「いいですか、あなたが機工士という職業上髪を短く整えているのと同じです。リスクを少なくしておくのは当然の備えというものでしょう」
「あ、はい」
 男女が裸でベッドにいながら剃毛について話をする時間とはなんなのだろう。
「それにただ挟むのが痛いというだけのことでもありません、長旅でも蒸れにくくかぶれにくく衛生的です。逆に言えば、生やしておくメリットの方が見受けられないほどと思いますが?」
「えーと…」
 そういえばなんで生やすんだっけ…などと、私はいままでにない考えに囚われつつあった。
 
 発端は、友人と会ったから宿に誘ったところだ。私にとってそういう友達は男女を問わず多い。別にめずらしい話でもない。
 ただすることをする前に、そういえばと目についた。
 この男はいつも下の毛をきれいに剃ってあるということに。
 いつ見てもつるつるだよね、などとうっかりからかったのが運のつきで、大真面目に戦略的剃毛を語られて今本気で困惑している。
 要するにこういうことだ。男の服というものは体の構造にあわせて、日常的に出すことを想定したつくりになっているため、その際に長さがあっては服の金具に引っかかって痛みが生じることがある。そんなつまらぬことで隙を作るのは愚の骨頂であり、ましてや蒸れやすい場所だけに衛生的にもよくない。すなわち剃るに越したことはないのだと友人は懇々と説いた。
 さすが学士の先生だと感心するような見事な講義だった。議題が陰毛でなければ。
 反応ができない。いや言いたいことはわかるんだけどリアクションがとれない。
「まったく、エオルゼアの野蛮人はこれだから…不要なものをいつまでも残してどうするというのです」
 なお、この男は同じようなことをシルバーバザーで言い放って出禁をくらった。さもありなん。
「ま、まあまあ。言いたいことはわかった。笑って悪かったよ」
 だって剃毛にそんなまじめな動機があるとか思わないじゃん…。
 などと言ったらもっとくどくどお説教をされそうなので口に出すことはひかえた。
「私を言いくるめようとしていませんか?」
「やだな、気のせいだよ」
 なんてめんどくさい男だ。
 そう思っていた時だ。
「わかればいいのです」
 言いながら、彼は鞄の中からよく切れそうな剃刀を取り出してこちらへ渡してきた。
「えっ」
「何をしているのです、これを貸してあげますから早くなさい」
 言わんとすることを理解するまでに数秒かかった。
「…ヘイ、フレンド? 聞いたかぎりじゃ私にも下の毛を剃れって言ってるように聞こえるんだけど」
「それ以外の何がありますか」
「嫌だよ!」
 忘れてた。
 こいつは自分の考えを人に押しつけてくるタイプの学士だ。
「なぜです? 私はメスゴリラでもわかるほど丁寧に教えたつもりです。あなたもわかったと納得していたでしょう」
「さりげなく人をゴリラって呼んだね。いや、それはいいか…嫌だよ! 剃ったら生えたときにちくちくしてよけい痛いじゃん」
 だいたい男は取り出すのが日常だからそれもありかもしれないが、女はおもてで出す機会なんてそうそうない。まあ私は時々あるけど。
 しかしそうと聞いて、相手はいまひとつわかっていない様子で首をひねるばかりだった。
 
 その場はひたすら嫌がったおかげもあって下の毛は剃らずにすんだが、後に気になることを聞いた。
 陰毛が固く縮れるのは通気性の悪さが原因で、下着をはかずに過ごす生活習慣があると髪の毛のようにサラサラになる、というものだ。
 …つまり剃ってもちくちくしないということは。
 
 履いてないかもしれないとか、心から知りたくなかった。