砂漠から荒野を渡る空っ風がひゅうひゅうと鳴いている。
遠く視界の端で怪鳥ハンマービークが派手な尾羽を揺らす。縄張り争いに敗れた魔物の死骸に小さな羽虫の固まりが集り、ちかちかと金粉のように光をはじいて瞬く。
強い日差しを受けて遠目にもはっきりと聳え立つのは、車の向かう先、砂の都と称される交易都市ウルダハ。富と名声と男女の欲望。ありとあらゆる力。凱歌と哀歌が隣り合い、ごちゃごちゃと混ざり合った感情の坩堝。
両腕に溢れんばかりの野心を抱いてそこを訪なう者は星の数。夢破れて失意のうちに去る者も、また数え切れぬほど。
昼夜を問わず熱狂する眠らない町がそこにあった。
 
「いよいよウルダハが近いな」
流れの商人らしく人懐っこい笑みで、ついさきほどブレモンドと名乗った髭の男が水を向ける。
「ああ。遠目にはずっと見えていたけど、いよいよだ」
笑みを含んで応え、日除けの幌から首を伸ばしたのは、まだ若いミコッテ族の男だった。
柔らかな銀髪の中には先だけが黒い耳が揺れ、褐色の肌に独特のペイントを施した顔は、遠目には雉虎の柄に見えた。
それだけならばまあまあ可愛いと言えなくもないところ、金色の両眼をサン・シーカーの細い光彩が縦に割いた…微妙に目付きの悪いところがなんともいえず擦れた雰囲気を醸し出し、加えてその右目は派手な傷跡に飾られている。
彼…ハードリー・ホワイトフィールドは、たいそう客観的な視点によって、自分を“縄張り争いに負けてテリトリーを変えた雄の野良猫”と捉えていた。
「こんなところでミコの兄さんを見るなんざ珍しいが、あんたはどうしてここに来たんだい」
「ああ…」
富か、名声か、力か。
そうと聞かれても答えは難しい。彼の目的はそのどれでもあり、どれでもなかった。
「有名だからご存じと思うけど、僕達の種族は一夫多妻制度でね」
「おお、なんちゅうか、羨ましい環境だよなあ。いい女が引く手数多だろ?」
「まさか」
世間一般のミコッテ族のイメージとはそういうものであろうが、あいにく現実はそれよりもずっと厳しかった。
「確かに雄の個体は少ないが、だからこそ彼女達は男選びにおそろしくシビアだ。そこに二匹の雄がいたとして、弱い方には一匹の雌も寄っては来ない…野生そのものだよ」
ブレモンドの目にいわく言い難い生温い色が混じる。
「んん、そりゃつまり…」
「お察し通り、僕はモテたことがない」
先の黒い耳が気まずげにぱたりと伏せられた。
「ミコッテ族の女は力仕事も平気でこなすから、番う相手のいない男は集落では穀潰しだ」
むろん彼等にも彼女等にも責任はない。
…ないが、強い雄に雌を独占され続ける以上、自分が生まれ故郷の集落に留まる意味もやはり見出せなかった。
そうと決めればあとは早い。護身用の呪術を身につけ、親から授けられた名をヒューラン風に改めて、裸一貫の冒険者として飛び出したのが数ヶ月前になる。
「このウルダハで稼ぎに稼いで、なるべく異種族の可愛い彼女を作って、天下に名を轟かせる呪術師になるのさ」
「へえ…」
交易都市ウルダハは金が全て。やりよう次第で、群からはぐれた野良猫にも十分なチャンスがある。
「自分でも俗物だと自覚しているけど、つまり目的は三つ全部だ」
「上等じゃねえか、若い男らしくて結構なことだよ!」
なんだ兄さん、お堅いかと思ったらなかなか俗っぽくてとっつきやすいじゃないか。そう続けて商人は笑った。
 
「…ところで、あんた」
「なんだい」
「手っ取り早く男になりたきゃウルダハのいい店紹介してやるけど「あいにくだけど、そっちはここに来る途中で間に合わせたよ」
 
 
 

 
 
