「くそ、暑ィ…ハデに暑ィ! なんだってんだよこのフロアはよ!」
「ああやかましい。黙って歩かなきゃ体力なくすだけよ」
牢から出してもらったのはありがたいが(いや、その後すぐ巻き添え食ってここに落ちたからむしろ差し引きゼロのような気もしてきた)、それを差っ引いてもこの男達は十分やかましい。
「チッ…一人で涼しい顔しやがっ…
ん!?」
「どうかしたか、バギー…彼女の言うとおり、あまり騒ぐと体力の消費が早まるだけだガネ…」
「おい、ちょっと待て。よく見てみりゃァさっきからこの飢餓地獄で汗一つかいてねェが、お前の体は一体どんな構造になってやがんだ!」
「チッ」
その言葉に、先頭を歩いていた麦わらと最後尾のMr,3も足を止めた。くそ、案外早くそこに目を付けたな。麦わらとは比べるべくもないけれど、この二人も意外とアホだからひょっとしたら気付かないかもと思ってたのに。
「ほんとだ、お前汗かいてねェな」
「そういえばさっきから…暑いの一言さえ聞いた覚えがないガネ」
言わないつもりだったが、この際仕方ない。
「話してなかったけど、私は『エアエアの実』のエアコン人間。
戦闘能力は大したことないけど、その代わりどんな暑さも寒さも関係ないの。air conditionerの名の通り、やろうと思えば春の陽気も秋の涼風もお手のものってわけ」
あーあ。案の定みんな表情が変わった。
「へー、いいなーそれ」
「ば、バカ野郎そんな便利な能力あんならフロア来た時点で言えよてめェこのスットンキョーが!」
「最後まで聞きなさいよ! あのねえ、私が無意識レベルで温度調節できるのはせいぜい体を中心に半径50cm程度。その範囲を広げるのは体力削るの!」
「つまり疲れるからやりたくねェって話じゃねえかよ!」
「 そ れ が ど う し た ァ ! 」
麦わらは羨ましげに見ているだけだがバギーはやっぱりそうもいかず、なんというか、予想したとおりの怒鳴り合いになった。
こうなると思うから言わなかったのに。
「てめえは平気かもしれねえが、おれ達はここにいるだけでダメージ来んだぞ! 人の心ってもんがねェのかてめえには!」
「あんた達には言われたくないねこの小物コンビ!」
「なんだてめこの冷血女! Mr,3なんか見ろほら、気の毒に溶けかけちまっ…あれ?」
「え?」
言い争いに意識を取られていたが、気付いたらMr,3がいない。
「どこ行っ、うわあ!」
ふと気を抜いた一瞬を狙い澄ましたように、背後から誰かに抱きつかれ…いや、状況上は組み付かれたと言うべきか。
「ほ、本当だ周りだけ涼しい……生き返るガネ…」
「なにすんの離せすりつくなむさ苦しい」
「範囲を広げるのがいやなら、私が君に近寄れば問題あるまい」
「ご存じないですか、セクハラっつうのよこういうのは」
「いいじゃないカネちょっとぐらい…ああ涼しい天国のようだ」
「いいわけないでしょうが! 訴えて勝つわよ!」
「心の狭い女だな君!」
「許可もなく妙齢の女に抱きついておいてその言い草はよっぽど殺されたいみたいねあんた!」
「まあまあまあ落ち着けよお前ら」
「あああほんともうこの男ども……ん? ちょっと、Mr,3」
「どうかしたカネ?」
「うん、他意はないんだろうね。分かってる。だけど今一度自分がどこを掴んでるのかよく確認してみたほうがいいんじゃないかな」
「………………………い、いやなんというかその、確かにこう非常に柔らかくて離しがたい感触ではあるが別に私はやましいことを考えてやったわけでは「それはわかったから 喋 る 間 に 手 を 離 せ ェ !」
Mr,3は5メートルほど宙を飛んだ。
「なァ、べつにそんな怒んなくてもいいんじゃねェか?」
「一応言っておくけどね麦わら、胸わし掴まれて怒らなかったらそれは女じゃない」
「ふーん」
だから鼻をほじりながら返事するな。気が抜けるから。
今のは自画自賛してもいいほど鮮やかに決まった背負い投げだったが、いくらなんでもちょっと悪いことをしてしまったかもしれない。どう見ても顔面から落ちたぞあれ。
大丈夫だろうか。
「どうよ、服の上であれなら相当あんだろ」 「そうだな、掴んだ感じあのボリュームなら最低でもFはあると見たガネ」 「うお、たまんねェなおい! 相棒てめェ巧いことやりやがって!」 「それにしても、サイズの割にあの弾力は反則だった」 「マジかよ。そりゃ一回お願いしてえもんだ」 「私もそうは思うが、今度やったら殺されかねん」 「二人掛かりで頼み込めば絆されてくれねえかな」 「それはわからん…ただ怒らせたら有無を言わせず投げ飛ばされるだろうな。能力が戦闘に向かん分だけ、今の体技のキレは半端じゃなかったガネ」 「チッ、可愛げのねェ女だぜ」 「…ここに投獄されている時点で可愛げは期待せん方がいいと思うが」 「そりゃそうだ。お前頭いいな」 「いい加減に声を潜めんと聞こえるぞ」
「………。」
丸聞こえである。
さすがに問答無用の投げ技は申し訳ないと思ったが、ここまで元気ならわざわざ詫びに温度調整する必要性もなさそうだ。
放っておこう。