったが、お前本当に大丈夫なのか? 騙されてないか?
「相手はウルダハでも有名な犯罪者の集団で、自分は実戦はからきしだ」
「おい…しっかりしろよ、僕は雇用主のために命捨ててなんてやらないぞ」
僕には向こうさんの腹が手に取るようにわかった。…いや、これじゃ誰だって察しがつく。
こいつは最初からカモられている。
政庁層の直中で常に警備の目のある王冠を、それも華々しい式典の真っ最中に狙う奴などいないと思っていたに違いない。しかし相手は(どうやったかは知らないがどこかに内通者でもいるんだろう)しれっと王冠をかっ浚い、こいつ一人のために銀冑団の面子が丸潰れ…という形にもってきた。
そうなれば、元が生真面目な男だ。自分の油断で王家の秘宝を失った責任と、やはり銀冑団などお飾りよと仲間まであざ笑われる罪悪感に押しつぶされそうになる。
なんとかこの不名誉を雪がなくてはと思い詰めているところに、要求を飲めば王冠を返してやるぞとささやくのだ。
…何が悲しくて窃盗犯のいうことをわざわざ聞いてやる必要があるのかと思うのは、俯瞰で眺めてこそだ。詐欺や誘拐に見る犯罪の初歩の手口だが、弱った心でははまりやすい落とし穴である。こんなこと言ってる僕だってペーペーの頃は痛い目を見た。
つまり、相手はこんな青二才なら簡単に弱って自ら穴にはまる、手玉に取れるとなめきっている。
まあそれは仕方ない。実際現在進行形で頭からはまっているわけだし、所見でもそうと思うくらい頼りないし。プロの悪党から見ればもう、ドードーが親切に付け合わせのキャベツでもしょって、ついでに調理用のファイアシャードまで一緒に持ってきたみたいなものに違いない。
 
……こんなフワフワの雛チョコボっ子、一人で行かせたらそれこそウルダハが崩壊しそうじゃないか…。
 
「取引場所はアンホーリーエアー、ブラックブラッシュの停留所を東へ行った先だ。冒険者よ、よろしく頼むぞ!」
「しょうがない、ついていってやるよ…」
揉め事の覚悟はしていたが、まさかフフルパより頼りない近衛騎士様のお守りをすることになるとは思わなかった。
とりあえず、行く前にモモディにもう一回ぐらい相談しておくか。
 
 

 
 
月影に舞う蝙蝠のシルエット、周囲をのそのそ歩き回るトキシックトードの声、周囲に蠢くアントリング・ワーカーが逞しい顎を打ち鳴らす硬質の音。
アンホーリーエアーとはそんな陰気な場所だ。
谷を越えてもう少し行けばキャンプ・ドライボーン。見晴らしのいいドライボーンのサバンナが遙かに広がり、ツコツコやミオトラグスやモングレル、アース・スプライトがうろついている。巨大なハイブリッジの橋からザルの祠を西に見て、ウェルウィックの森林を越えて進めばグリダニアにも行ける(実際行ったことがある)。
犯人の術師と向かい合って思う。秘密の取引にはいい場所だ。
ドライボーンへの近道ではあるが、日が遮られて視界は悪く、足下も沼地で進みにくい。しかも湿度が高く好戦的なカエルも多いために、チョコボで走り抜けるならまだしも徒歩で渡る奴はあまりいない。
日が当たらないとは、高低差が激しい場所ゆえだ。近衛団なら立場があることだし、はっきり聞いてはいないが予めどこかに兵を潜ませて、一斉射撃の手はずぐらいは整えているんだろう。
そんなことを考えながら、あまり周囲を見回さないように気を付けて、魔術士とオワインの動向をじっと伺った。
「卑怯はあなたでしょう、不名誉なオワイン殿?
 他言無用と記したのに冒険者など連れて…我々こそ不安ですよ。王冠を渡したとたん四方から矢の雨…なんて事があるかもしれないでしょう?」
(わかりやすく煽ってきた。さすがに警戒はされてるな…確実に王冠を持っているとも思えないし、襲撃はもう少し話を長引かせてブツの在処を探ってからだぞ、オワイン)
だが、事態は僕の予想の遙か斜め上をいった。
 
「この取引は無効ですね。ふいにしたのはあなただ、オワイン殿。後悔なさるといい」
「ま、待て! 約束の霊薬はこれだ、持って行け!」
おい!
「バカかお前!」
つい思いっきりバカ呼ばわりしたけど、仕方ないだろうこれ。
いやだって、どうしてここで渡すんだよ!
 