ササモの八十階段を下りて、スコーピオン交易所を通り過ぎたら向かって左へ、道なりにずっと行ったそのドン突きにシルバーバザーはある。
うら寂れて活気に欠け、大した品も置いていないバザールと、やる気のない近隣住民たち。クレセントムーンの船着き場へ向かう定期便。確認できるものと言えばそれくらいだ。ついでにかわいい女の子もいない(いるのはストライクゾーンからだいぶ外れたお年頃のララフェルのご婦人くらいだ)。
住民の一人は、この場所は淘汰されるべきだとうんざりと語っている。
そんな場所に赴くことになったのは、呪術師ギルドの試練を受けるべき待機地点がすぐそばにあったからで、僕にとっては特別なにか思うところがあったわけでもない場所だ。
しかしなんの因果か、そこで強引に声をかけられて以降、次々に頼みごとを押しつけられている。
「おいテメェ、誰の許しでその張り紙剥がしてやがんだ!」
「……。」
もう何度めかの怒声にうんざりと耳を伏せる。
僕はこの砂都に金を稼ぎに来たのであって、こんな町外れの地上げ問題を解決しに来たのでは断じてない。そのはずが嫌がらせをする雇われ作業員をつまみ出して回り、住民の仕事道具を直し、あげく勝手に貼られた差し押さえの札をはがしてチンピラと格闘している。
立派な呪術士になるはずが僕は何をやっているのだろう。
 
…まあ、劣っているからもうなくてもいいという考えには、僕も反対だ。
 
 * * *
 
「ひぃ…す、すみませんでした」
「わかればいいよ」
顔面に何度かブリザドを食らわせたところ、威勢の良かったチンピラは皆半泣きでおとなしくなった。大元も今回のところは諦めるという。
それはそうだろう。これでも近辺の暴れ者アマルジャ族や、数を持みにわらわらかかってくるキキルン族と互角以上に渡り合える程度には強くなっている。大いに腕で語らせてもらったが、これは呪術がどうこうというより用心棒だ。
…荒野の用心棒。なんだか古臭い伝承歌のひとつのようでこれはこれで満更でもない。欲を言えばマイチョコボにでも乗っていればさまになるんだが。
「ハードリー、本当にありがとう。私達じゃあなたの役に立ちそうなものを用意できないけど…」
「ふん。心配しなくても、こんな死に体のバザールから絞り取ったはした金なんか興味はないさ」
馬鹿にしてもらっては困る。金は好きだし、まだポーション一つ買うにも不自由する駆け出しだが、どんなに貧したところで、貧乏人の食費に手を付けるほど鈍したらお仕舞いだ。
「あら、カッコいいわね」
「格好一つつけられない男なんて御免だからね」
ウルダハで暮らしているとそういう男は何人も見る。
見栄も矜持もかなぐり捨てた男など、腐肉に群がるミッヂ・スウォームにも劣る屑だ。
「そうだわ、クイックサンドのモモディに今回のことを報告してちょうだい。あそこなら私の顔が利くし、きっとあなたの満足する報酬を用意してくれるわ」
「まあ、そう言ってくれるならそっちには甘えようか」
いや、しらけた目で見ないでほしい。クイックサンドは宿屋兼酒場兼冒険者ギルド、確たる労働に対価で応えるのは役割の一つなのだ。
取れないところからは取らないが、取れるところからは十分に取る。当たり前のことじゃないか。
「ハードリー」
「なんだい」
「余計なお世話なんだけど、お金の話になると尻尾振るのやめた方がもっとかっこいいわよ」
「えっ!」
 
…完全に無意識だった。
 
 


 
 
