「殿、例の窯の具合はいかがで?」 「ええ、焼き上がりを見ないことにはなんとも言えませぬが、手応えはございますね。殿は焼いた菓子がお気に入りですゆえ、これでもっとお気に召すものを作らなくては」 「しかしすごい熱気ですな」 「諸外国ではオーブンと呼ばれております」 「おうぶん…いやあ、焼き物用のものは日の本にもありまするが、菓子に使うなど聞いたことがありませぬな」 「でしょうねえ」 お店の裏手に作ってもらった天火窯…オーブンを前に、私はたいへん満足して麦粉のクッキーの焼き上がりを待っている。いやまったく、持つべきものは大金持ちのスポンサーだ。 しかもサブロー君はさすが知識が現代人だ。「ああそっか、お菓子にはオーブンいるよね。いいよー作っても」などと二つ返事で了承してくれたので、それをいいことに思いっきり資金をせびって作ってもらった。 …その分もっと稼いでお城にアガリを納めるからいいのだ。 こちらの職人さんには多大な無茶ブリをかまして申し訳なかったが、やはり焼き菓子を作るならオーブンは欲しい。なにせ今までだとちまきのように笹の葉にくるんで蒸すとか茹でるとか、本格的な設備が望めない分工夫工夫でやるしかなかった。 このクッキーがうまく焼けるようなら城内の皆さんに振る舞ってみて、評判次第では(ちょっとお高くなるが)量を増やして一般販売することも可能になる。 はったい粉はきな粉に似た香ばしい風味があって、汎用性こそ小麦粉に及ばないものの、これが慣れれば結構おいしい。 現代で言うなら、料理自慢のアマチュアが○ックパッ○に投稿するヘルシー志向料理ぐらいのものはできたと思うのだが。 あとは焼き上がり次第。 * * * 「まあ…おいしゅうございますね、殿」 「ほんとだ、これほろほろクッキーじゃん。久しぶりに食べた」 いや、だから…まあもういいか。意味のわからん横文字は皆さんスルーしてるようだし。 「麦粉ときな粉を一定の割合で混ぜ、かすていらと同じ水飴を用いますことで、口当たりの善い、もろい食感を出すことに成功いたしました」 「確かに、後に甘味だけを残して口の中でするりと溶ける、儚き菓子じゃのう…おは本当に善き腕じゃ」 「有り難きお言葉にござりまする、奥方様」 正直私がお仕事に励むのはサブロー君だけじゃなくて、彼のお嫁さんに誉めてもらいたい気持ちもわりと強い。 彼女もなかなか不思議な人だ。帰蝶様を見ていると性別とかは一旦置いておいて、ただこのかわいい人を喜ばせたいと…この花も恥じらう微笑みをもう一度向けられたいと願ってしまう、なんとも独特の空気がある。いいなあサブロー君。 「そうそう、これさあ、今度お茶会で出していい?」 「こっ、れを…で、ございますか?」 一瞬言葉が飛びかけた。何言う気だ。 「いや、最近うちいろいろ大変じゃん? だから気晴らしに、うちの家中の色んな人達で大規模なお茶会やることになったんだよね。和菓子もおいしいけど、きなこ入ってるからこれも合うんじゃないかなって」 いいのかそれ。 というのも、次の茶会の話なら聞いたことがある。 もちろん現代のカフェみたいな感じではなくビジネスシーンだ。普段遠方にいるような家臣の皆さんもできるだけ集めて、茶器コレクションを大々的に自慢するためのものである。 うろ覚えの現代知識ながら、(日本史上の)信長という人はお茶を嗜むにあたっても派手を好み、潤沢な資金で名器と呼ばれる茶道具を蒐集したという。また、目立つ武辺ぶりを見せた家臣には高価な茶器を取らせることがあり、それは時として一国を治める権利にも勝る誉れであったとか。 何遍も言ってくどいようだが立派な権力闘争の場だ。 ……かくも重要な場にこの砂団子みたいなクッキーを出すと言ってくれたのだこの子は。 いや、サブロー君の事だから合うだろうと思ってくれているのはわかってる。自分で言うのもなんだが、このクッキーはちょっと水分が足りなかったからお茶と一緒に食べたらたぶんもっとおいしい。 だが茶会に供するものとなれば、当然だが普段使いのお菓子とはまた全然違うお上品なものであるべきだろう。和菓子のことはよく知らないけど。 「いえその、生憎まだ試作品で「それは素敵でございますね。のう、お」 やばい。帰蝶様めっちゃ乗り気。 「そなたの作る菓子が共にあれば、茶会の時間がもっと楽しゅうなると思う。いけないか?」 「や、やらせていただきまする、もちろん」 「よかった…楽しみにしておる」 「それどころか奥方様の命とあれば、より美味なるものを開発して持って参りまする。どうかお楽しみくださりませ」 負けた。しかもいいとこ見せたくてかなりいらないことを言った。 でもかわいい無罪。 |