「会長から話は伺いましたが、アナタもとんでもないいばらの道を選んだものですネ?」
「いまさらですよ。英雄なんて茨道に火つけて燃やして、焦土になったところを歩いてるようなものですから」
「アッハッハ、それはご尤もデス!」
爆笑するハンコックさんの色眼鏡を無言で奪い取り、レンズにぐりぐりと己の指紋をなすりつけた。
「ああっ」
「しょうもないこと言ってないでシェル渡してくださいよ…話を聞いたって言うからには、つまりそういう用事なんでしょ?」
「カンのいいお人デス…」
この期を逃したら次に会えるのはいつになるか…という焦りから、ロロリト会長に完全に勢い任せの告白をかまして少し経つ。
私が東アルデナード商会のほうへ注文した(というテイの)品物が届いた…とタタルさんから連絡を受けて、クガネはウルダハ商館へ出向いてきたのがついさっきである。
ハンコックさんはそれらしく装った包みを解き、中からシェルと封筒を出してこちらへ寄越してきた。
人目があったらまさか剥き身で渡すわけにもいかないからダミーだろう。
「あれ、こっちの封筒は? 請求書なら覚えがないんですが」
「我々をなんだと思っているんですか、会長からお手紙ですヨ」
「すみませんが、いまだに隙を見せれば濡れ衣のひとつもおっ被せられるイメージがあります」
「オォ〜、とんでもない誤解デース! 次々に新規顧客を連れてきてくれる、アナタほど便利な人の立場をいまさら損ねるなんてそんなそんな」
「……ハンコックさんのその商売っ気がはっきりしてるとこ、私はあんがい嫌いじゃないですよ」
ウルダハ人だから。
とりあえず読んでみると、受け取ってもすぐには掛けずに連絡を待てというようなことが、実に彼らしい素っ気ない文で記されていた。
「おや、これは会長も満更でもないんじゃありませんか?」
「本気で言ってるんですか?」
この愛想の感じられない文章見て。注釈入れても二行しか使ってない。
いやちょっと待って、逆だ、当然のように見るな。かりそめにも余所様にあてた上司の手紙を。
「逆に考えてください、ロロリト会長は無駄を嫌うお方…二行程度のこんな内容ならワタシにでも言付けておけばいいものを、わざわざ直筆で注意しておくのですから、英雄殿はそれなりに買われていると見るべきデス」
「ん…」
言われてみればそれはそうだ。
たとえ読んだら迅速に処分しろと書かれていようと…いや、そこはやっぱりちょっとおかしいだろう。国の重要機密書類でもあるまいし。
「とりあえずありがとう、ハンコックさん。他の人への情報規制はまかせておいていいですか?」
「もちろん、お任せクダサイ」
見た目はとてつもなく胡散臭いけどいい人なんだよなあ…。
手紙を言われた通り封筒ごと暖炉にくべておいて、私はとりあえずコウジン族の手伝いをするために碧のタマミズへと向かうことにした。
* * *
フォンフォ「はいもしもし!」
リンクシェルをもらって一週間ほど経つ。
今までこんなにも素早く通話を取ったことがない。暁の血盟の指示とはもう比べものにもならない勢いである。
通信の向こう側で呆れたような声が聞こえた。
「……お前、ヒマなのではなかろうな」
「そこそこ忙しいですよ」
第一声からなんて失礼なジジイだろうか。
これでも仕事の依頼は引く手数多である。暁としてやることはいろいろあるが、その中でも面倒な書類仕事はよそさまに任せ、私はもっぱらソルトリーで魔物退治の指導にあたっている。
このへんにもコンガマトーやナンカがいるとは知らなかった。
「ほう…では誘いは取り下げるとするか?」
「めっそうもない! あ、その為だけに昨日最上のドラゴン肉を用意したんですけど、食べずに難民どもに振る舞われちゃっていいんですか?」
「チッ」
はっきりした舌打ちが聞こえる。
余裕をかますと思えば意外なところで気の短いお人だった。
「どこの竜だ」
「邪竜の巣です」
「…は?」
「ですからイシュガルド領のドラヴァニア雲海、前人未踏の邪竜の巣に殴り込みをかけて、一番強いやつを仕留めてきました」
なんでも皇都では騎士殺しと評判の、人との融和が叫ばれる昨今でもちらほら被害が出ているような暴れ竜だったそうだ。その名に恥じずさすがに強い、イイ殺し合いだった。
礼儀としてちゃんと首を取って弔ったから、今更体を食ったところで化けて出ることもないだろう。
「まさか一人で行ったのか?」
「恥ずかしいじゃないですか、殿方へのプレゼントを人に知られるなんて」
「くだらん減らず口を…」
「口が減ったらしゃべれませんからね」
「抜かせ」
減らず口ではあるけど意図は似たようなものだ。一応私は光の戦士なる立場であるからして、共和派の重鎮ロロリト会長へ愛を籠めての贈り物なんて、まさか人様に言うわけにいかない。
「それで、肉はどこだ」
「ファルコンネストの洞穴に保存してありますよ。大人数ですらいっぺんに食べられるガタイじゃないんで、せめて冷凍でもしておかないと」
「よかろう。では三日後だ…ウルダハまで来られるか?」
「今日でもいけます」
「ワシは忙しい。自由業と一緒にするな」
ですよね。
そんなわけで三日後。待ち合わせはウルダハ王政庁の、人目のない部屋を指定。商会の口の堅い人が案内してくれるそうだ。
いままでにない背徳感が凄いなこれ。
あと通話を切ったら早々に、なんだ好い相手がいるのかよと周囲のごついアラミゴ男どもにそれはそれはからかわれた。
違う。違わないけどふつうの交際と一緒にするには相当違う。
これこそ正しく、黒い交際です。
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