「ココブシちゃーん! 過保護はやめられないけど、お兄ちゃん達をキライにならないで!」
 
おい、さっきまで喉でクックックと笑ってたのは誰だ、我らがギルマス・隻眼のココブキ。
「……。」
「……。」
短い付き合いでも発言ほど黒くない人物なのは薄々わかっていたが、まさか自らをお兄ちゃんと呼称するキャラだったとまでは…。
やめろ、気まずげにこっちを見るんじゃない。
カッコをつけるならつけ通してくれ、こっちがリアクションに困る。
「コホン…そ、それではハードリー…期待していますよ」
「あ、うん…ハイ」
アルダネス聖櫃堂で騒ぎを起こすようなバ…もとい度の過ぎた根明は呪術師ギルドになんか用はないのだろう。奥の一段高いところに設えられた祭壇は、いつ来ても薄暗く心地いい静けさに満ちている。
蝋燭の小さな炎が音もなくゆらめいて闇を照らし、呪いの儀式に使う薬草や香木の混ざり合った、つんと独特な匂いが漂う。備え付けの机には呪術士達が集まって、蔵書を前にああでもないこうでもないと術式の組み方の議論を囁き交わしている。
呪術というと敬遠されてなんぼなイメージだが、僕はこの場所も我らがギルマス・ララフェル五兄弟もわりと好きだ。
いや、さっき知った事実では六兄弟だった。
(余談であるが、ひんがしの国には六つ子がモチーフのカートゥーンがあるらしい。僕は読んだことはない)
“ココブシは体内のエーテル量が著しく少なく、呪術師には不向きなのです。故に錬金術ギルドに入れたのですが、本人はどうにも諦めがつかないようで…”
それはそれで仕方がない。自分ではどうにもできない要因で道を閉ざされるなんて、多かれ少なかれ誰しもある。
僕が集落唯一の雄だったら。そうでなくとももっともっと、群を率いるくらい強かったら。あるいは強い雄に侍って子を産む雌であったら。…そのうちどのケースであっても集落を出てはいなかっただろうし、このウルダハで呪術師ギルドの門を叩くことにはならなかったはずだ。
結果オーライと言えば言えなくもなかろう。しかし、それでも自分の望みを自分の適正に否定された痛みはそうそう消えるものではない。
ぐちぐちと運命を恨むのは非建設的だ。かといって願いを諦め、別の道で心機一転頑張りますなどと無意味に明るく振る舞うやつも信用に値しない。多くの場合それは欺瞞だ。
ココブシは半分溺れながら激流の中を泳いでいる。
彼がどこの岸辺にたどり着くのか、今は誰も知らない。ひょっとすれば途中で泳ぐことをやめて溺れてしまうかも知れず、また道半ばで誰かに引き上げられるかも知れない。
けれど少なくとも僕にとって、彼の負けん気の強さは好もしかった。
 
なお、励ましのつもりでギルマスにそう告げたところ、弟はやらないと言わんばかりに横目で睨まれた。男なんか興味ないと言ったらあんなに可愛いココブシのどこに不満があるのだと彼の目はなお険悪になった。
…僕は悪くない。
「ギルマス、もしよければドードーオムレツ食べるかい? さっきもらったんだけど、僕は昼食を済ませたばかりだから」
「! し…仕方ないですね。食べ物を無駄にするのは罪悪ですから、いただきます」
隻眼のネームドはわりとちょろかった。
 
 


 
 
僕は不思議な夢を見た。
 
“聞いて…感じて…考えて…”
 
どことも知れない暗い場所で、成人男性の身長ほどもある青いクリスタルが静かにこちらへ語りかけてくる。
 
“星の秩序を保っていた理は乱れ、世界は今、闇で満ちようとしています”
 
初めてではない。ウルダハへ来た時にも見た白昼夢だ。
 
“闇に屈せぬ光の意思を持つ者よ、どうか星を滅びより救うために、あなたの力を…”
 
“世界を巡り、光のクリスタルを手に入れるのです”
 
ここは確かササガン大王樹の根本。
顔馴染みになったウルダハ操車庫のララフェルに頼まれて、どこぞのお家のリリラお嬢様とやらを探しに来て、ふらりと現れたいけ好かない気障な男と共闘して、数匹の魔物を倒した…そこまでは記憶にあるが、移動した覚えまではない。
だからきっとこれは現世でなく、もっと宇宙的などこかを見ているのだろう。
光に包まれた自分の体が、青く尾を引いて宙へ浮き上がる。
周囲を見渡すと、ヒューラン、エレゼン、ララフェル、ミコッテ、ルガディン、アウラ…人種を問わず、同じ光を宿した何人もがきらきらと帚星のようにきらめき、鮮やかな軌跡を描きながら、発光するクリスタルの元を飛び回っている。
やがて僕もまた、そのひとつになる。
まるで体内で脈動するエーテルの循環。信心に縁のない者の胸にも自然と畏敬の念が湧き起こる、強大にして穏やかな、圧倒的なもの。
大いなるクリスタルの導きを、きっとそこにいる皆が感じていた。
 