「どうやら本物のようですね…
 人をゾンビと化し、真に不滅の兵と成すウルダハの禁忌…これぞ幻の霊薬、ゾンビパウダー…!」
「わ、若返りの薬ではないだと…騙したのか、貴様っ!」
「はぁ!?」
 
ちょっと待て! お前今なんて言った!
これを寄越せと要求されたものをろくに調べもしないではいどうぞと犯罪者に渡すバカがどこにいる!!
 
愕然とするオワインを後目に、ガリバルドと名乗った魔術士は谷底に哄笑を響かせた。
「何も知らずにウルダハを滅ぼしかねない薬を持ち出してくるとは…貴様は本当に不名誉な男だな!」
すまない、ちょっと擁護の余地がない。
「不名誉すぎて、生きているのも辛かろう?」
さっと手を上げると…人を潜ませておいたのはどうやら向こうだけだったらしい。
濁った水を蹴立てて走り寄ってきた十数人もの男達が、うすら笑いを浮かべながらずらりとこちらへ向き直った。
「チッ」
勘弁してくれよ、おい。
「すまない冒険者、お前を巻き込んでしまった」
「…言っておくが、僕が怒ってるのは巻き込まれたからじゃないぞ。どこぞのぽやぽや羽毛の雛チョコボっ子のせいで僕までこんなやつになめられるのがむかつくんだよ」
見ろあの顔。いや、暗くてよく見えないけど完全にバカにしきってるだろ、お前のせいだぞこれ。
後で尻にファイアな。
そう言いはしたが、オワインは悲壮な顔を崩しもしない。おい、何か言えよ。こういう土壇場で軽口ひとつも叩けないから半人前なんだよ。
「そうできるといいが…いや、我が命を捨ててでもお前だけは…!」
おい、何バカなこと言ってるんだオワイン、後ろ後ろ。
 
「軽々しく命を捨ててはならぬ! お主の命はナナモ様のものじゃ!」
(間に合ってくれたか)
 
ウルダハ王家の紋が入った銀の甲冑と、制式採用品の長剣が淡い月光にきらめく。
老騎士の率いる一団はクラッチの狭間の闇を駆け抜け、喊声を上げてこちらへ走り寄ると、新米騎士を囲んで身構えた。
「こ、これは…」
「ハードリー殿、遅くなりましたな。こやつはあとできつく叱ってやりますわい」
「ぜひそうしてやってくれ」
昨日の時点でもわかるようなどうしようもない取引を、指をくわえて見ているような奴は命知らずとすら呼ばれない。ただのバカだ。
そういうわけで夕食がてらクイックサンドに顔を出してモモディと“世間話”に興じたのが昨晩のことだが…もちろん機密事項、この事件の詳細を話すなどとんでもない。
ただ、彼女は“偶然にも”手紙の内容を知っていて、僕の帰りを待っていたこと。
さらに冒険者ギルドの顔役を任されるほど顔が広く、様々な方面に…それこそ銀冑団やグランドカンパニーにすら知り合いがいること。
さらにさらに。極めて勘のいい人物であるゆえに、会話の端々から“何か”を察してしまう可能性は十分にあったのかもしれないが…たったそれだけだ。進んでばらしたわけじゃない。
さすがにパパシャンが来るとは思わなかったが。
 
「話はあとだ、ハードリー殿。
 行くぞ、オワイン! ウルダハ王家の名の下に、不埒な賊を成敗してくれようぞ!」
「王家だと…お飾りが何を抜かすか! そこの冒険者もまとめて皆殺しだ!」
「ふん、やってみろ! 僕はそっちの雛っ子ほど御しやすくないぞ!」
「実戦経験が少なくたって…戦ってみせる!」
 
アンホーリーエアーを包む湿った静寂は瞬く間に切り裂かれ、熱気と怒号が取って代わる。あちこちで鬨の声が上がり、剣戟の舞台となった沼地から這々の体でオロボンやサンバットが逃げ去っていく。
敵味方が入り乱れての大混戦が始まった。
 
「ところでお前、実戦経験少ないって嘘だろ」
「えっ…わ、私はそんなに場慣れして見えるか?」
「実戦童貞だろ?」
「……。」
 
今落ち込むなよ! 悪かったよ!
 
