「では、続けます」
「うむ」
はて、今更だがこの人と私はどれくらいの年齢差があるだろう。
孫くらいと言うには年がいっているが、娘とすれば若すぎる…くらいか。そんな年の離れた女に言い寄られてこのどうでもよさそうな態度。
いや、この人の立場といい性格といい、本気でどうでもよければ席を立っているか。
一分一秒も無駄にはできないだろうに、今聞いてくれているだけで最大限の譲歩と思おう。
立場上そういう女性は掃いて捨てるほど寄ってくるんだろうし、それでいちいち脂下がるようなスケベ親爺ではあのウルダハで首を繋げていられない…コスタ・デル・ソルにそれはそれは脂下がったスケベ親爺代表が住んでいるけど、彼はドスケベが突き抜けすぎて持ち味にすらなっているから特例だ。
「その次は…イシュガルドの戦勝祝賀会ですね」
「正直なところ、あの一件があってなぜお前がこんなことを言い出しているかさっぱりわからんぞ」
「私やナナモ陛下を殺すつもりだったのはテレジ・アデレジの方じゃないですか…それはともかく。ラウバーン局長がテレジを斬った後です」
「ああ」
「あなたにも斬りかかりましたね」
そこにイルベルドが割って入った。
「あなたが一歩も動かなかったことを覚えています」
ラウバーン局長が怒り狂っている時点で、相応に場数を踏んだ武人でなければ口を利くことすら適わない。ましてや…テレジ・アデレジもそうだが…あれだけの武人の殺気を一身に受けながらさらに平然と煽るのだから、ウルダハ商人は本当に恐ろしい。
ふつう腰を抜かして色々漏らしながら逃げようと後退るだろう。私から見たってそのくらいは怖かった。
「あの騒ぎの中で、そんなところを見ておったのか?」
「あんな騒ぎですが、むしろ、あんな騒ぎだからこそ、ずっと見ていたんですよ。各自の動きを。
ずいぶん経ったあと、すべての流れを説明された時…自分の立場も忘れて本気でぞくりとしました」
恋心なのかそれとも恐怖なのか。
そんなことはともかく、その日初めてはっきりと意識した。
一歩間違えば己の喉頸を食い破られそうな、切れ味鋭い刃物のような、老獪で危険な男の魅力というものを。
「…アルフィノがあんまり辛そうで、とても言えなかったんですけどね」
「ああ、そういえば親の仇でも見るような目をしておったな…ワシは結局お前達を殺すつもりもなく、用が済めば無罪釈放のつもりであったのだ。極めて安い授業料だと思うが?」
「すぐにそうは考えられませんって、普通」
「仮にも神童と呼ばれるなら、その程度のことは解って然るべきであろう。ふん、象牙の塔に籠もりきりの学者などという人種はこれだからな。多少群れただけでのぼせ上がり、表で吹き荒ぶ風の冷たさまで忘れおって」
「なにもそこまで言ってやらなくても…」
「世間知らずの高枕は好かん」
多少ならず的は射ているから言い返す余地がないけど。
「もう理解しておる当人に言わんだけ情があると思え。そんなことより、もう終わりか?」
「アッハイ、まだあります」
最後だ。
「ここが集大成ですが、私の深読みではないはず…」
早く話せとばかり顎で続きを促された。
あなたは本当は「王党派に対立する意味での共和派」ではないのでしょう。
そう続けると、これまでどこか投げ遣りだった金色の目に、わずかな驚きの色がよぎった。
「おかしいと思っていたんです。本当に対立しているなら、あなたはもっと形振り構わないやりかたをする。
図式の上では今まで対立する場所にいた。それでいながら、ナナモ陛下の暗殺を事前に食い止め、詫びとして自分の資産を差し出し、さらに暁の血盟の活動を支援すらしてくれた。そしてはっきりと協力の姿勢を見せた今になって、やっと確信が持てました。
本当はあなたにとって派閥などさほどの関係はなく、対立するつもりすらない。ただ祖国を守るため、利益を上げるために、都合がいいようにしていたのだと」
羊皮紙を引っかく手にも力が入る。
「今まではただ、ナナモ陛下の成長を待っていたのでしょう。国の行く末に関わる大事なことをお一人で決めてしまうようではまだまだ任せておけない、自分が舵を取るしかないとして」
勢いよく動かしたペンをきゅっと力を込めて止める。
「ですが、今それは果たされようとしている。彼女が本物の女王にならんと歩き出すのを目の当たりにして、だからあなたは意識して悪役をやることをやめたのだと、そう見えました」