……。
…。
 
身を起こしてすぐ、僕は謎の吐き気を覚えて耳を伏せた。
「気が付いたね」
「…気持ち悪い」
首筋に刺青のある、名も知らない優男はそれを聞いて冷たい水をくれた。
へんてこな機械を持っているが実にイケメンだった。
ついさっきブランガを蹴散らしたばかりの、実力に裏打ちされた余裕ある表情。洗練されたスマートな仕草。普段はさぞご婦人方から熱いまなざしを贈られ慣れているだろう…率直に言って実にむかつくタイプの同性ではあるが、この親切に免じてさっき僕をガン無視して話を進めたことは文字通り水に流してやるつもりだ。
砂漠の気候に熱くなった首筋を冷水で冷やしながら、ぼんやりとそう思った。
まだクイックサンドに登録すらしていない最初の日、夢から覚めた時の気分の悪さをまだ覚えている。
あれもなかなかの悪夢だった。ミコッテ族は他の種より三半規管が発達しているゆえに、乗り物酔いなんてする軟弱なやつはまずいない。間違いなくクリスタルの夢にやられた影響でエーテル酔いをしたのだと推測した。
何回か接触してきているのだから、まあつまり光のクリスタルの収集を僕にそれほど頼みたいんだろうが、それならそれで大いなるクリスタル…ハイデリンさんとやらはもうちょっとビジネスマナーを勉強するべきだ。頼みごとをする相手に負担をかけるなんてどうかしてる。
それから周囲を何人も飛んでいた彼らも、当たるを幸いあの異空間に呼び出されたんだろうか。
もしもそうなら、そんな片っ端からコナをかける時はばれないようにやったほうがいい。あの時はなんだか雰囲気に飲まれて畏敬の念なんか持ちはしたが、よく考えたら二股とかそういうレベルじゃないだろう。
もう見えないから拾った石に言っておくけど、このやり方ありがたみも糞もないぞ、光のハイデリン。
「どうかしたのか?」
「あ、いや、なんでも…さっきブランガの攻撃が顎に当たったから、少しくらっとして」
「そうか、でも君が無事でよかった」
お気遣いは受け取るがさわやかに笑うな。男に微笑みかけられて喜ぶ趣味はない。
「少しうなされていたようだが、悪い夢でも見たのかい?」
「ああ…いいのか悪いのかよくわからないけど」
大きなクリスタルの夢だと細部をぼかして伝えたら、手練れらしき優男は一人で勝手に頷いて勝手に納得した。おい、せめて何か言え。ただでさえお前のイケメン顔は僕に脊髄反射レベルで殺意を抱かせるのに。
リリラお嬢様を一目見た時には、これはたいへんな別嬪さんだ、なんていい仕事を寄越してくれたんだろうとパパシャンに感謝したものだが、途中でとんだケチがついた。
「じゃあ、俺は然るべき機関にこの件を報告しに行くから、君はリリラお嬢様を頼むよ」
「わら…わたくしは子供ではない! じいの所ぐらい一人で帰れるわ!」
「えっ」
初対面からかなり警戒されたうえにこの扱い。
送り迎えすら拒否されるほど僕はうさん臭く見えるのか…あ、いや、けっこう見えるな。
ずいぶん使っているコットンカウルは防御性能こそ優れているが、大きなフードで顔の殆どが隠れて人相の悪いことこの上ない。しかも実際の清潔さはまあともかく、何度も修理と洗濯を繰り返したおかげで草色の生地はだいぶヨレたし、ついでに今背負っている盾は(性能では今選べるうち最高なのに)板っ切れを何枚か金具で止めただけにしか見えないアッシュ・エキュだ。
みすぼらしいうえ微妙に野暮ったい見た目の実用スタイルはお世辞にも誠実そうに見えないし、そりゃあ上流階級のご婦人のお眼鏡には叶わないだろう。
そういう意図ではなかったのだと思いたいが、リリラお嬢様は冴えない冒険者に見向きもせず駆け出して行かれた。
「まったく、やんちゃなお嬢様だ」
「まあ、ご婦人は強くて元気すぎるぐらいがちょうどいいだろ」
なお、これは僕が集落の雌達を見ながら思ったことなので、満更強がりばかりではない。
「…君は」
「うん?」
「いい男なんだな」
さわやかに笑うな。サンダーかましてそのイケてる髪型滅茶苦茶にするぞ。
 
