帰りたい。
いや、元の時代ではなく忍術学園に。


「なんで私がこんな格好をせにゃならんのですか」
「まあ、いけませんよ。今のわたしたちは夫婦なんですから、敬語だと不自然じゃないですか、あなた」
「これでもずいぶん男の仕草でがんばってるんで、このぐらいは勘弁してもらえますか。それに敬語なら男の口調を使わんでも、ある程度までは誤魔化せるはずです」
「しかたありませんねえ…」
もう、照れ屋さんなんだから、と頬をつつかれて思わず全身から血の気が引いた。
「じゃあせめて、私だけでも敬語を崩すことにするわね?」
「…お願いします」
それならそれで、いかにも姉さん女房だから少しは不自然さも消えると思う。焼け石に水だけど。


しかしなんの因果で私は山田先生と夫婦役…それもわざわざ女装と男装で潜入に当たらなくちゃいけないのだろうか。これは宿題福袋の時みたいなバツゲームじゃないのか。私なにか悪いことしましたっけ学園長。
そういえば結構した。
「どれだ…庵の掛け軸破いてセロテープで修繕したことか。それとも隠してあった饅頭盗み出して、手伝いのお礼にって生徒達に振る舞ったことか。でなけりゃ盆栽棚から落として割っちゃった挙げ句、誰も近寄らない第4演習場に隠したことか…」
「どうかしたの?」
「なんでもありません。ところで山…ゲフンゲフン、伝子さん」
「なあに?」
「なんで私は男装しなけりゃならなかったんです」
「それはもちろん、忍者でなくても忍術学園の事務員たるもの、敵の目を欺くために変装のひとつやふたつは覚悟しなくちゃいけないわ。異性に化ければ効果もひとしおよ」
「そっちが女装する必要性はあったんですか」
「目的のお店は小間物屋なんだから、男が二人で行ったら怪しまれるじゃないの」
「はあ…(山田先生の女装以上に怪しいものがあるとは思えませんけど)」
女一人じゃいけないんですか。
そう聞きたくなったが寸でのところで舌を噛んで耐えた。いけないんだろう。たぶん。
覚えたての男装術をどこかの素人で試したかったくのいち教室と女装癖のある山田先生とで、利害が一致した結果のように思えてならない。女装さえしなけりゃダンディーなのにこの人。
「まあそれはそうと。要はあの小間物屋が怪しいわけですね。くのいち教室の話によれば、どこかの忍者のベースキャンプになっている可能性が高いとか」
「ええ。だから夫婦で仲睦まじく買い物するふりをして、店員や客の言動、店内の様子…商品の出入りを探るの」
「………。」
「うふふ、緊張しなくても大丈夫よ? あなたは(任務が)初めてなんだから、私にまかせてくれればいいの。ちゃんとリードしてあげるからね」
…いいえ。ケフィアです。もとい、違います。
伝子さんと夫婦役で仲睦まじく買い物ができるかどうか不安だったことももちろんありますが、周りにカップルや夫婦だと思われる事実が考えた以上に大ダメージだったんです。
言えませんけどね。私はチキン野郎です。

なにも言っわないでちょーだい、っと。


* * *


「案の定クロ…ヤケアトツムタケですか。しかしどうします? 私は偵察としか聞いてませんが、まだ何かやることがあるなら…」
「そうね…もうすぐ学園から増援が来る手筈になっているから、待っていましょ。その後のことは私たちがやるから、あなたはここにいてくれればいいわ」
まあ、そうなるだろう。もともと私は目眩ましのためについて来た身で、戦いになったら足手纏い以外のなんでもない。おとなしくここで隠れているか、でなくば上級生か先生か知らないが…増援が来たときの中継点になるか、それくらいが関の山だ。
「無理はしないでおきます」
「ええ、それがいいわ。私たちは大丈夫だから、あなたは自分の身の安全を最優先なさって」
「はあ…あの、その口調とあなた呼び、そろそろよしていただけません…?」
「どうして?」
緊迫感が台無しだ。…いや、そんなもん先生の女装の時点でないも同然だったけど。お客さんや店の人がすごい顔で見てたけど。ちくしょうこっちみんな。
「いえ、やっぱりいいです…あのう、私のほうはもう男装やめていいですか。仕草や歩き方を変えるって案外疲れちゃって」
「しょうがないわねえ。
 まあ増援も来たことだし、そろそろいいんじゃないかしら」
「え?」
怪訝に思うより先に、背後で暗い声がした。
「お疲れ様です」
「あ、斜堂先、s
 ……………………。」
「…今の私の呼び名は、影子さんだそうです…」




……………。




「あら、すごい顔で固まっちゃったわ…なんでかしら、せっかく両手に花のハーレムなのに」
「…無理もないと思うのですが」




先生。
頭痛いんで早退していいですか。