「ほらこれっ、見て見て、ホームラン王!」
「あーっ!」
言われて初めて気付いた。
お菓子を届けに城内に入ってしばし。サブロー君は今日の上納品に手をつけるより先に、それはいいからこっち来てと私をむりやり促した。何事かと思ったのだが、連れて行かれた先では黒人さんがひとり、でかい体を窮屈そうに折り曲げてお掃除に勤しんでいた。
ぱっと見た時には、そういえば(日本史上の)信長という人は黒人の家来を使っていたなんて記述があったなーとのんびり思い出していたものの、よくよく注視したらその人は五年連続HR王…親日家としても有名な西武のヤング選手であった。
なんでも彼もタイムスリップ仲間で、行くあてがないようだから織田家で雇うことにしたのだとか。
とりあえず名乗る。
「どうも初めまして、ヤング選手。大体日本語はお分かりですよね。元平成人で、今は織田家で職人をやってます。洋菓子屋よりパティシエールの方が通りはいいかな」
「コンニチハ…あっ、ワタシのこと知ってるんデスか?」
めっちゃ有名人じゃないですか。
こっちでの知名度はないけど。早くも他の小姓にお仕事を押しつけられているようだけど…まあ彼はとても楽しそうだからいいか。
「野球かあ、なつかしいな…試合よく見てました、確かバラエティなんかにも時々出てましたよね」
「ハイ!」
「こないだ松永さんは知らねーよって言っててさ、誰かに見せたかったんだよね」
「あー、言いそう」
あの人スポーツになんてハナクソほども興味なさそうだしなあ。
「マツナガさん…あの怖いヤクザさんですね」
「そうそう、あのデビルマンみたいな眉毛したおじさん」
「ブラックジャックみたいな傷もあるよね」
「なんだなんだ、お前ェら揃いも揃って人様の陰口利きやがって、ブッ殺されてえのか。あァ?」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
相変わらずどかどかと横柄に、本人が来た。
「よー信長、あと菓子屋。久しぶりじゃねえか」
「また来た…」
「おうよ。いらっしゃいませはどうしたよサービス悪ィな」
「え、っていうか松永さんってお客なの?」
この人は基本アポなしで自分の行きたいところをふらふらしているらしい。いつも突然押し掛けて来るし、基本的に菓子屋になんか興味がない(本人談)ので、岐阜に来たからと言っても会う時も会わない時もある。少なくとも私はわりと久しぶりだ。
うちの使用人は女の子が多いので、お店に来ないならそのほうがありがたい。目のあたりにしたらみんな怯える。
織田家中の皆さんにしても、この人の好感度はグラフにすればもう地に突き刺さり突き抜いているため歓迎には当たらな…
「!」
私は思わず部屋から飛び出して周囲を改めた。
(他の人にこの軽い口調を聞かれるのはよくない! 松永さんやヤングさんならともかくサブロー君はだめだ!)
「他のヤツならいねーよ」
「えっ」
松永さんはつまらなさそうに言った。
「案内するってェの、こうるせえから断ったんだがよォ。あの女顔相変わらず表情も変えやがらねえのな」
「よ、よかった…」
「久ちゃんならよっぽど言わなきゃ怒りませんよ。でもあんま煽んないでよー」
「あ…“キューチャン”さん、あの優しいハンサムな人デスネ」
「そうだけどヤングさん、堀さんは普段人当たりいいけど本気になるとめっちゃくちゃ強くて怖いですよ」
「エエッ!」
鎧武者の闘法、介者剣術の使い手だったような記憶がある。確か漫画知識。
まあ本当のところはいくさに出たことないからよく知らない。ただ、やはり堀さんもあんなきれいな顔をしているが、一度戦場に出ればまるで物のように人を斬るということは確定している。
「やっぱり…あのヒトだけじゃなくて、みんなイクサするんですね」
「うん」
「するよ」
「当たり前ェだろバカ」
三者にあっさり斬られてヤングさんは半泣きになった。
「コワイ…」
「ま、まあまあ、これでも食べて…リクエストの分が急遽出来上がったから持ってきたんでみんなでどうぞ。今回はお菓子じゃないけど、現代食なんて久しぶりでしょ」
重箱を開けて中を見せると、さすがに全員からオオッと歓声が上がる。そうだろうそうだろう。褒めていいよ。
「満を持してローストビーフ!」
天火窯すなわちオーブンさんマジ八面六臂。
「あ、ソースもちゃんとあるよ。こっちね」
「なんだお前ェこんなの作れるんなら早く言えよ!」
「うわーパンもついてる、すごい! どうやったのこれ!」
「これナンだよ。パンはまだ酵母作れてないからもうちょっとだけど、挟んで食べる分にはまあまあかなって」
「スゴイ…ママが作ってくれたのを思い出しマス、グレイビーソース…!」
ソースについては肉汁とたまり醤油と小麦粉を少し、あと貰い物のワインもちょっと加えてある。なかなかいい出来になった。
「たんとお食べ」
まだ食欲が落ちる年でもない男三人、しかも肉料理に飢えた平成メンバーはガツガツと一心不乱にローストビーフサンドを頬張り出した。たぶん私の分は残らない。
それは構想二日、牛の解体をやってくれる人材を捜すのに十日、焼き具合を模索して三日と、完成までにわりと時間を要した一品で…いや、そんなくだらないことはいいか。たっぷりお食べください。ここまで食いっぷりがいいと出した側はすごく嬉しいです。
「んー! うん、うま! マジうまっ!」
「こりゃうめえな、酒欲しいぞおい!」
「ほっぺたが落ちそうデス…」
…でも日本人二人が日本語のコメントの質で負けてるって、これどうなの?