それから各自ばらばらに、優男はどこぞの機関に、僕は操車庫のパパシャンの所へ報告に向かった。彼が何度も礼を言ってくれたのが心の救いである。
…しかしつくづく疑問だ。ハイデリンは僕のどのへんを見て光の意志を持っているなんて思ったんだろう。
手の中のかけらに聞いてみたが、クリスタルは答えてくれなかった。
 
 


 
 
「二番テーブル、ドードーグリルと激旨モールローフ、エール上がったぞ!」
「はい只今!」
「はい冷えたエール一丁! 兄さん、悪いけど上まで届けに行ってくれるか!」
「わかった、すぐ行く!」
給仕が足りないから注文票を取ってきてくれと依頼されたのは…まあ、デートに遅れた彼女を呼んできてほしいとかなめたことを頼んだ奴もいるくらいだ、それ自体は構わない。
だが、なぜ僕は終わった後も引き続き給仕の手伝いをしているのか。
しかもそのうちの一人は「外にいる」と曖昧な情報を寄越され、必死で探し回ったらまさかの店の真上の崖の上にいた。エールひとつであんなところまで呼びつけるな。それからお前腐っても勤務中だろ、飲むな。キキルン族でも襲ってきたらどうするんだ。
 
コッファー&コフィンは大きくせり出した崖の庇の下にある店なので、崖上まではわざわざぐるりと回り込んで登る必要がある。
…こいつまさか、人に苦労をさせて飲む酒は格別だとか抜かすタイプじゃないだろうな。
「はいお待ち、キンキンに冷やしたエール一丁」
「ご苦労」
呪具でぶん殴るぞ。
銅刃団のアダルフンス、お前ちゃんと顔と名前覚えたからな。
「じゃあな!」
いちいち回り込むのも面倒だ。帰りは高い崖からひらりと身を踊らせて一気に飛び降りる。
ついでにさっき頼まれた樽の罠を見に行き、かかったモグラを〆て捌いて新鮮な肉を取り、店に帰ったら帰ったでさっき取ってきたばかりのナナモパンプキンの裏ごしを頼まれた。給仕の続きに厨房の手伝い。結局頼まれるまま半日をレターモーグリのように動き回って働いた。
……終わる頃には両手両腕と頭で皿が五枚持てるようになっていたが、呪術士だよな、僕。
 
