「ねえリューク、あなたが前に憑いてた人間ってどんな感じだったの? …話せないんなら別にいいけど、できればちょっと聞いてみたいわ」
リュークから聞いたところ死神には色々な制約が課せられていて、そのひとつに、別のデスノート所持者について話すことはできないとあるのだとか。
とは言っても前に憑いていたその人は死んで、その時のノートも燃やされてしまったそうなので(こんな悪趣味な遊びを何回も繰り返しているようなのだこの死神は!)、判断が難しいところではあるのだが。
「んー…もう死んだ奴だからなあ。決定的な情報…名前とか出さなきゃ大丈夫だとは思うけど」
「…どんな、人?」
やはり、好奇心はある。わたしの前にこの死神が憑いていた人とは、どういう人物だったのか。
いくつかノートの使用方を聞くにつけ、数年前それこそ全世界を揺るがせ一部の人間には神とすら唱われた、とあるシリアルキラーが頭に浮かんでくるのだが…そこをリュークに問い質したりするような真似はするまい。たぶん当たっているだろうから、わたしの精神衛生上よろしくない。
「どんな、か。とりあえず、性格は相当悪かった。林檎を条件にして死神を遠慮なくこき使うし利用するし、目的のためには手段を選ばないとこもあったし。
まあそのおかげでかなり面白いもの見られたから、俺としては嫌いじゃなかったけどな」
やはり、あの騒動だろうか。
「男の人だったの? …ハンサムだったりした?」
あっ、こら笑うな死神。なにが目の色が違うだバカ! 殺人鬼とはいえカリスマにまでなった人なんだから、当然興味ぐらい持つに決まってるじゃないの!
「ああ。そういや人間の女にやたらモテてたけど、最期まで一人に本気にならなかった。っていうか、女にはたいして興味なかったのかもな」
「へえ、もったいない」
ふっと本音がこぼれた。
だって、そうじゃないか。
最後の最期まで人を利用することしか知らず、恋を知らないままに死んだのだとすれば、新世界の神も意外と不幸な生涯だったのかもしれない。
「なあ」
「ん?」
「俺はよくわからないんだけど、恋愛ってそんなに面白いもんなのか?」
「…………。」
失礼なのはわかっているが、わたしは思わず沈黙してしまった。というのもどことなく単性生物っぽい死神という種が…勿論わたしはリュークしか死神を見たことはないから詳しくは知らないけれど…まさかそんなことを聞くとはまったくもって予想外で。
悪気はないのだけれど。
「そうね…相手を好きでいれば面白いけど、思えなければ正反対…かしら。嫌いな相手に好かれるほど鬱陶しいことってないからね。
なにリューク、興味あるの?」
少し間を置いてリュークが出した答えに、わたしはそりゃもう驚いた。
「少し、な。昔は人間に恋した死神もいたって話だし、そんなにまでいいものなのかと思うと興味は涌くかな」
「えええ!?」
死神が、人間に恋…
どんな愛情表現なのか、わたしまで興味が出てきてしまう。
問い正すと、聞いてるのはこっちだとかぶつぶつ言いながらも説明はしてくれた。リュークと一緒にいるようになって数週間経つが、この死神は好奇心をそそるものにはかなりアクティブになるので、話をしているとなかなか楽しい相手だ。
「どういう表現をしようと勝手だけどな、やったらいけないことはある」
「やったらいけない、って」
「好意を持った相手の寿命を、伸ばすこと」
「ええと…つまり、その相手を跳ねるはずだった車のドライバーを殺すとかそういうこと?」
「そうそう。
ある人間をデスノートで殺すことによって、間接的に寿命が延びる人間はいる。それは仕方のないことだけどな。故意に、寿命を伸ばす目的でノートを使ってしまったら…」
「そう、したら?」
「その死神は、死ぬんだ」
前に聞いた話と照らし合わせるならば、それは。
「恋と怠惰だけが、死神を殺す方法っていうわけね?」
なんて、ロマンティックな。
「そんなところだ。それ以外に死神を殺す方法があるなんて聞いたことはないし」
「なんにしても、それならリュークには縁のない話じゃない? 誰か人間が…それこそ仮にわたしが殺されかかったとしても、助けてくれるなんて思えないし」
「ああ、確かに」
認めやがった、このバカ死神。古来から少女漫画の伝統として、悪魔やら死神やらは憑いた相手を深く愛して殺せなくなってしまう展開が定石だろうに!
…いや、夢を見すぎた。美形でない人外にそうまで好かれても困る話なのでこの説は引っ込めるとして。
「ねえ」
「ん?」
「そうしたら、死神にはどうして男女があるのかしら。生殖行動で増えるんじゃないとしたら、雌雄の区別も恋愛感情も必要ないでしょ?」
聞くと、リュークは首をひねって黙り込んだ。急かす気もないので黙って待っていると、暫し考えてから口を開いた。
「さあ…そういえば、なんでだろうな。前にもそんなことを考えはしたんだが、結局よくわからないまま忘れちまった」
「ま、そうね。考えたからってわかることじゃないし。
一回誰か…人間の女の子にでも、死んだって構わないと思うくらいの恋をしてみればわかるかもしれないけど」
「ククッ…そいつは無理だ。俺は面白いモノは大好きだけど、他人の手を借りないと生きられなくなるようなら、そんな奴には興味がないからな」
誰のことだろうか。ふっと、そんな風に思った。
ひょっとすると本人が気付いていないだけで、とうに恋など経験していたのかもしれないが。
それに気付かないまま、想い人が死を遂げるのを黙って見守っていたとしたなら…
「……それこそ、出来すぎた少女漫画よねえ」
「なにが?」
「あ、別に。気にしないで」
ものすごく勝手な憶測だから、と誤魔化すと、わたしはくるりと椅子を回して傍らの死神に向き直った。
「なあなあ、仕事もういいのか? だったらまたテトリス教えてくれよ」
「あら、いいわよ。前回ああまでボロ負けしてまだ懲りない根性だけは誉めてもいいけど…わたしの教え方、それを抜いてもかなり荒っぽいわよ? そうねえ、手始めに落ちゲーは頭使わなきゃ勝てない、って事実をじっくり分からせてあげる」
くくく、とリュークの真似をして喉で笑い、わたしはなぜだか怯えたふうの死神を後目にゲーム機のコントローラーを取った。
まあいいわ。
生き死になんてずっとあとの話にしておいて、今はお互いに楽しんでいましょうよ、リューク。
せっかくこんなに広い世界で出会って、せっかく友達らしくなれたんだものね。