「お疲れ様でした。あなた方は出来るかぎり速やかに家へ送り届ける手筈になっていますから、どうぞ基地内では楽になさってください」
取るものもとりあえず飛行船を日本支部に停泊させた慌しい空気の中で、民間人一行の前に現れた女はそう言った。
「お待たせしてしまって本当にすみません。なにぶんこの場合、テロリストの身柄の確保が最優先事項でして」
「あ、いやーおかまいなく。ハイ」
「お若いのに大変ですねー」
「いえいえそんな、好きで入った職場ですから」
「まあー、でもそれにしたって立派じゃない。世界平和を守ってるんでしょ?」
「…ハハ…その言い方はちょっと御幣が…」
バレルが聞き耳を立てると、なにやらえらく普通の会話である。女という生き物は世界中どこでどんな状況だろうと普通の会話が出来るものであるらしい。ノーボーダーは国境でなく、おそらく女だろう。彼は強くそう思った。
(…ったく、それにしてもうるせえな。どんな女だよ)
顔を見てやろうと振り返ったバレルは、唖然とした。
「……お、い?」
「はは……久し振り、バレル」
彼女はバレルと視線を合わせ、ゆっくりと…けれど少し気まずげに口の端を上げた。
「え…いや、…だから、なんだよこれ。
どうしてこんなとこにいるんだ! お前がよ!」
「会いに来ちゃった」
「来ちゃったーじゃねえだろ! おまっ、なんでSMLの…」
「だから。あなたが世界征服なんてろくでもないことを企んでるようだったから。止めに来たの」
「だからってなんで俺の敵に回って来る必要があんだよ!」
「だってそれが一番手っ取り早かったんだもの!」
「ほうほう、盛大な痴話ゲンカですなー。足の短いおじさん」
「うっせえ! 黙ってやがれジャガイモ小僧! それから俺はおじさんじゃねえ、お兄さんだ!」
「ちょっと、うちの子になんてこと言うのよこの短足!」
「短足っつったな殺すぞこの「いい加減にちょっと黙れお前ら! 民間人を巻き込んでないで、痴話喧嘩はよそでやれ!」
「だから痴話喧嘩じゃねえよ!」
結局バレルが再び彼女と会えたのは、重罪人用の特別拘束室に入ってからのことだった。