英雄≠ニの付き合いに至った経緯は、実に適当だ。
グリダニアという国は村社会の匂いを濃く残し、欲望が開け放たれているウルダハともまた違う、ごく閉鎖的で湿度の高い環境である。
余所者には意味のわからぬ常識やローカルルールの多さとくれば、世界中を回ってもなお特殊な土壌だと断言できよう。
とある場所への案内を頼まれたこともそれにあたる。確たる仲でもない男女がそこに二人で赴くことは爛れた行為であると説明したところ、ならばその仲になったらいいだろうと返ってきた。
あまりに軽い調子で言うものだから、いつも床を共にする時のような冗談だろうと己もまた軽く頷いたところ、では行こうと腕を引かれてようやく気付いた。
これはマジなヤツなのではなかろうか…と。
「おい…そりゃ、構わねえが」
「うん?」
「俺は出自がアレだからよォ…良くは思われねえぞ」
思わず普段は言わぬような弱音が零れた。
森の木々にひっそりと隔てられた土地柄だ、罪人の息子というレッテルはいまだ根強い。
あんな犯罪者の子に六番槍を任せるなど…と、独り言めいてこちらへ聞かせる陰口は日常茶飯事。若い頃の自分をけだもののように荒れさせもしたその口が、たびたび夜を過ごす友に向けられると思えば平静ではいられぬ。
ないはずはないのだ。
ただひとりの親友イウェインすら、かつてその咎を負わされたのだから。
しかし聞いたほうはといえばどうもぴんとこないようで、不思議そうに首をかしげて歩を止めた。
節の立った指がゴーグルを外す。
常態では色味の強い硝子に遮られている鮮やかな紫の瞳が、ふっと笑みに細まる。早い歩調でこちらへ近寄ったと思うと、ハイランダーの長身がわずかに伸び上がった。
頬へ軽い口付けの感触と、風のように柔らかい微笑。
「いいって女が言ってんの!」
「なら、男はどうしようもねえなァ!」
そんな、ごく軽い付き合いだった。
あんな男に六番槍を任せるとは、鬼哭隊の質も落ちたものだな
信用できるわけがないじゃないの…罪人の子だなんて
デートと呼ぶには多少色気に欠ける。
仕事として鬼哭隊の屯所へ向かう途中で、そう聞こえた。
あきらかに彼へ視線をやっておきながら、目を合わせずに会話の体を取った…どこの国へ行ってもこれだけは変わらぬ、まといついてくる小蠅のように勘に障るそれ。
先を歩く赤毛のエレゼンは感情の伺えない、驚くほど静かな眼差しでちらりとそちらを一瞥し、またかと言うように歩調を早め、距離を取る。まるで俺だけでいいと示すようなその背に、思わずかちんと来た。
確たる相手がいなければ不自然な場所へ行くために、とりあえず交際という立場を取ったに過ぎぬが。
そうであっても今の彼は恋人で、またそれ以前に親友だというのに。
(まったく、どっちもばかにしてる)
おとなしく他人のふりをするようなか弱さもないが、逆に声を荒らげて一喝するような短慮でもない。
木立の道をわずかに外れて、くだんの二人組の方へ寄った。
声をかけるのではなくすぐ近くで足を止め、にこりと満面に笑みを浮かべて二人へ手を振ってみせる。
「…!」
老夫婦はオポオポの死顔でも見たような顔をした。
(ばかだねえ)
逃げ去っていくその背中へキスを一つ投げる。
結局誰も彼も皆、己を守るのに必死なのだ。
己たちだけでがっちりとまとまって、問題を起こした者やら余所の者やらを排斥しようとする田舎者根性は、つまりそれだけのもの。健気で愚かでいじらしい、ただの防衛本能だ。
そんな哀れな一刺し程度、微笑みで蹴散らせずしてウルダハ人がつとまるか。
ふと気付くと少し行った先で、度胸一番の槍術士が、滅多に見られぬ呆気に取られた顔で足を止めていた。
(まったく、蛮神殺しの大先輩がなんて顔してんだか)
駆け寄って腕を取り、強引に抱きついて、満面に笑った。
「さ、行こうか!」
「ちょ、バカお前…」
有無は言わせない。つまらぬ視線も気に留めない。
それが無頼の生き方ではないか。
ランドゥネルはほんの僅か、まるで迷子の子供のように、驚愕と困惑とをないまぜにした表情を見せていたが。
「…バカな奴だなァ! お前も!」
「あはは、知ってるくせに!」
いつものように、けたたましく笑い合った。
最初にゴーグルを外す。
晒された紫色の視線は既に男を誘うように、思わず手を伸ばしたくなるように熱く潤んでいた。
革の靴、ハンターホーズに厚手のジャケット、首元を守るチョーカーまで。普段の装備をゆっくりと次々外していくに伴って、傷だらけでありながら思いがけないほど艶やかな肌が現れる。男が顎で続きを促すと、白髪の女は婉然と微笑んで口で革手袋を外し、黒い下着姿になった。
粘りつくような男の視線。
情欲を含んだそれと目を合わせ、黒い布一枚の奥を想像させながら大きく脚を開いて、思わせぶりに腰をくねらせながら最後の二枚を取ろうとはしない。
ぴんとはね上げた片足を机に下ろし、その奥を見せつけるように舌なめずり。
指先に腰の紐をかけて、隙間からちらちらと奥を覗かせる。
薄い白い茂みの奥は、見えるかと思えばすぐに布地に阻まれ、満足に伺うまではいかない。