 

 
 
僕は目の前の白髪の男にわりとマジな殺意を覚えた。
「しかしお見事だったな、あんな化け物を撃退するとは!」
何回も言うようだが、お前遅い。
 
窃盗の犯人達は、パパシャンが人数を揃えてくれたおかげで鎮圧・捕縛済みだろう。
王冠を持っているのは別隊のようだったので、銀冑団とは途中から別行動をしている。ポーションの蓄えがそろそろ尽きそうでさっさとウルダハに帰りたかったところだが、謎の仮面の魔導師に襲われ、毒を持った妖異をけしかけられたのが少し前。
…目の前で満足そうな顔をしてる男は妖異が弱ってから来て「間に合ったか」と抜かした。ほぼ間に合ってなかった。
絶対影で見てただろお前。
「そんな顔をしないでくれ、君を試そうとしたわけじゃないんだ」
「どうだかね」
「本当さ、天使い…アシエンの登場は俺達にも予想外だった。蛮族の影にアシエン有り、という情報は本当だったのか…」
混乱の創造主・天使い。伝承に従って呼べば、その名は“アシエン”。
ハイデリンが見せた大いなる闇とやらも彼等なのか。それともまた別の一派があるのか。今は解らないことだが、少なくとも僕を態々狙いに来た以上これからも無関係ではいられないだろう。
この男とはそれなりに情報交換をする必要がありそうだ。むかつくけど。
「それがシャーレアンから来た目的か?」
「なぜ俺が異邦の…シャーレアンの民だと解ったんだ。
 いや…言わなくていい。君は“あの力”を持っているようだ…」
…あれとかこれとかぶつぶつ勿体つけずに早く言えよ。
やたら抽象的な表現を並べ立てて自己完結して、結局聞き手側にはさっぱりわからないへたくそな伝承歌聞いてる気分だ。
「その力は、僕の時々見る白昼夢のことを指すのか」
「白昼夢か…ああ、そういうことだが、今は詳しく明かせないんだ。これで王宮の方も落ち着いてるだろうし、一旦戻るといい」
「そうするか。ちゃんと霊薬は取り返したんだろうな、あの雛っ子は」
「はは、あんまりいじめてやるなよ」
「集落にいた頃は若い狩人の教育をやってたせいで、ああいう真面目が余って勇み足しがちな奴はどうも放っておけなくてね。つい尻を蹴りたくなるんだ」
「……。」
なんだよ、じっと見つめるな気持ち悪い。
「いや、すまない…君はなんだかんだ言ってお人好しだな」
「は?」
ケンカ売ってるのか。
「自覚がないところが特に…」
「悪いが顔面にファイアしていいか「わかった、わかったから呪具をしまってくれ、俺が悪かったよ」
 
僕は聞こえるように思い切り舌打ちした。
誰がお人好しだ気持ち悪い。そのハンサム面焼くぞ。
 
 

 
 
「銀冑団の、いや、ウルダハ王家の名誉はお前の手によって守られたのだ。礼を言うぞ、冒険者!」
「どういたしまして」
銀冑団総長室に呼ばれるのは二度目だが、最初のあきらかに胡散臭がられていた視線は一変。周囲の空気は一気に好意的になった。
「僕はそんな大したことをやったわけではないよ。ちょっとフォローを入れただけだ」
第一人脈を活かしてパパシャンに連絡を入れてくれたのはモモディだし、それがなくても霊薬を持ち出すところを不滅隊のラウバーン局長に見られてたらしいな。どっちみち援軍は来ただろうし、それはつまり隠密行動のつもりが思いっきりぼろを出してた証拠じゃないか。反省してるのかお前。
…こんな衆目の中で言ったらいじめだから後にしてやるけど。
「日々の平和に慣れて気を抜いた自分が恥ずかしい。これからは気を引き締め直し、お前のように驕らず謙虚に任を務めるつもりだ」
「誰が謙虚だ」
お前の認識はちょっと目の付け所がおかしい。
「いやまったく、ハードリー殿がついていて下さったおかげで、若い騎士が無駄死にせずに済んだというもの」
「そこは気にしないでくれ、パパシャンには食い詰めてた時に色々仕事をもらった恩もあるしな」
使いっ走りのようなものだったが、ウルダハに来たばかりでかつかつの生活をしていた時の僕には本当にありがたかった。
「実は私は元銀冑団でしてな、今は退役してウルダハ操車庫の所長をやっておりますわい。ナナモ女王陛下がお忍びで外出されるときには、よく私を訪ねてくださって…お目付役をやらせていただいておるのですよ」
「へえ」
ということは。
「…ところでパパシャン、全然関係ない話なんだが…いつぞやの“某家のリリラお嬢様”はお元気でやっていらっしゃるのかな」
パパシャンはこちらの言いたいことをすぐに察して、愉快そうに笑った。
「それはもう。まったくお転婆なお嬢様で困りますわい。いやあ、そうですなあ…“近いうちに”またお会いする機会もございましょうな」
「近いうちに、か」
「左様、近いうちに」
そうかそうか、近いうちにお会いできるのか、どこだろうなあ。
…僕はさりげなく服の埃を払って姿勢を正した。
「あれから無事に王冠を奪還し、王家に返還いたしてな。ナナモ女王陛下もお喜びじゃった。
 お主のおかげじゃ。先だっては我が主を救っていただき、そしてまた、若き騎士の手助けをしていただいた。…心よりお礼を申し上げる」
そんなことはかまわない。後でその若いのと重点的に話したいからそこだけ便宜を図ってもらいたいけど。
まず何を教えよう。
ナメられがちでも王家の看板を背負ってる以上、国賊に気後れをしたらおしまいだ。実戦経験はぺらぺらなりにまあ中々強かったし、回復魔法も使えるし、あとは気構えができればかなり変わる…一度ちょっと遠くまで連れていって近辺のアマルジャ族にでも挑ませてみようか。
国に害を成す者を自分の手で倒せれば、その達成感はきっと自信になるだろう。
そんなことを考えていると、天井の高い部屋に響き渡った声が高らかに“その人”の存在を知らせた。
 
