執拗に手を這わせ、指を食い込ませている身体は、白い夜着を隔てて尚ひどく熱い。
触れるか触れないかのところで首筋を摩っていた指をゆっくりと胸元に下ろし、掬い上げるように捏ね回すと、それは手の中で柔らかく形を変えて、ますます男の情欲を煽り立てた。
「ん、ふ…ぅう、ん…ん、あ…影麿、さん」
斜堂の膝に背後から抱きかかえられ、着物越しに身体中を撫で回され刺激され続けて、もうそろそろ声も抑えきれなくなったのだろう。けれど、口に手の甲を押し当てて必死に耐える様にすらもかえって欲をそそられてしまうのだから、まったく男というものはどうしようもない生き物ではあろう。
さん」
耳に囁くと、押さえた身体がわずかに跳ねた。
「堪えないでください…あなたの声が、聞きたいのです」


ことの発端は、の持ちかけた一つの提案だった。
「着物越しにしか触れないんだったら、着たままでできるだけ触ってみたらどう?」
実際身体に触れたり反応を見たりすれば、その気になるのではないかということだ。
「着たままですか…なんだかそれも変態みたいですけど、私」
「いいじゃない、誰に見られてるわけでもないんだし。それに口付けはできるようになったけど…でもこのままじゃやっぱり影麿さん、辛いでしょ?」
「…あなただけその気にさせてやっぱり無理となったら、どうするのですか」
「構わないわ、自分でなんとかするから」
それもそれでどうなのだろうと思ったが、結局斜堂は頷いた。
どちらにしてもこの調子では、近いうちにまた自分の神経が参ってしまいかねない(前とは違い、が本心から楽しげに笑っているので心理的な負担はずっと少ないが)。やれるだけのことはやってみなくては。そんな程度の心持ちで、言われるがまま彼女を膝に乗せてみたのだが、
当初の意に反し、斜堂はすっかり熱を上げた。
背後から組み付くようにしてを抱きすくめ、時折首筋や耳を甘く噛みながら、薄い布越しに敏感な内腿や脇腹を撫で回す。自分が持たない柔らかな感触を思うさま味わい、立ち上る甘い香りを胸の奥まで吸い込むと、知らずのうちに腰の奥が熱く疼いて、痺れてくる。これほどまでに夢中になるとは予想もせず…心中の動揺を表すように、を押さえた腕に力を込めた。
任務で女を抱いたことなら幾度もあるが、あくまで仕事と割り切ったうえでの話…それだから敢えて綺麗だの汚いだのと考えはせず、さしたる興奮も熱情も持たなかった。忍びというのはだいたいそういった生き物だ。
私生活ではそもそも人間自体を好きでないせいもあって、色事にあまり興味がなかった。
最初にこうしたことを提案された時も、いくら好いた女とはいえ、まさか自分が理性を飛ばしかけようとは思わずにいたというのに。
心ひとつで真逆にまで変わるものか。
実際身体に触れて、反応を見たことも大きくはある。しかしつい一週間ほど前に彼女の心のうちを聞いたことで、精神的に幾ばくか余裕が出たのがなによりの要因だろう。
もっと欲しい。
身体中を満たすこの欲がなまなかのことで治まるものか。
口付けて直に触れて、身体の奥深くまで入り込んで。…少し前ならば諦めたかもしれないが。
今ならばきっと。
「…さん。私…今なら。今なら、最後まで」
いよいよ堪らなくなって夜着の合わせ目から手を差し入れ、肌に触れたところで、
手の甲に走った鋭い痛みに、思わず斜堂は手を引いて固まりついた。


力一杯引っ叩かれたと理解すると同時に、がするりと腕から抜け出しこちらへ向き直る。しかし行動と反して、薄い笑みを湛えた唇も合わせた視線も、夜着の裾を押さえる手でさえも、否応なしに目を釘付けにされてしまいそうなほど…ひどく挑発的な色を帯びて。
「やっぱり、駄目」
囁かれたその言葉に、感情云々でなく理性が飛んだ。


あれはいつのことだったろう。
隣の教室で授業をすることになって、思い出すのも恐ろしいような…それは散々な目に合って、結果頭の中の何かが消し飛んだ時と奇妙に似通った感覚だった。
少なくとも斜堂は確かにその時、自分の枷が弾け飛ぶ音を聞いた。


「っ…さん!」
力任せに布団に押し倒し夜着を引き剥がして、熱い肌に食らい付いたまでは覚えている。


* * *


そうしてことの済んだ後。
常より二割増しほど淀んだ空気を纏いながら、斜堂は恐る恐る口を開いた。
「……あの」
「ん?」
「…すみません…」
「なんで?」
「なんでって、それはないでしょう…私、今、…中で」
「ああ、それね」
「それってなんですか。乱暴すぎて痛かったでしょうし…それにさん、達かなかったじゃないですか」
「うん、そこは別にいいんだけど」
「あんな、獣みたいに…」
身体中を支配していた獣性は、吐精すると同時に憑き物が落ちるように消え去った。に頭を預けたまま荒い息を整え、巧く機能しない脳を無理やりに動かして、ようやっと自分の仕出かしたことを認識した瞬間に、只でさえ少ない血の気が全身からすっと引いていった。
「すっかり自己嫌悪入っちゃったわねえ…元の性質はそう滅多に変わらないってことかしら。前にも切れたことはあるけど、それでもまだ潔癖症治らないものね」
どことなく他人事のように、彼女が呟く。
「私としてはともかく最後まで出来たことと、抵抗なく同じ布団に入ってられることでほぼ全部帳消しにできるんだけど」
「そう…でしょうか。そう言ってもらえれば、まだ救われはしますけど」
「それに自分でああまで煽っておいて、乱暴にされたからって怒るような身勝手な女じゃないつもりよ」
「やっぱり煽っていたのですか。あの状況で駄目だと言う理由がないと思ったら」
「ふふ。人に術をかけるなんて初めてだったけど、どうにかなるものね」
どういう局面で思い付いたのか聞いてみると、は組の生徒が立ち入り禁止の場所に入って叱られているのを見たのが切っ掛けだと返ってきた。
「駄目って言われるとしたくなるのが人間の本能だって言い訳して、また土井先生に大目玉食らってたの」
「そんなことから思い付きますか……ああ、もう。参りました。お見逸れしましたよ」
「門前の小僧にしては結構なものだったでしょ?」
言いながら斜堂の首に腕を回して、楽しげにくすくす笑う。
(やれやれ…でも結果的には最後まで…、!)
嬉しそうな表情に見蕩れて忘れるところではあったが、今後のためにもこればかりは言っておかなくてはなるまい。
「ですけど、次からはあなたに負担をかけなくて済むように…優しくします」
「また理性を飛ばしちゃったら大変だものね」
「……他の何がどうあれ、中は…本当にこればかりは、最低もいいところです。もう二度としませんし、今回のことも…
 万一があったら、責任を取りますから」
「あら、私ひょっとして求婚されてるの?」
「え」
「冗談よ」
言ってまた笑い出す。
「冗談にしてもらっては困りますね」
笑いすぎたかと心配そうな表情を覗き込み、ごく近い距離で視線を合わせて、耳でなく彼女の目の中に囁いた。



「どちらにしても、いずれは私のところに来ていただこうと思っているのですから」
初めてを狼狽させて、斜堂はいたく溜飲を下げた。