「調子どう?」
「売り上げめちゃくちゃ上がった!」
第一声から銭の話で大変生臭いが、本当に儲かったので少し調子に乗らせてほしい。さすが金持ちの織田家、後ろ盾になってもらうと超強い。
峠を抜ける途中で信長ことサブロー君の狙撃事件が起こり、一時は騒然となったものの、銃弾は幸い彼のマントに風穴を空けただけに留まって…(肝は冷えたが)ともかく無事に京から岐阜に帰ることに成功して少し経つ。
私の立場は信長様ご贔屓の菓子職人ということに落ち着き、岐阜城下の小さな店舗と大量の出資金をもらえた。もうお城に足向けて寝られない。
更にそれのみならず「スポンサー様からお代は取らないからこまめに食べに来てね!」と約束を取り付けた甲斐あって、律儀な彼は暇ができるたび奥さんを伴ってカフェデートに来る。その光景が“あの”信長様の愛好する店という噂を確固たる事実とし、一見のお客も、またお殿様を一目見るべく物見高いリピーターもばんばん来るというわけだ。商売人の夢のようなサイクル。人の多いことで有名な尾張だけある。
なお、お城に呼ばれて菓子を作らせていただいたことも数回。最近は家臣の皆さんも使いを寄越してお買い求めくださる。ありがたいことである。
さすがに名前と顔が残るのでやめておくとして、本当は養鶏場やバター工場ほしい。安定した供給源作りたい。
…なおサブロー君には内緒だ。不思議と肚が読めない人だが、言ったら「じゃ作ろうか」とか即決されそうだ。
まあ私が持ち込んだ菓子のレシピもこの時代にあるまじき知識だろうけれど、どれほど詳細に記録されたとしても、食べ物は胃の腑に入れば消えるのでノーカンだと思っている。
進んで歴史を改竄するつもりはなくとも、そうなる可能性を恐れて行動に制限をかけすぎて飢えたらただのバカだ。臨機応変に対応していきたい。
「で、これ今回の新作ね。パウンドもどき」
「やったケーキだ!」
「パウンドケーキなら王道のラムレーズン入れて生クリームも添えたいな、葡萄はあるから何とかならないかなー…ま、そこまで贅沢は言わないけど、細かい改良したらその都度持ってくるよ」
「うん、おいしいおいしい」
……味見をしてくれるのはありがたいんだが、未だまずいと言われたことがないのはかえって不安感がある。彼はモニターとして適切なのだろうか。何食わせてもうまいって言うんじゃないのか。
「モグモグ売れモグるよこれモグモグ」
「…ありがとう」
まあいいか。
天下布武を掲げる戦国大名であり、我らが強大なスポンサー様であり、またこちらに来て初めて出会った同郷人でもある。そして何よりも。
サブロー君は私の友達だ。
会ってからほぼ食べ物の話しかしてないけど。
「でもこっち来てから聞いたことないけど、小麦粉とかってあるの?」
「ないよ。正確に言うと現代ほど普及してない」
ついでに言うと現代日本のさしすせそ調味料も二つがない。流通しているのは塩と味噌と酢ぐらいで、再三言うとおり砂糖はバカ高いし、醤油はそもそも作られていない。
意外なものがある反面、普通にあると思っていたものがないとなれば、平成で馴染んでいたものをひとつ作るにも一進一退である。
「しょうがないから…あ、これこないだ報告したけどさ、経費で挽き臼を特注したんだよ。そのへんに流通してる大麦を粉にして代用してる。小麦粉は白いけど大麦だと…ハッタイ粉って言うんだってね、茶色くなっちゃうのがなんかなあ」
「へー…あっこれクルミ入ってる」
「それね! 見つけた時から絶対入れようと思ってたんだ」
基本的な材料も穴だらけな上、菓子に混ぜ込めるものもそれほど多くないので毎回頭を捻りながらレシピを考案している。今度は大麦粉の焼き菓子にして、挽き臼で抹茶パウダーを作って混ぜて、粒餡を添えるのもいいだろう。
…難点はもうそろそろ洋菓子屋と名乗れなくなることだ。
「提案なんだけどさあ」
「うん?」
「ポテチとかどう?」
「うーん…この時代はジャガイモがないから里芋や山芋なんだよなあ…」
「やっぱダメかー…あ、ごぼうチップスとかならできそうじゃない」
「え…うん、考えてみるね…」
もし作ったらその時こそ私は本当に洋菓子屋の看板を降ろす。何が悲しくてごぼうチップス…
いや、おいしいと思うけど…ごぼう…。
* * *
「そうだ、あのさ、悪いけど今から大人数分のお菓子って作れる?」
「今から? そうだな…クッキー的なやつと、塩味の軽めのお煎餅みたいなのだったらすぐできるよ。何すんの?」
「お祭り行こう」
「京都行こうみたいな調子でよくわからんこと宣言しないでくれる」
ええと、彼が言うところによれば、明日の夜尾張で開かれる“宵祭”に行く人を集めているので、せっかくだからお酒の肴とお菓子を用意して盛大にやろうということだ。
要点はそれだけだが、この子はどうも行動力の割に言葉が少なめというか、自分の中でやることをまとめてから結論だけを投げ渡してくるというか…まあとにかく単純そうに見えて割と肚が読めないタイプだ。
こんな人が仏教の総本山を焼き討ちにするのかと最初は疑問だったが、今となってはあっさりやりそうでぞっとする。
それによって死ぬもの、行き場を無くすもの、怪我を負うもの、幾多の恨みの念を自らの腹ひとつに納めて…きっとその時にも泰然としているように思うのだ。
今、祭りの話をするのと同じような顔をして。
「ん?」
「いや、なんでも。じゃあちょっと店に戻って、できるだけの量を作ってくるよ」
「うん、急でごめん。がんばってね」
だけど、それだからこそ。
彼が元々戦のない世の、たかだか高一の少年だったことを。本来なら縁がなかったはずの人命の重みを、その身ひとつで支えていることを。
せめて同郷人の私だけは忘れぬように、そしてできる限り彼の支えになるようにしてやりたい。
「あ、せっかくお祭りだし、なんかちょっとぐらいなら無茶ブリしていいよ」
「ほんと? じゃあ暑いからアイス食べたい!」
「無茶にも限度があるわ!」
なんでもとは言ってない。
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