「ナルザルの神子にしてザナラーンの守護者、第十七代ウルダハ王、ナナモ・ウル・ナモ陛下の御成り!」
 
(いらしたか、思ったより近いうちだったな)
僕は横のパパシャンと目を合わせて笑った。
 
「そなたか、妾のために尽力した冒険者というのは。
 礼を言いに来た。褒めてつかわすぞ!」
「私のような一冒険者に、ナナモ陛下直々のお褒めのお言葉、幸堪の極みに存じます」
 
おそらくこれがラウバーン局長なのだろう、色黒の大男の片腕にちょんと座った…相変わらず、いやいや一応初めてお会いするんだが…はきはきとお元気な女王様だ。
華やかな桃色のドレスが実によくお似合いで、ひたとこちらへ向いた緑の瞳は、いつかサー・キヴロンから取り返したナナシャマラカイトも褪せる輝き。頭には御髪と同じ色の宝石のついた金のサークレット。
そういえば実物を見たことはなかったが、これが噂の王冠だというなら取り返した甲斐は十分にあるというものだ。
これだけ美しいものなら男共のごつい手にあるよりも、美女の頭上が相応しいに決まっている。
「畏まらず楽にするがよい。この度の働きはまことにご苦労であった、褒美の品を取らすぞ」
褒美…なんだろう、僕がもらっても浮かないようなものだといいんだけど。
 
「ラウバーンや、後日に晩餐会が予定されておったであろう? この者もその場へ」
「はっ」
(えっ)
周囲はすばらしいと賞賛してくれてるけどちょっと待ってくれ。今までおしゃれ着を買う余裕なんてなかったし、今着てる使い古した黒いカウルが僕の一張羅だぞ。
ひんがしの国の有名なカートゥーンに出てくるねずみ男に瓜二つのこの格好で、王家の晩餐会に…。
…目眩がして思わず顔を覆うと、側のパパシャンは眩しいものを見るような微笑みを向け、ラウバーン局長が重々しくうなずいた。
「おお…この快挙には、さすがのハードリー殿も感動しておられるようですな」
「何、胸を張って参加するがいい。貴様のような有能な冒険者が我が国を訪れたことこそ僥倖に尽きるというものよ」
違う! きらびやかな社交界にねずみ男がうろつく様子を想像したら立ちくらみがしただけだ。
(後日って言ってたな、少しは猶予があるってことだ。それまでにサンシルクに駆け込んで仕立ててもらうか…だめだ、あんなとこで揃えたら金がいくらあっても足りないし、だいたいこの間新しいカジェル買ったばかりで金はない。半端に取り繕うぐらいならいっそこのまま行く方が…だめだだめだ、晩餐会に珍獣が出現することになる! マーケットボードで何とか見栄えのいいのを…頼む、売っててくれ…)
 
「貴様にクリスタルの導きがあらんことを」
…ハイデリン、かかった費用は服飾代として領収書切っておくからよろしくな…。