妖艶に淫猥に男を誘う踊りは、同時に視線ひとつまで計算された、見応えのあるエンターテインメント。
さすがはウルダハのダンサーだ。
ランドゥネルは妙なところに感心した。
ことの発端は、思えば砂都でもそれなりには遊んだが(娼館通いはまだしも)そうした方面のショーはあまり見たことがないと思い出したところである。
まだ若く即物的だった頃の話だ。見るだけのそれよりは直接女を買って抱く方が好ましく、事実旅団にも同じ考えの者は少なからずいたのだが、聞いた英雄はなにをそこまでと思うほど惜しがった。
うわー、もったいない! そういうヤツって、舞台の上なんか見せるだけ見せて抱かせもしないナマ殺し商売だって言うよね
違うのかよ
多少むっとした思いはあれど事実だった。
店によってはその後個別にチップを払ってのサービスタイムなどもあろうが、そんな面倒なマネをするなら娼婦を買った方が遣り取りの手間もなかろう。
だがそうと告げるまでもなく、彼女は英雄らしからぬ笑みを見せて、言った。
じゃあ、ちょっとそこのベッドに座ってなよ。
ウルダハのストリップ・ダンサーがどういうのかざっと見せてあげる
なるほど、兼業でこのレベルなのだ。
彼女の言うとおり、プロのダンサーならば少なくともこれ以上…そうとなればもう行為に及ぶかどうかの問題ではないだろう。ジャンルから違う。
(確かに、こりゃあいいもんだな)
そら見たことかと紫色の瞳が語る。
腿から腰、腹筋の線をなぞり上げる淫靡な手は、ホルターネックの紐をついと緩め、解いたところで止まった。
「私はさっきああ言ったけどさ」
「おう」
「今これで終わるのは、やっぱりどっちにもナマ殺しなんだよね。
……好きなようにして、いいよ?」
サービスタイムというわけだ。
ならばこの肉を食わずにどうする。
ランドゥネルは応じて手を伸ばし、よく引き締まった体を膝の上へ抱き上げた。
六番槍隊長の一言に、そこそこ平和な昼下がりのキャンプ・トランキルは謎の緊迫感に包まれた。
横のデト・モシュロカは尻尾をぴんと立てて驚き、キャンプを通り過ぎる途中のウルダハ系商人が一体なにごとかとざわめき、ギルドリーヴ受付の責任者がぎょっと身を乗り出して注視する。
当人どころかギャラリーまで困惑する中、偶然居合わせたレターモーグリはちゃっかりと荷運びのチョコボの頭上に陣取り、彼ららしい好奇心でことの成り行きを見守った。
今まさに求婚されたばかりのエオルゼアの英雄も、咄嗟に言葉が出ずに固まっている。
判断力がものをいう冒険者稼業、相手の言葉が飲み込めずにぽかんとするなどほめられたことではないのだろう。
彼女は普段ならばむりやり軽口のひとつでもひねり出して笑う。
だが六番槍隊長ランドゥネルに、いつものようなふざけた態度はかけらも見えず…それどころか、仕事用に猫を被った真面目な口調すら及びもつかない真剣そのもの。
配達士の後輩でありエオルゼアの英雄は、あきらかに困り返っていた。
彼女は昨今もっとも注目される冒険者と言えるだろう。各地を飛び回っていればあちこちで噂を聞く。
だがそのいずれもが、彼女の立てた溢れんばかりの武功にまつわるものだ。派手に男遊びを繰り返してはいるものの、特定の誰それと好い仲であるとか、はっきりと身を固めるだとか、未婚の女であるにも関わらず、そういった方面はモーグリの早耳もついぞ聞いたことはない。
そんなところにこの展開。
(モグはラッキークポ! こいつぁ受けても断っても面白いクポー!)
享楽的なモーグリ族は浮ついた話が大好きであった。
「俺は本気だ」
肩を掴むと、普段は千の敵にも動じない蛮神殺しがそれだけでびくりと震え、眉を下げて面白いほどに動揺を見せた。
まるで普通の女のように赤面する様子は、モーグリの目にも満更ではないように思える。
「だって、そんな…あんたがそういうつもりだなんて、聞いたこと」
「だろうなァ。だが俺が気付いちまったのが運のツキってやつだ。
よくも気付かせてくれやがって…追いついたからには、俺は地獄の底まで食らいつくぜェ?」
レターモーグリは思った。既にじわりと素が覗いている。
「私は…い、いやじゃない、けど…人を好きになったことがなくて」
これには彼もいよいよ“槍隊長”の顔をかなぐり捨てた。
派手な向こう傷に飾られた目を細め、いつものようにけたたましい笑い声を上げて、ランドゥネルは豪快に言い切った。
「これから胸焼けするほど好きにさせてやるって言ってんだよォ!」
オオッと場がざわめいた。
「お前ェ、俺ほどお前に惚れた男にももう出会えねえぜェ? 御託くらいは聞いてやるが、とっとと覚悟決めちまいな!」
ここまで言われるとはまさか思わなかったのだろう。英雄は目を白黒させて、追いつめられた小動物のようにしばし動きを止めたと思うと。
「…わかった。
結婚、する」
昼下がりのトランキルに歓声と口笛が飛び交った。
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