苦虫を噛み潰してくしゃみを堪えているところを横様に殴られたような顔だ。
白皙の美貌と称してもおかしくはなさそうな美形だというのに、実にもったいない。
つまりはもう嫌悪を通り越して軽蔑に至るほど、先の会話がカンに障ったということだ。まあお互い様ではある。私の側はこの男をきらいではないが、彼の主張の意味は頭からケツまで全く理解できない。
なんだかわかるようなわからんような…つまりお前は何がしたいんだと聞きたくなるような…眉間に皺を寄せて小理屈をこねくりまわす帝国の頭でっかち共と似たにおいがする。
「そこまで大嫌いな土地によく来られたね」
弁明するとこれは皮肉ではなく純粋な疑問だったが、ここまで嫌っている奴に言われたらただの煽りでしかなかろう。
「さすがに一味違いますね、外見からして野蛮を地で行く者の皮肉は」
「そう? ありがとう」
「…そうですとも。ろくに皮肉も通じない程度の知能ではさぞ生き易いでしょう、実にうらやましい」
唾を吐きそうな顔で言われたので、なんぼなんでも今のが嫌味だったことくらいはわかるが、あきらかに馬鹿にされていながら痛痒ひとつ感じない。
そもそも言われるまでもなく私は野蛮で乱暴だし、そんなことは当たり前でどうとも思っていない。
価値観は違い過ぎるとケンカにもならないといういい例である。
「帝国のやつらもそうだけど、アタマ良けりゃ楽しく生きられるってもんではなさそうだね」
「……私が、無粋な帝国人と同レベルだと?」
正直な感想を述べたらさらに怒った。
根本的に彼の主張を理解していないのが原因だろうが、ケンカを売るつもりもないのに話すごとにヘイトが高まっていく。
似てると思ったんだけど。何かというと人を野蛮人だ蛮族だ言わなきゃ気が済まないところが特に。
「ああ、ごめん…いや、もう下手に謝ってもカンに障るだけだろうし、いっそ殴り合いで話してもいいんだけどさ…」
今度は冷笑が返ってきた。
彼は眉間に皺を寄せずに話せないのだろうか。
「ふん、いかにも蛮族の解決法ですね。嘆かわしい。
こんな場末の店で殴り合い? ただでさえ安酒の臭いの染み着いた場所で、あなたのような性別すら定かでないゴリラと相席というだけで不快だというのに、このうえエオルゼアの野蛮人共の肴になるような真似をしろとでも?」
人を貶し出すと本当に立て板に水の勢いでしゃべる男だ。
……きらいじゃないが、からかってみたくはなる。
「ふうん…じゃあ、その野蛮人の流儀で、ひんがしの国のすごくイイ言葉を教えてあげるよ」
席を立って上から生白い顔を覗き込む。
紙巻き煙草と安いバーボンの香りを含んだ息にひどく歪んだ表情は、遠いイシュガルドで初めてナンカを見た時の私によく似ていた。
世の中にこんなおぞましいものが存在するのだと知った嫌悪の顔。
いいじゃないか。最高だ。
「やは肌の、あつき血潮に触れも見で、さびしからずや、道を説く君」
「…!!」
これはユウギリに教えてもらった。
彼にはまた違うだろうが、私の解釈では、こうだ。
「のろくさくてまだるっこしい小理屈こね回すヒマがあるなら、女の一人も抱いておいで、ベイビー」
この解釈は全くの予想外だったのだろう。
もとから抵抗する気のない私の目は、彼の挙動をはっきりと見た。
椅子を蹴立てて立ち上がるその形相は、怒りと屈辱と嫌悪をないまぜにしてすり潰し、軽蔑と殺意の上へ流しかけたよう。
頭ひとつぶんは背の高い私の胸倉を掴む。思い切り振りかぶって、体ごと叩きつけるように、顔面を殴り抜く。
周囲の酔客がなんだどうしたと囃し立てる。
火が出るような痛みの中で、男の敵意を受け止めながら、私は声を上げて全身で笑った。
そらみろ。
野蛮で素敵な真似ができるじゃないか。頭でっかちめ!