「ふー…助かったよミコの兄さん、あんた冒険者やめてうちに就職しないか?」
「いや、僕をスカウトするならちゃんと時間の取れる奴を雇った方がいいだろ。どう考えても手が足りてないし、この辺りなら働き口のない奴も山ほどいるし」
飲食店はどこもそうだが、ランチやディナータイムは目が回るほど忙しい。時間限定のパートでも取れればかなり違うだろうに。
「そりゃあそうだが、それができりゃ苦労はねえよ。この辺で職にあぶれてる奴なんてだいたい流民や貧民だからなあ」
「ああ…」
コッファー&コフィンはキキルン族お断りにするくらいには清潔さが求められる(まあ確かに彼らは臭い)。
ウルダハには中にも外にも貧民街があり、ブラックブラッシュから少し行くと流民窟。南ザナラーンの方には流民の多いリトルアラミゴもあるが、彼らはおしなべて身なりに難があり、日雇いの炭坑夫ならまだともかく、飲食店勤務はどこもハードルが高いだろうし…そもそもがんばって清潔感をどうにかしたとして、まずその前段階に信用できる人間性かどうかという問題が存在する。
多くの人間は貧すれば鈍する。
清貧などという言葉は、滅多にない現象だからこそ美しい。
そりゃ例外はどこの世にもあるが、たいがいの貧乏人は僻みっぽくて世を拗ねているか、支配者階級への憎悪をバックボーンに躍起になって働いているか。僕が見てきた限りでは大体どちらかだった。
いつ店の金を持ち出して逃げるかも知れぬ汚い流民など、まず誰も深く関わりたくない。当たり前だ。
結果として彼らの扱いは、後腐れのない日雇いの…しかもきつい肉体労働と低賃金の使い捨てとなり、それがまた貧民の憎悪と反発をかき立てて、両者の関係が悪化する。
冒険者になれば国がそこそこの設備を用意してくれるが、宿を使えるのはある程度依頼をこなして信用を得た者だけだ。
流民や貧民は栄養状態の悪さから病みついた者も多く、そもそも戦えないような怪我を負って流れていった場合もある。体力がものをいう魔物退治は万人に勧めるにはリスキー過ぎる。
(うーん…難しいな)
人が欲しい経営者側と、働き口が欲しい貧民。
うまくすれば、この歯車をもっとがっちり噛み合わせることができるに違いないのだが。
 
「兄さん、それはそれとしてまかない食べてきなよ。オロボンの白身ソテーの試作、一番乗りで出してやるから」
「いただきます!」
うん。それはそれとして腹は減った。
 
 


 
 
ごとん、ごとん、と重い音を立て、周囲の岩が浮き上がり巨大な人型を為す。
周囲に控えた銅刃団の人員にも構わず腕を振り上げる。叩きつけた打撃の重さに遺跡の残骸が砕け散る。周囲のスプリガンがきぃきぃと鳴き、耳を揺らして散り散りに逃げ去っていった。
僕では使えない高位魔術、ストーンゴーレムの創造。
「ウィスタン、あまり離れるなよ!」
ゴーレムにサンダーの電撃を飛ばしながら叫んだ。
人間相手なら逃げろと言えるが、ゴーレムがいるということは術者も側にいる。下手に逃がせば後ろから魔術で撃たれる率が上がる。またこの男は…先日の理屈と逆なようでいてそうでもない、義理堅く情に厚く、おそらく護衛一人も見殺しにはできないであろう…ある意味実に貧民らしい質をしている。
僕にはまだ予想外の動きをフォローできるまでの実力はない。自分の身を顧みない駒は目の届くところに置いておかないと。
「少し熱いけど我慢しろ!」
ファイア。もう数発ファイア。
魔力が徐々に削り取られ少なくなってきたらトランス。アストラルファイアの獰猛で制御の難しい力が切り替わり、頭の中がきんと冷える。
ブリザドを数発。攻撃力は落ちるが鋭く扱いやすく燃費のいい力。やがて体中に心地良く魔力が満たされていく。サンダーの継続ダメージと併せて、確実にゴーレムの耐久力をえぐり取る。
これが呪術。基本ルーティンだけでも、物理攻撃では決して出せない圧倒的な破壊をもたらす。
防御も耐久も度外視したがゆえに可能となる、一発一発の瞬間火力!
「ハードリー、無理をするな! 重いやつが来る!」
「まだだァっ!」
ウィスタンの声に怒鳴り返す。ここは無理のしどころだ。
こちらもぎりぎりの体力で避ける一手間が惜しい。移動による詠唱破棄を堅実魔でリジェクト。そのままぐっと突っ込み懐へ入って相手の打撃を凌ぎきり、腹部分に渾身のファイアを浴びせる。
何千回めとも数え切れない、もう反射になった行動が勝敗を分けた。
実戦を繰り返した体は決して自分を裏切らない。
 