気がついたら羊皮紙は全部埋まっていた。
「先にも言いましたがそれはウルダハのためであり、同時に自分が一番儲けるために」
なんと冷徹で、非情で、とことん強欲な…底の知れない策謀家。
個人的な武力とはまったく異なる頂点の高みに座し、己の命すら冗句にして不敵に笑う。こんなおそろしい人を私は知らない。
「ここまでが、今に至るまでの興味の動きです」
題意は示された。
「改めて、ロロリト会長。あなたが好きです。それがまだ納得行かないなら、興味があると言い換えます。
これでわかってもらえますか?」
自分の心の動きをとらえて文章化するというのは割とよくやる方だが、今日のはとりわけ渾身のプレゼンテーションだった。
これでだめなら玉砕するしかない。
「どう…でしょう」
「肝心なところが抜けておる」
「えっ!」
うそ。
「先も言ったであろうが。お前はワシにどうして欲しい。好意はわかったが、今一つ要求が不明確だ」
「それは…ああ、なるほど。すみません」
ちょっと逸りすぎたらしい。
それにしてもなんだろうほんと、この、恋愛からかけ離れて仕事の話でもしてるようなテンション。女はくさるほど寄ってくるからがっつくまでもなく余裕綽々なのか、それとも恋愛なんざ仕事のうえでの手札の一つでしかないということか。
十中八九そうなんだろうけどさ! くっそ!
「もっと知りたい、話してみたいというのはだめですか」
「頻度は」
「私も光の戦士としてはいろいろ仕事もありますんで…数週間に一度くらいお会いできれば」
これはアカンやつだろうか。
そうと思った矢先。
「よかろう、少し待て。近くリンクシェルを用意してやる」
は?
薄暗い部屋の中で、テーブルランプの光をはじいた金眼が胡乱げにこちらを見返している。
「どうした」
どうもこうもあなた。
「え、いや、その」
いいの?
いやそうしてもらえれば万々歳だけど、あんなに気が進まなさそうだったのにいいのそれ?
「話したいと言ったのはお前だ。異論はなかろう?」
「あ、どうも…ありがとうございます、待ってます。でもあの、あれだけ熱弁を振るっておいてなんですけど、いいんですか」
「くどい」
「アッハイ!」
すみませんと再度謝ったが、言葉ほど機嫌は悪くなさそうに、老商人は軽く鼻で笑った。
「まったく、何だその間抜け面は。言い寄ってきたのはそちらであろう。
ワシは今機嫌が良い…救国の英雄よ、お前の溢れんばかりの戦果に免じて、少しばかり遊んでやろうと言っておるのだぞ?」
「…ッ」
こちらに気持ちなどありはしないとわかっていながら、その意地悪く低めた声はざわりと腹の奥を慄わせた。
ああ、これだ。
私はこれがずっと欲しかった。自分で言うのもなんだが、いまやエオルゼアいちの武人と謳われ、英雄よ光の戦士よと煽て上げられる…そんなこの肩書きを屁とも思わぬ貫禄と余裕。
この冷徹で非情で強欲なくそジジイは、まったく、だからこそ、たまらないほど刺激的で困る。頭がおかしくなりそうだ。
いや、もうとっくにおかしいのだろうけど。
「……お、お待ちしてます」
「せいぜいワシの目を引こうと足掻いてみせるのだな、小娘」
く、くそう。弄ばれている。
私がこういう言い方に弱いと知って、意地の悪い。
「そうさせてもらいますよ…ああ、呼んでもらえるなら、おみやげは霊峰ソーム・アルを越えたところにしか生息しないドラゴンの肉なんてどうです? これでも武力とフットワークではちょっと知られた英雄ですから、何度か食べたことがありますが、信じられないほど美味しいですよ?」
「何…!」
苦し紛れの反撃が、なかなかいいところを抉ったようだった。
「ドラゴンの肉か、それはまだ知らぬ味だ…」
「ですからお呼ばれを楽しみに、クルザスの山岳地帯にのみ生える茶葉も摘んでお待ちしています…一日千秋の思いで、ね?」
この際政治的な立場以外なら、何を目的にされようと望むところというもの。
惚れたが負けと言うくらいなのだ、どのみち不利な立場ならば(暗喩でなく)存分に体を使い、各国の美味珍味を山と積んで、どうだ、私は便利だろうと見せつけてやろうじゃないか。
今までいつだってこの足で駆け抜けてきたのだから。
とりあえず明日には調理師ギルドの門を叩くことにしよう。
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