暗いステージを照らし出すスポットライト、激しくもの悲しい弦楽器の音色。男女ともに入り混じった酔客の野卑な歓声。足を踏み鳴らし、跳ね上げ、両腕を巧みにくねらせる。揺れ踊る腰が弧を描きながらも、煽情的ないやらしさは感じない。
見たことのないその舞はまるで炎だった。
舞台をまさに縦横無尽に飛び回る、彼女のステップはふしぎと炎の中を駆け抜ける兵士の匂いがした。
華のようなスカートを激しくはためかせ、上体を反らしながら軸足を中心に連続で回転。舞台上に真紅の花が咲く。踵を床へ打ち付けてリズムを刻むたびに酔客から口笛が飛ぶ。
おぞましい傷痕にまみれた体を鮮血に似た真紅のドレスで飾ったさまは到底見られたものではないというのに。その蛮性にあふれる、魔物を相手にするような鋭い視線から意識を外せずにいるのは何故だ。
生まれて初めての衝撃。
知的特権階級に生まれたものとして、今まではこんなものを知らずにすんでいたはずだった。
(こんな、こんなもの…やはり来るべきではなかったのだ)
野蛮人ごときに何を言われようと気にもせずに、宿へ帰るべきだったのだ。
それを見越したように紫色の瞳がふとこちらへ向いて、にやりと笑った。
* * *
そもそも、自分はこの成り行きからして不満しか感じてはいなかったはずだ。
「あのさ、うちのイエロー・ムーンちゃんがあんたのこと恐いって言ってるから、悪いんだけど帰ってくれないかな。これあげるから」
本気で迷惑そうな顔をされるだけでも心外だというのに、エオルゼアの蛮人が自分に賄賂じみたものを渡すなどどういうつもりであろうか。
「なんです、これは」
「私が出るショーのチケット。わざわざウルダハくんだりまでなんの御用か知らないけど、それらしい催しのひとつも見ないで帰るんじゃもったいないでしょ。知り合いのよしみだ、これ見てきなよ」
「吐き気がします」
「なにもそこまで」
言わずしてどうする。
第一ウルダハだ。この下品な国で行われる催しなど、富裕層向けの拝金主義にあふれた歌劇ですらまだましなところであろうし…下賤な冒険者ふぜいが出演できるとなれば、それはすなわち女の体を使った、見るに耐えぬほど淫猥なものに決まっている。
(そんなものに出るというのに、顔見知りを誘う?)
多少見目の良い冒険者は、おおむね夜は私娼をやっているという。その定説はさては真実であったか。
近寄ることすら腹立たしい話だ。
「行くはずがないでしょう、私はあなたごときに会いにわざわざウルダハに来たのではありません。そんなろくでなしの集う酒場になど出入りしていては品性にかかわります」
「あ、そう。まあそうだよね、育ちの良さそうなシャーレアンのお坊ちゃんじゃ、ウルダハの劇場なんかびびって来られないよね、いやごめんごめん」
「……。」
去り際あきらかに小馬鹿にしてきたが、構うことはない。宿に帰って思い出さずにいればいいことだ。誰に応じる義理があるものか。シャーレアンの知的特権階級である己の頭脳をそんないかがわしい場所で錆びつかせるなど、まさかあってはならぬ損失であろう。
あってはならないのだ。
だというのに!
