何をどのようにしてこんなことになったのか、何度自問しても答えは出ない。
弁明させてもらえるならば、私の周囲に男っ気がないわけではない。普段むくつけき男どもの中で仕事をしているのだから、むしろありすぎてむさ苦しいくらいだ。
シャーレアンの賢人たちはまあ覗くとして、神童と呼ばれる美少年、華麗な戦働きと悲壮な過去を併せ持つ美貌の竜騎士。頭脳明晰な革命家。戦況を自在に操るとされるアラミゴ人の猛将に、亡国ドマの凛々しく頼もしい若き当主。
あと故人でなんだが、何度も窮地に手を差し伸べてくれた誠実なイイ騎士も。
今上げたみなさんとはお互いに恋愛感情こそ持っていないが、それはもう魅力的な人ばかりなので、誰にそのような思いを寄せたとして…成就するかふられるかはともかく…決しておかしいことなどあるまい。
それがなんの因果で一番面倒になる人物に惹かれてしまったのか。
種族も年齢も立場もあまりにも厄介で、正直なところ、これだったら何も言わずになかったことにしてしまったほうが賢いだろうと思っているくらいだ。
だが、賢く切り捨てることができないほど、その人には俄に読み切れない不思議な魅力を覚えてやまない。
だから言ってしまった。
「好きなんです」
「は?」
こんなにも渾身の「は?」を今まで聞いたことがない。
いまや少なくともウルダハにおいては頂点の男と呼んで過言ではない、砂蠍衆にして東アルデナード商会長。
ロロリト・ナナリトからの返答は、そのようなものであった。
絶対に立場と武力以外鼻も引っかけられてないやつだこれ。
知ってた。
* * *
強い男も頭のいい男もそりゃ世間様には山ほどいよう。
では彼の人の魅力は何かと聞かれれば、掴むに掴めぬ得体の知れないところだと答えるしかない。事実、キャラバンの荷運びから一代で砂蠍衆トップにまで成り上がった男である。財政界では魔物のようなものだろう。
駆け出しの頃には何度か別人を狙った暗殺や密輸事件に巻き込まれて、名が売れてきたらクリスタルブレイブを巡って冤罪を着せられた。
ウルダハを追われた記憶はいまだ生々しく、アルフィノなどあれからロロリト会長の名が出ると一気に警戒心をマックスに引き上げる。あたりまえの反応だ。好意を持つ方がおかしい。
しかるに、そんな確執も深い英雄がなぜこんなことを言い出したのか…ほんの一言から十の思惑を読み取ってしまえる怖いほど鋭敏な思考でも、さすがに意図は読み切れなかったらしい。
「プライベートな話と言うから、てっきり恨み言かなにかと思えば…」
いつもならマスクに隠されている目が、ランプの明かりの中でじろりと私を伺う。ふんと鼻で笑われた。
ナナモ様との商談を済ませたのち、もう用はないとばかり帰りかけたのをすかさず捕まえたところだ。その視線は何にも遮られず、古代アラグで作られた金貨のようなきれいな金色を晒すままになっているが、冷酷さは温度を持たぬ金貨の比ではない。
蛮神と取っ組み合いの方がまだましな心地だ。思う存分こぶしで語れるシーンのなんという気楽さか。
「あれもなかなか隅に置けんものだ。そんなにも優しかったか?」
「えっ」
どれよ?
「…あの、何の話ですか」
「…付き合いを認めろという話ではないのか」
誰と?
「ハンコックだが」
「は?」
さらに今度は私が、ついぞ発したことのないほど心からの「は?」が出たけど、いやだって、何がどう転がったら私があの人とお付き合いすることに…ちょっと待て。
「……ああー…話が確かに誤解を招く順番でしたが、すみません、そういうことじゃなく…」
「違うのか」
そうだ、私はまず話の枕として、クガネはウルダハ商館での支援についてお礼を言っていたのである。
がっちりと防諜管理のされた会議室の提供から食事の手配に至るまで、それはもうお世話になったので、迷惑料代わりの精算でしかなかろうとも口頭でちゃんとお礼を言うのが大人の態度だと思って。
そこから本題、プライベートなことですと前置きしてからの告白だ。
失敗した。お互いの立場や種族や年齢差、なにより今までの経緯を考えれば、あの言い方で自分のことだとはまさか思わないだろう。ハンコックさんの方がまだしも関わりが深いくらいだということを忘れてた。
「つまり、私があなたを、です」
「……。」
うわ、頭おかしいんじゃないかこいつって顔された。
「適材とはとても言い難いな…暁の血盟はお前にそんな任務を任せるほど人が足りんのか?」
「色仕掛けじゃありませんって!」
私だってどう説明したらいいものか迷っているのだ。そう説いたら呆れたような溜息と、実に「商人らしく」理論的な指摘が投げ返された。
「まさかそれでワシが納得するとでも思っておるのか?
いいか、こちらからしてみれば、なぜお前に好かれるか…何をしてほしいか、何一つわからんのだぞ。人に何かを理解させようと思うなら、体系をひとつひとつ順序立てて説明するものだ。要点だけを投げ渡してどうする」
ぐうの音も出ない正論。
つまりプレゼンしてみせろということだ。とてつもなく気が進まないけどこうなればやるしかあるまい。
「じゃあ…まず、私がウルダハ市民なのはご存じですね」
「うむ」
軽く頷いて、好きに使えと羊皮紙とペンまで差し出された。要点をまとめる時に使おう。
「駆け出しの頃から噂はよく聞きました。具体的には関わった問題の裏側に、黒幕としてあなたの名が見え隠れしていて…この時は要注意人物として不気味に思っただけです」
かりかりと図表を書き込みながら続ける。
「覚えてますか? ウィスタンって名前の実業家ですけど」
「ああ、恨みを買いそうな関係性はおのずと覚える。その程度のことと侮っておれば後ろから刺されるのでな」
それはそうだ。
仕事ぶりの大胆さといっそ小心にすら見えるほどの用心深さが合わさって、この人を百億ギルの男と呼ばせるのだろうか。
「続けろ」
「はい」
いつの間にか教師と生徒のようなやり取りになっているが、ともかく好感プレゼンを続けようじゃないか。
「次はしばらく経って、ドマからの難民が流れ着いた時ですね。ここで初めて顔を見たんでした。
……正直、おそろしいと思いましたよ」
「ほう…? 当時はもう名だたる蛮神を叩きのめして、エオルゼアいちの武人とすら呼ばれておったお前が、老境に差し掛かった商人ひとりをか」
「もちろん切った張ったで負ける要素ではなくて、ああ、わかって言ってますね嫌味ったらしい」
当然だがそんな話ではない。
私は商人という人種に、どうにも、腹が据わらなくなる程度には、苦手意識がある。
品物の流通を握る人間がそっぽを向いた時の絶望。貴族ともまた違う、日々の生活の中に当然に組み込まれた、より実践的な血肉の伴う化かし合い。しかも金という万能武器の使い方のなんと多彩なこと。それがこのレベルの商人になると、もう完全に堅気じゃない。
アラミゴ人がウルダハを毛嫌いするのもなんとなくわかる。
世慣れしない田舎者は、彼らに近付くだけで口先で転がされ、底なし沼にはめられるような気分になるのだ。
いや、一度アルフィノと一緒に頭まではまったけどね!
「得体が知れない人だと思いましたよ。今でも八割がたはそう思ってます…あ、いや、好きなんですけど」
「聞けば聞くほど疑わしくなってゆくぞ」
そうでしょうとも。話してる自分自身、なんであなたを好きなのかまだ納得してないんだから。
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