* * *
「そういやお前こないだ言ったけどよォ、比叡山延暦寺や石山本願寺、あいつらどうする気なんだよ。ほっとくとマジで面倒臭ェぞあのクソ坊主ども」
「うーん、なんでだろ、お坊さん達俺のこと嫌いなんですよね」
「お坊さん…神父さんや牧師さんみたいな感じデスね」
「そうそう。まあでも今の場合だと松永さんも言った通り、治外法権をいいことにやりたい放題やってるクソ坊主の群よ。生臭食うし人も殺すし」
「エッ」
「まあね、どうにかしなきゃなーって思ってるんですよ俺も」
「煮え切らねえ、もう潰しちまえよ! 今更仏罰もクソもねえだろ」
「それしかないかなー、お坊さん達の間の好感度とかもうゼロだしなー」
おっ、そろそろ来る頃合いか、比叡山炎上。
「ならちょっとお願いがあるんだけど」
「んー?」
「もし比叡山を攻めるって本決まりになったら、私もこっそり連れてって欲しいんだよね。あそこは本堂の奥にいいものがあるらしいから取りに行きたくて」
男三人はさすがに難色を示した。ヤングさんに至っては黒いにも関わらずすぐわかる程度に蒼白になった。
「お前バカか? 遠足じゃねえんだぞ」
「お、女の子はイクサなんて行っちゃだめデス!」
「俺はいいけど、危ないよ? 欲しいってなんなの?」
「この時代では酪って呼ばれてる。…すなわち、日本史的にはないと思われてるはずの、ヨーグルトの種!」
「えっうそ、そんなのあるの?」
一日も早く読み書きを可能にするために、空いた時間には片っ端から本を読むことにしている。
愛読書は主にお城から(目の前の城主の権限で)借りた料理や薬学のレシピだ。まだ微妙に意味がわからないから“読む”よりは“眺める”のほうが意味は近いとしても、話す方はできるのだから進み具合はまあまあで、最近は少しだけ意味がわかるようになった。
……横山城の秀長さんから定期的にラブレターが届くんだが、そろそろ読み書きできないという言い訳が通じなくなりそうでそれだけが心配だ。
「私も驚いたけどね、年頭のご挨拶に竹中半兵衛さんも来たじゃない?」
「うん、いたね」
「その時に意味のわからなかったとこ聞いたの、これはなんですかって。さすが博識だよね、明から渡ってきた整腸剤で、位の高いお坊さんの食べるステータス的なものとして種が育てられてるんだって教えてくれて。そこからぴんときた」
「へえ…知らなかった、ヨーグルトかあ」
「そう。ないなら諦めるけどあるならやっぱ欲しいからね! 僧侶の最高峰なら延暦寺にはあるでしょ」
いくさに関わる気はなかったけど、自分の欲しいものを人任せにするのもどうかと思うし、任せたとしてもヨーグルトを知らないこの時代の人には正直訳のわからんお願いだろうし。
それに無関係のところを襲ってぶんどるならかなりアレだが、比叡山なら歴史上どうせ焼けるのだ。火事場泥棒もやぶさかではない。
「おいおい、意外に根性あんじゃねえか。欲しいから戦ついでに盗りに行くってか、カタギの発想じゃねえぞ?」
「ありがとう、うれしくないけど」
「で、でもそんなコワイの、バチ当たりマス…」
「当たらないって、松永さんなんて奈良の仏像焼いたけどこんなに図々しく生きてんだから。祟りならまずこのおじさんに行かなきゃおかしいでしょうが」
「えー…」
「おう! ありゃ傑作だったぞ、三好三人衆の連中まさか焼かれると思ってなかったんだろうな、面白ぇツラしやがってよォ!」
あの面だけで向こう三年は肴になると、松永さんはゲラゲラ笑った。
確か延暦寺や本願寺の教えでは“善人は放っておいても極楽に行けるのだから、自分達は悪人を救うことこそが使命である”とかなんとか。
理屈としては立派だしわからなくもない。
だが、良心というものを持たない本物の悪党には適応されないのだから最大に破綻している。だってこの人にそんな教えを説いてみろ、じゃあ救ってみやがれとか言いながら例の不滅の法灯に小便でも引っかけそうなもんだ。
「ねー、本決まりっぽい流れになってるけど、責任者がまだやるって言ってないんですけどー!」
「あっごめん、一旦なかったことにしといて。でも今のまま宗教勢力をのさばらせておく訳にもいかないだろうし、やることになったらって話でよろしく」
「なんだよ、一緒に楽しい大悪党やろうぜ? 信長よォ?」
「やだ。俺好感度そこそこ大事ですからー」
なお、諸外国では道徳は信仰と共に学ぶものだそうだ。
外国でうっかり中二ごころを起こして無神論者なんて名乗ったら殺されるというが、要は無神論者=無法者と捉えられるくらい重いものなのだ。
まあ日本人が宗教についてかくも無頓着に見えるのは、古来から日常の一部になるほど身近に神や精霊の存在を浸透させてきたからであるが、やっぱり外人さんにこの会話は刺激が強すぎたんだろう。
「日本人…男の人も女の人もコワイ…」
ヤングさんが完全に尻尾を巻いた。
本来ヤング君が松永さんに会うのは炎上後なんですが、すみません、素で間違えました。多少のオリジナル展開ということでご勘弁ください。
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