気がつくといつしか音楽は止んで、舞台上で両腕を高く突き上げた彼女への拍手と歓声は、鳴りやむ気配を見せず轟き渡る。
地震かと思えば、気持ち悪いほどに全身に響き渡る自分の鼓動だ。
「こんな…」
足元はぐらぐら揺れる。嫌悪か興奮かもわからぬ何かに腰が砕ける。
舞台から去る直前、彼女はたしかにこちらへ視線をやると、指先だけでドレスに飾られた真紅の花を外し、ぽいと放って寄越した。
まるで、逃げ場などどこにもないのだと突き付けるように。
熱い。
煙草の苦い味を染み着かせた舌が自分のそれを絡め取り、吸い上げ、時に甘く噛みつく。
頭の奥底がぐらぐらと煮立つようで思わず唇を離すと、目の前で紫の瞳が愉しげに細まる。
もう一度と顎を捉えられて、それらしい抵抗もできずされるままになっているのは、三十八年の人生の中で通り一遍しか知らなかった口付けがこれほどに熱く息苦しい、生の快楽を伴っていることを知らされてしまったがためだ。
そもそもこんな場末の息苦しい宿で、こんな娼婦まがいの貞操観念をした野蛮な女と夜を過ごすつもりなど毛頭ありはしなかった。完全なイレギュラー、この女が強引に誘いをかけたが為の出来事でしかない。そう思えば少しは己の自尊心も痛まぬように思う。
「気持ちいいでしょ?」
口を離して、自分の髪を撫でながら白髪の女が囁きかける。
「…何を、聞くのですか。そんな」
そんなことを女の側から気にする神経がわからないが、彼女には当然のことであるのだろう。
粗野で下品で…けれど今までに想像すらし得なかった毒を持つ魔女。
「あはは、強がっちゃって…この辺は、もう叡智も感じないくらい野蛮になってるくせに」
彼女の膝がぐいと下腹部を擦った。
甘い痺れに思わず息を詰めると、強く腕を引かれ寝台に誘われる。
「ねえ、ほら、早くおいで。あんたは私の準備がどうこうってお優しいこと言う男じゃないでしょ?
欲しがってる女を待たせるなんて、野暮なモンだよ」
「…!」
瞬間に頭に血が上った。
なまなかの男よりも逞しい…しかしこんな時ばかりいやに女の匂いのする体が抵抗のそぶり一つも見せないことが異様に腹立たしい。
自分の重量で押さえつけると、ろくに触れてもいない場所に己のそれを突き刺し、次いで、いまにも笑い出しそうな女の首に手をかける。
この売女が。
口に出すことも普段ははばかられる言葉だというのに。今夜はやはりどうかしている。誰より軽蔑しこのようにはなるまいと思ったエオルゼアの野蛮人どもに感化されているのだろうか。
認めるか否かの自問は後に回して、男はまるで殺めるように女を抱いた。
これは愛や恋ではない。
そんな耳障りのいい、美しい感情であろうものか!
星術師と聞いてもあまりぴんとは来ない。
私にとって星の並びはただおおまかな方角を測るためのもので、あとはせいぜい綺麗だなあ£度のものだ。
…などと、本人に伝えたら道端の吐瀉物でも見るような目をされたので互いのために詳細は聞かないようにするが、寝台でどことなく覇気のない顔を見せているこの男は、どうやら南ザナラーンくんだりまで星を見に来たらしい。灼熱波とかいう、彼いわく滅多に見られない現象を観測に来たとか言っていた。
「……。」
態度にはなるべく出さないようにしているんだろう…その、心掛けはたいへんよろしいが、あいにく結構な落胆が漏れ出ている。
「そんなに落ち込まなくたっていいじゃないの」
「相手は天候でしょう、そんな人知の及ばぬものに私が一々落胆するとでも思っているのですか」
あきらかにがっかりしているくせにどのツラを下げて…。
「よく降るねえ」
「見ればわかるものをわざわざ口に出す必要が?」
この男の今の状況で、星一つ見えない土砂降りは今はさぞ忌々しかろう。
(二日も雨が続くなんて、雨期くらいにしかないことなんだけどな)
砂漠地帯のウルダハでは大雨などそうそうないから、これはこれで珍しいことは珍しく、地元住民にはありがたい限りだ。
この男の機嫌が悪い時はからかって遊ぶか放っておくか。
…今の気分は後者だ。
ベッドから手を伸ばし、度数の高さだけが取り柄の安酒が入ったグラスを持ち上げる。
