「ご機嫌ようさん、パンツ見せてください。それから紅茶をお願いします」
「サタン様、ズボンを履いている私にまでおっしゃるそれはまさか魔界のご挨拶ですか」
「…あ、いえいいです。もう言いませんからそのものすごく冷たい目と熱そうに煮えくり返ったお湯は引っこめてください」
「わかればよろしいんです」
カップとポットと紅茶の葉と三分刻みの砂時計、砂糖とミルクとレモン。お茶請け。いかにこの国がドクソ貧乏と言えど、かき集めればこれくらいのものは揃う…というか(ガイコツなのに)なぜか食事を取るサタン様のために急遽出来る限りのものを揃えて料理人も呼んだというか、そんなところだ。
ちなみに周りの皆は畏敬でもって接しているけれど、なぜか私は初対面からこの方が悪魔と見えた試しがない。あまり信仰心がないからそう見えると言われれば否定はしない…否、できない…が、見た目は確かに異形そのもので、なのにそうした禍々しいものにしては陽気で、(ガイコツなのに)表情豊かで、饒舌で、セクハラの常習犯で、妙に紳士ぶっていたりして、ついでにガイコツなのにアフロって。
…あまりにも出来過ぎたタイミングで現れたから皆そのつもりでいるけど、この方実は悪魔じゃないんじゃないの。
少なくとも今のところ私の見解はそうだ。それじゃあ一体なんなんだと聞かれたらどうにも答えようがないため、口に出してはいないが。
「ヨホホ、それにしても貴女は気さくでいいですねえ。他の方とはずいぶん感じが違います」
「お気に障りますか?」
「まさか。遠慮なく口をきいてくださる方が話しやすいですよ」
これだ。
仮にも悪魔というのだったら、もう少し傲然としていてもいいんじゃないか。
反応を見るために失礼な口をきいたり、セクハラされたときには遠慮会釈なく睨み付けたり。他の人間のいないところで色々やってみたが、一度として咎められた試しもない。それどころか別の名を名乗りさえするのだからまったくもってわからない。
思い込むのも大概にして、そろそろきちんと考えなければならないのではないか。この方は何者なのか。本当に悪魔なのか。そうでないとしたら、
私たちの味方でいてくださるのか。
「ねえ、さん。そろそろ聞いてもいいですか。貴女達はどうして私のことをサタンと呼ぶのです?」
その考えを裏付けるように、まるで心を読んだような問いを投げ掛けられる。
どきりとした。
このまますべて話してしまっていいのだろうか。もしもこの方が悪魔どころか敵方の回し者で、私達の内部から情報を引き出そうとしてでもいるのだったら、私は今とんでもないものと向き合っていることになる。
口を湿しながら、慎重に言葉を選んで話し出した。
「この国にはある言い伝えがありましてね。
悪魔を召喚するための儀…私の個人的な見解では迷信と見えるものでしたが、度重なる災難続きで、皆心の拠り所を求めたのでしょう。誰が犠牲になろうとも敵を殲滅できるならと儀式を決行し…」
現れたのが貴方様です。
災難に至る経緯を大幅に端折って、少しばかり様子を見てみる。
「敵、ですか」
「手長族です。突然現れて、私たちから全てを奪っていった忌むべき敵」
「それにしては」
「なんでしょうか」
「復讐という目的があるにしては貴女は妙に冷静というか…そう、他の方より一歩引いたところでしっかりと私を見てくれている感じがありますね?」
「!」
次にかけられた言葉に、比喩でなく本当に顔が青褪めた。
「私のことを、疑っているでしょう。
ああ、そんな泣きそうな顔をしないでください。責めているわけではないんです。むしろその出来過ぎたシチュエーションで現れた異形の…私のことを、疑ってかかれるほど冷静でいられるというのはすごいことだと思っただけなんです、本当に」
さん、さん。砂が落ち切っていますよ。
そう指摘されてやっとのことで手が動いた。コゼを取って、カップを満たしていた湯を捨てて、まだ十分に熱い紅茶を注ぎ入れる。ふわりと柔らかな芳香が立ち上り鼻腔を満たすと、少し気が楽になった。
「ヨホホ。紅茶はいいですねえ、気分が落ち着いて」
「…は、い」
「良ければ貴女も座ってください。怖がらせてしまったお詫びではありませんが、お話をうかがいますよ」
わざわざ立ち上がってまでこちらに歩み寄ってきたと思うと、硬く乾いた骨の手がはるかに高い位置から宥めるように頭を撫でる。
「周りの皆さんが熱くなっている中、冷静でありつづけるのは難しかったでしょう」
ああ、まったく私は馬鹿だ。
どうしてこんな優しい人を悪魔と間違えたりしたのだろう。この人はそんな失礼な呼び方をされながらも、いつだってこんなに丁寧だったのに。
冷静が聞いて呆れる。注意して見ていればそんな禍々しいものじゃないことぐらい、すぐに解るじゃないか。
「…サタ、…いえ、お名前を聞いてもいいですか」
「私はブルックといいます。
あ、ようやく笑ってくれましたね。こんなに可愛いお嬢さんをまかり間違って泣かせでもしようものなら私、仲間に合わせる顔がありません。…まあ顔は、ガイコツだからないんですけどー! ヨホホホ! スカルジョーク!」
「………。」
いや。いやいやいや。こんなことで怒るまい。先ほどまでのちょっとむず痒い微妙な空気は綺麗に雲散霧消したけどうざいテンションだとか言うまい。
「話が済んだら、ブルックさんのこともお聞きしていいですか。儀式が原因でないなら、どうしてここに飛んできたのか。差支えなければ、どうしてガイコツなのに動いていられるのかも」
「もちろんですとも! ……で、それも済んだらパンツ見せてください」
「 見 せ ま せ ん ッ ! いい加減になさい!」
「ヨホーー! アフロだけは、アフロだけは! 出刃いや! 出刃包丁いやァァ!」