数秒の時間が取れたところでポーションを一気飲みし、耳を伏せ瞳孔を細めて周囲を伺う。
裏切られた銅刃団への憐憫も、夢破れたウィスタンへの同情も、ロロリトの悪辣さへの怒りも、この一瞬にはどうでもいい。残党がいるのかいないのか。いるならどう攻めてくるのか。それだけがすべてだ。
勝利の瞬間に気を抜くマヌケは長生きできないと知っている。
 
「君!」
「…またお前か」
幸い相手の術士は引き下がってくれたようだ。
コッファー&コフィンに続く川下のほうから、(そういえば名前も聞いていない)ササガン大王樹で出会った白髪の男が走って来た。増援はありがたいし、ひょっとしたら彼にびびって引いたのかもしれないから筋違いの可能性もあるがそこを推して言いたい。
お前遅い。
「こんなところでまた君に会うとは。偶然…いや、運命かな?」
「だとしてもあまり嬉しくないね。男としてそういう台詞はうるわしいご婦人に言われたいものだ」
「それはそうだ…はは、なんだか憎めないな君は」
そうか、僕の方は十二分にお前を憎めるよ。主にそのさわやかなハンサム面を。
 
ぐらり。
「…おい、どうs……」
 
頭が痛い。視界が揺れる。ゴーレムの攻撃はうまく凌いだが、そのダメージとは違う。何者かに引っ張り込まれるような…
また、夢を見た。
 
今度は上も下もわからない異空間ではなく、あちこちを駆け回ってもう見慣れたウルダハの町並みで、女性二人を両側に連れた…ついさっき再会したばかりの白髪が爽やかに笑っているシーン。
“美しいお花のようなお嬢さん、君の前にはウルダハの歌姫も顔負けだよ”
“花はただそこにあるだけで美しく気高く、愛する心を呼び起こす。君たち二人はザナラーンの荒野に咲いた花さ”
ギルティ。
よくこんな一瞬でここまでの殺意を抱かせたものだ。よし、お前は本格的に僕の敵だ。
…本題はわかっているがむかついて忘れるところだった。
アマルジャ族が蛮神を呼ぶつもりだとか、大地を流れるエーテル量が弱まり、土が痩せているだとか、星の滅亡を食い止める手段がどうこうとか。
仕方ないから空気を読んでやるが、ハイデリンとやらはたぶんそのへんのことを見せたいんだろう。
各地の蛮族の動きや空に浮かぶ凶星ダラガブ、何より未だ虎視眈々と進軍の機会を窺っている北方の帝国ガレマールの動向…ウルダハ、グリダニア、リムサ・ロミンサの三国同盟は、問題が山積みになったこの現状、クァールっ子の手でも借りたいほどに違いない。
少しばかり突っ込んだ見方をするなら、僕ら冒険者がこの三国で厚遇されているのは、帝国側により良い雇用条件を出されてそちらへ流れ込むような事態を防ぐためとも思える。
聞いた話では帝国の魔導技術はこちらとは桁が違うという。そんな元より技術力の差の開いたところに、忠誠心や奉仕の精神こそ低いが各自一定以上の力を有した冒険者の集団が加われば、まったくたまったものではない。できるだけ機嫌を取っておきたいはずだ。
つまるところこの混乱期は、僕等のような根無し草も自分の力次第でなんでも通る。
お偉いさんに名を売るどころか、運が良ければ王族にだって拝謁できる。
 
(いいぞ、楽しくなってきた)
帝国も三国同盟も蛮族も星の危機もたいしたことじゃない。
もっともっと争えばいい。それこそこの星をひっくり返すほど。
国どころか世界の命運をかけた戦争の真っ直中に踊り込んで、帝国も蛮神も向こうに回して斬った張ったの大暴れ。痛い賭けだが、勝てば一攫千金の英雄。負けてもただみんな死ぬだけだ。
いいじゃないか。実に男心をくすぐる。集落に閉じこもって穀潰しでいるよりずっと生き甲斐のある世の中だ。
“第三の男”は、この僕だ。
 
なお、一応旅日記には「ウルダハ市民の力になるために頑張ろう」と子供のようなことを書いておいた。