見るともなく雨のサファイアアベニューを眺めながら馴染みのきつい香りを舌で転がしていると、不意に男の手が伸びて私の顔を掴む感触がした。
「なに」
「こちらの台詞ですよ」
不機嫌そうな声には、しかしついさっきまでのそれと違う色がある。
「ほっとかれるのが嫌なの?」
「何を…人を子供のように」
似たようなもんじゃないか。
雨に星を奪われただけじゃなく、友達の関心まで奪われるのが嫌だなんて。
「この天気では外出も望めませんからね、あなたのような野蛮人でも、交流を持てば少しはましな時間になるでしょう」
「今からすることはどっちにせよ野蛮でしかないけどね」
今にも舌打ちしそうに歪んだ薄い唇を舐めながら思った。
今日は少しくらい優しくしてやろう。
星が好きなの、と聞かれた。
「なんです、藪から棒に」
「私にばっかりしゃべらせるじゃないの」
至極理不尽な言い分である。
普段の、とても人間がやることとは思えぬ野蛮な暴力仕事の話やら、どこぞの遠国のもめごとをヒト種らしからぬ力業で解決した話やら、聞いてもいないことをつらつらと述べたのは相手の方ではないか。
とはいえ、この無為な時間をただ体を繋げて過ごすならば、わずかばかり会話に興じるのも悪くはないだろう。
野蛮人といえど見た目通りのゴリラそのものではなく、かろうじて言葉は通じるのである。
「占星術なんてやってるくらいだから、そうなんだろうと思って」
それにしてももう少しましな話題を選べぬものか…と思ってから自戒する。この女はシャーレアンではない。
蛮族に知的な会話を求めるなど酷なことであった。
会話に詰まったなら仕事の話。実に粗野な労働者らしい発想だ。
「…わかりませんか?」
はかばかしい返事を期待したわけではなかったが、紫水晶の瞳はじっとこちらを伺って。
「そうか、あんたにとって、星は運命ってわけだ」
口元に柔らかな笑みを刷いた。
「星は不動だから…ちがう?」
「……。」
ああ。なんなのだろう。この女は。
脳味噌までも筋肉でできているような野卑な発想と言動で、常ならば辟易することのほうが多いというのに。
こうした怠惰な時間、ふと信じられないほど明晰に、こちらの言いたいことを理解してのける。
つい先刻彼女の舌越しに味わい体内に入れた安酒は、酒精の強さだけが取り柄の、己では決して選ばない下品なものだ。
辛いはずのその残り香がなぜか甘い。
星を攫った雨にはない、まるで肺腑にまとわりつくようなそれは。
星に選ばれた女の香りだとでもいうのだろうか。
「不快です」
「だろうねえ」
にやにやと眼前で笑ってやると、男のあざやかな緑色の瞳が責め苦を受けるようにぐっと細まり睨みつけられる。
「そんなカッコで睨まれてもね、司書長さま」
「…なぜ、私はあのとき…」
肉付きの薄い…しかし確かに男の肉をまとった体は、それにふさわしからぬ華やかさと、柔らかな落ち着きを保った衣装に包まれている。
胸元を大きく露出させたビスチェ、手首を飾る白いリストドレス。加えて、一目見てオーダーメイドの高級品とわかるグレーのタイツが男の足にぴたりと纏いついて…これが一番不快そうな様子である。
思わず頬が緩んだ。人の嫌がる顔はなによりの肴である。
「そらそら、一仕事終えた顔はまだ早いよ。もうひとつあるじゃん、肝心なのが」
「…!」
こんなにも噛みしめては奥歯が砕けるのではないだろうか。
アンの心配をよそに、それでも一応ぐずぐずと文句を付けるつもりはないのだろう、男の指が最後のひとつ…兎の耳をかたどったクラウンを取り上げ、髪の中へ差し込む。
「……満足ですか?」
「あっはっはっは! いやー最高! ヒュー、かわいいよセヴィ!」
「その愛称はよしなさいとあれほど!」
セヴェスター・オールブライトはついにベッドから立ち上がって声を荒らげたが、こともあろうに男のバニーガール姿、それも両腕で己の体を庇っていては常の玲瓏な美形が台無しだ。女はとうとう机に突っ伏して笑い転げた。
くだんの衣装はマンダヴィル・ゴールド・ソーサーの景品だ。レドレ…もとい、マスク・ド・ローズのファッションチェックで必要になった故に貰ってきた。
