斜堂さんがいなくなって数日経った。
「…帰ったのかしら」
どこにとは言わないし、考えたくもない。もうあの人がどこから来ていたのかなどどうでもいい。ただ、また意に染まないところに飛ばされていなければ…居るべきところに無事に帰れていればいいのだけれど。
それでも寂しくないと言えば嘘になる。
予定外の居候が唐突に消えて、元の独り暮らしに戻っただけなのに。
(あの人、家事ほとんど全部やってくれたもんなー…)
やたらに仕事が早くてしかも緻密だった。
たとえばきちんと隅の隅まで掃除機がかけてあったり。たとえば洗濯物にちゃんとアイロンが掛けられて、然るべき場所に仕舞われていたり。たとえば水回りの汚れどころか換気扇まで綺麗に磨いてあったり。自分では多分切羽詰まらないとやらないであろうその細かな痕跡を見る度、知らない間に随分とあの手際に甘えていたのだと思い知る。
「さしずめ女房に逃げられた、仕事人間の亭主ってとこね」
自分で例えておきながらおかしな具合に的確で笑えない。
本当に、もう分かりすぎるぐらい分かっている。寂しいだの不便だの、そんなものじゃなくて。
「…会いたいなあ……」
好きだったのだ。
言っても仕方ないけれど、今更と知りながらそれでも呟かずにいられない。何度言っても言い切れない。悔やんでも悔やみ切れない。最初から関わらずに門前払いを食わせていれば苦しまずに済んだのか。むしろ一晩だけ泊めて追い出していれば。こうまで親しくなっていなければ。いや今更そんなたられば話をしたところで!
思考が行き場を無くす。
「悔しい、な…
泣きたくなんて、ないのになあ…」
私の向かい側であの人がよくそうしていたように、抱えた膝に顎を乗せて蹲る。
ほんの少しだ。
ほんの少し泣きさえすれば、忘れられはしなくともきっと少し落ち着けるだろう。
………。
あれ、今は夕方でしかも家の中じゃなかったか。なんだか瞼の裏が妙に赤いような。しかもなんだかやたら周囲が騒がしいよう、な
「えええ!?」
いくらなんでも不可解すぎる!
目を開けたと同時視界に入ったのは、青地に井桁模様の…柄こそ違えどどこかで見たような装束の群れだった。
「な、何君達!」
「お姉さんこそ何者…あ、曲者か!」
「誰が曲者よ!」
「忍術学園の全校朝礼の真っ只中に忍び込んでおいて曲者でないなどと通るわけがあるか! このバカタレィ!」
「にんじゅ、つ…がくえん…?」
どこかで聞いた響きの…
「あ!」
「え?」
「ど、どうしてあなたがここに!」
「しゃ、斜堂さん!?」
「ああちょっと君達、とりあえず手裏剣も戦輪も宝禄火矢もオニギリも仕舞いなさい。確かに怪しいですが別段害のある人じゃありま、「うわー斜堂さんだ本物だ! 良かった会いたかった、もう離さない!」
「ちょっ、それは男の私の台詞だと何度言ったら…そうじゃありません一旦離れなさい! こら!」
「うっわー大胆…」
「えっえっなにあの人!」
「斜堂先生の恋人!?」
「いーやおれは押し掛け女房と見たね」
「え、そ、そうなのきり丸!」
「いいえむしろ押し掛け亭主よ!」
「だからあなた少し黙ってなさい!」
「なんじゃ影麿、お主神隠しにあってた間に外で女子を引っ掛けておったのか! 奥手だと思っとったがなかなかやるもんじゃの!」
「なんですか学園長まで!」
まだ涙だけで終わる時じゃないだろ?