私は破壊神である。本名はどうでもいい。
響きからして名前にも職業にも不向きだろうけど、なってしまって実際そう呼ばれているのだからしかたない。呼び出した当人が言うには破壊神さまじゃなきゃダメ、だそうだから。
まあ言われて悪い気はしないので、妙に口達者な魔王に言われるがまま土を掘って魔物を生み出して、次から次にダンジョンを「攻略」しに来る勇者たちをボコり倒して、また魔物の補給に土を掘る。以下繰り返し。
やってることは実にシンプルだが、実のところダンジョン構築は結構頭脳労働だ。
養分と魔分の扱いに始まって、食物連鎖や進化系統の法則。各勇者たちと魔物との相性。魔法陣から作る補助系の魔物の使い方。他にも覚えるべき知識や掘りテクニックは山ほどあるし、勇者が魔王を捕まえて連れ帰る僅かな間に早掘りを駆使してできる限り魔物を作り出さなければいけない…なんて場面もざらだ。
ちなみにそこまでやって、給料はない。
魔王は褒めてくれるけど。
   
「本気でぶっちゃけると、シャスカさんと組んだ方が自由度高い気がする」
忌憚ない意見を述べたら、珍しく後ろ向きだった魔王が輪をかけてベッコベコにへこんだ。
「破壊神さま…そりゃ魔王もちょっと無体なこと言ってるなーと自覚はありましたが、だからってそんな! 私たち、世界征服のためにここまでがんばってきたじゃないですか! それを今更あんな勇者になんかなびくなんて!」
「なびくとは言ってない、自由に動きたいんだったらその方が都合がいいって言っただけよ」
「…ツルハシ…コトバ足らずな上にハショり下手とか最悪なんだ。伝えるべきこと言わないでどうでもいいことばっかり口に出すからヘンになるんだ」
魔界の王は泣き崩れかけで、ムスメの言葉の方が的を得ている不思議。
「でもツルハシの気持ちもわからないじゃないんだ」
「ムスメ!?」
ぎょっとする父親をよそに、手の中のロッドを振りながらムスメは尚もまくしたてた。
「普段はパパやアタシやせいぜい魔物ぐらいにしか認識されてないツルハシだから、俺について来いみたいに、こう…認められてます系の強引な言葉掛けられたら、ぐらっときちゃうのもトーゼン。今まで『破壊神』に喋りかけてくる勇者なんかいなかったから尚更なんだ!」
「鋭い!」
さすがカリスマ魔女子志望。
でも、つい打ってしまった相槌で魔王がますますへこんだ。
「…ホントですか、破壊神さま…」
「まあね。ああいう強引なタイプ弱いんだよねー私」
   
シャスカさんは何回めかの探索時なぜか私に目をつけ、自分の同志になれと(魔王が言うには)たらし込みにかかってきた勇者だ。
肩書きは勇者でも、タル爆弾とか使うからひょっとしたら単なるハンターなのかもしれない。詳しいことは知らない。
余談だが、なかなか男前だ。
(帽子とマントの中に変装道具を隠しているようで、一度は水路いっぱいにひしめいたMCタートル部隊をくぐり抜けて魔王を捕まえたこともある。ちなみにその後魔王に変装スキルを解かれて、カメ達のハンマー集中放火を食らい力尽きた)
それが今回、いい加減自分の同志になれとせっついてきたわけである。
   
「でも本人にも言ってあるけど、私は魔王に呼び出されたんだから魔王軍につくよ」
「ホントですか?」
信用ないなあ。なんだその横目は。
「本当だってば。そもそも何でこんなめんどくさいことやってるかっていったら」
「「言ったら?」」
………。
「教えない」
「なんですかそれ!」
「勿体つけるななんだ!」
「まあいいじゃない、世界制服するまでは当分どこにも行かないからさ」
「話そらさないで教えてくださいよ!」
「いや」
   
(それ以上に魔王やムスメや魔物達が好きだから。だとか)
正直に言ったらこの魔王は絶対調子に乗るから、肝心なとこはぼかす。文脈読んだら答えは見えるけど。
   
「さ、もうすぐ来るからサポート系の魔物増やしておくか」
   
   
* * *
   
   
「どうしても私についてくる気はないか」
「度々誘ってもらえて光栄だけど、気持ちだけ受け取っておくよ」
「なぜあの魔王に忠義を立てる。こんな辺境の薄暗い地下で土にまみれてダンジョンを掘るのでは、その腕が報われまい」
「嬉しいこと言ってくれるね。呼び出された直後だったら揺らいだかもしれないけど」
「会う時期が悪かったか」
「忠義どころか本当にしょうがないやつでさ。破壊神さましか頼れないんですって会ったばかりの人間に泣きつくもんだから、放っておけなくって。色々あったしケンカも多いけど、今となったらあのへたれ魔王のために世界を穫ってやってもいいかなって。
 それと…」
「なんだ」
「土まみれでダンジョン掘るの好きなのよ」
それを聞いたシャスカさんは、実に楽しげに笑声をあげた。
「そうか、それなら諦めよう。今度会うのは数時間後のダンジョンだ」
「ありがと。…まあ殺し合いだけどね」
「私が勇者でお前が破壊神である以上、避けられはしないのだろうな」
二つの塔はもう手に入れているし、魔王が復活した勢いでア・ノニマ・スー城も一気に落とすつもりだ。ここまで来た以上失敗はできない。
「なんでも、王は私達のみならずその後におそろしく強い勇者を雇い入れたそうだ。ここで負けるようでは神の名がすたるぞ」
「勇者のくせにそんなこと言っちゃっていいの?」
「お前の言動こそどうかと思うがな、破壊神」
   
相容れない立場とはいえ、この人と殺し合いをするのはやっぱりちょっと惜しい。
世が世なら、私たちはきっと友達になれた。