一部分だけ持っていてもしかたあるまいと全部そろえたはいいが、なにぶん自身が着て仁王立ちしたところでただの罰ゲームである。それも下手に女であるぶん周囲も気の毒で笑うに笑えぬ、あまりに微妙すぎる罰ゲームである。
そのようなわけで一番サマになりそうな知り合いの男を本気で言いくるめて博打に持ち込み、負けに付け込んでむりやり着せた。
中年にさしかかった歳にもかかわらず無駄な贅肉のない体躯に、触れ心地のいい白い肌。あつらえたように似合っている。不機嫌そのものと歪む表情もまたいいアクセントだ。
「しかしあんた…くくっ…いやほんと思った以上に似合うね、いいよそれ、すごくいい」
「もう脱ぎますよ!」
「まあまあもうちょっと!」
いかさまをしてまで着せた甲斐は十分にあった。
女の背から脇腹にかけて、ひどい傷痕が増えていた。
「ああこれ、ちょっと焼かれちゃって。処置してもらったから心配はいらないよ」
「誰が心配など」
女性にしては引き締まりすぎた屈強な体躯はただでさえ大小数々の傷に覆われているというのに、今回のものはまるで溶けた蝋を固めなおしたような、見るも無惨な焼け痕だ。
男は思わず秀麗な眉をひそめた。
そもそも自分たちは相手の身を気遣うような間柄ではなかった。この下品な女がだまし討ちのように誘いをかけてからこちら、定期的に顔を合わせてはいるが、肌を重ねたりくだらぬ賭け事に興じたり、実のない会話を交わしたりと…いつ切れたとしてもいい縁ではないか。
故にこの気持ちの悪さは、ただの不快感のはずだ。
だというのに。
「まいったよ、相手の呪術士があんがいしぶとくてさ…まあ依頼人は無事だったし、この体にいまさら傷が増えたところで、ね」
苦笑するその顔は、本当に小さなことだと言わんばかり。
「あなたの気分はともかく、よくそんなおぞましいものを人の目に晒せますね」
「肌に傷つけられた女にまず言うこと?」
彼女は紫色の瞳を細めて眉を下げたが、いままでの付き合いは、その悲しげな視線がただのポーズであると知っている。
「ついさきほど、今更傷の一つくらいなんだと聞いたはずですが?」
「うん」
あっさりと目を見開いておどける様は、いつものように人をからかう時の、なんとも腹立たしいそれだ。
「でもたしかに、治りきるまで見せるべきじゃないものかもね。ごめんごめん」
いつものようにジャケットとホーズを着込み、寝台から腰を上げようとするその手を、男は咄嗟に掴んで引き戻した。
「誰が帰れと言いました。そこに座りなさい」
もとのように寝台へ座らせると、天球儀を取り出し、傷にゆっくりと癒しの光を当てる。
(…いまいましい)
己はただ、この傷跡が無性に気にくわないのだ。
同情などよもや介在するものか。こんな傷だらけの体になるようなやくざな人生を選んできたのは、まさしく彼女の自己責任というもの。哀れだどうだとくだらぬ言葉をかける謂われがどこにある。
(まったく、こんな未開の地にはやはりまともな術者のひとりもいないようですね)
「私ならば、もっとうまくやった…」
「え?」
「は?」
目の前に、珍しく目を丸くした表情があった。思わず集中が途切れ、手が止まる。
「…なんです?」
「いや、あんた…」
紫色の視線は暫時怪訝そうにこちらを見つめてから、くしゃりと顔全体で笑った。
「あはは…何さ、嬉しいこと言ってくれるじゃん、もう!」
「離しなさ…ッ!」
有無を言わせず頭を掴まれくちづけられる。
この女が意味のわからない行動を取るのはいつものことだが、今日はなんだというのだ。酔ってもいないだろうにことさらに酷い。
「何がしたいのです貴方は!」
「ははははっ、いや、あんたにも友情なんてものがあったんだと思ってね!」
男は生まれて初めてエフトを見た時のような、なんともいえぬ不快感を覚えた。
友情など、あり得べからぬものだ。
こんなにも正反対の人間同士、あり得るはずがないではないか!
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