「お二人に質問があります」
「へえ、なんですかい」
「どうした」
「…お二方はここにキッチンという設備が整っているのをご存じでしょうか」
「そりゃまあ。今飲んでるこの茶はさっきそこで入れたばっかりなもんで」
「出入りする時に嫌でも目に入る位置だな。それがなんだ」
「……。」
“しろがね”機関の研究所内部、それなりに広い部屋の中を一度ぐるりと見回し、はこめかみを押さえながら本題を切り出した。
「もう一つ。これが本題です。
 どうして男性に任せるといつまで経ってもご飯を作ろうとしないの」
「不必要だ。我々“しろがね-O”の体は俗に言うサイボーグに近く、生体であった頃の非合理的な欲求はほぼ廃絶されて「今作るからごたごた言わずに食べなさい!」
とうとう声を荒らげたを横目に、阿紫花が愉快そうな笑声を響かせる。
こうしたやり取りも馴染みのものになりつつあった。
   
店を出てから妙な邪魔が入り、濃度から言えばまるで一週間ほども旅をしたような疲労を覚えたものの、研究所に着いた時刻では丸一日も経っていないことには少し驚いた。
“柔らかい石”の検査もジョージの言った通り簡単なもので済んだ。体内に石は検知されず、晴れてお役御免となったまではいい。…問題はその後である。自動人形にどう伝わっているかは不明ながら、研究所に再度を狙った人形が現れた。
自動人形の最終目的は石であり、こちらにそれがないと判明した以上もう狙う理由はない…というのはあくまでも人間側の理屈であった。
彼等にしてみれば、目的はどうあれ折角ここまで来た以上、行きがけの駄賃に目の前の無力な獲物を捕らえて血を啜ろうと考えるのは当然の成り行きであり、そうなれば検査が済んだからといって知らぬ存ぜぬと一人を放り出すわけにはいかなくなった。
また、サハラ以降自動人形の破壊を目的とするジョージは元より他に急ぐ理由があるでもない。
最終的にの護衛の阿紫花も含め、人気の少ない場所にひっそりと建てられた研究施設を拠点にして、この際近辺の自動人形を根こそぎ壊滅させてしまえばよかろうという結論を見たのである。
そこで食の問題が出た。
基本的にはが作る。それには彼女もさしたる文句があるでもなかった。
「…なぜわざわざ手間を掛ける」
「おいしいからよ。文句を言わずに皮を剥く」
言葉を返す彼女は見事な半目だった。
第一半サイボーグである“しろがね-O”に食に対する拘りがあるはずもないと脳では理解しても、申し訳程度に携帯食料をかじる程度で済まされてはこちらの心がうすら寒い。さらに買い出しを頼んだところ携帯食料の類しか購入してこず残る二人を盛大に落胆させたため、現在彼は食料の選択権も剥奪されている。
「くく、くくく…しかしまあ、まさかジョージに包丁持たせて台所仕事の手伝いさせる人がいるたァ思いやせんでしたねえ…ああ面白ェ、いいもん見た」
「黙れ」
「できるまでにそこらへんの吸い殻片付けてね、阿紫花さん」
阿紫花に至っては酒と煙草があれば特に文句もないと言わんばかりに平気で食事を抜く(余談であるが、だから痩せるのだといらないお節介を言いたくなることも度々ある)。
それもそれで心配にはなるのだがそれだけならばまだしも、吸い殻を量産するために周囲は灰と煙で悲惨なことになる。の部屋に泊まる時はそれなりに遠慮していたようでも、元よりチェーンスモーカーのこの男がいつまでも我慢しきれる筈はなかった。
は職業上嫌煙がどうのこうのとうるさいことは言わず、また煙草の匂いも決して嫌いではない。ないのだが、只でさえ阿紫花は仕事を離れると途端に無精する悪癖を確認している。せめて自分が口を出さなければ、男二人はどれだけ私生活を放置するか知れたものではない。
とりあえず、ジョージは押し切れば思ったよりは聞き分けよく手伝いをすることが判明した。
そのあたりを言い争う要領が掴めていないだけという気もしなくはないが。
   
「まだ自動人形残ってるの?」
「大した数ではない」
戦闘要員の二人はここ数日代わる代わる表に出掛けていってはその度に自動人形を破壊して戻ってくる。人気が少ない分怪しまれる可能性も低いことは救いだった。
「数も強さもさして心配はないが、連中は人に紛れるのが得意だからな。ある程度減らしてもそれを逆手にゲリラ戦を挑まれては厄介になる」
「本当…まさかあんな見分けがつかないぐらい人そのものに化けるなんて思わなかった」
一度襲われて以降、はことさら用心深くなった。
基本的に拠点から動かず、余計なことを考えそうになる待機時間はサポートに徹し、単独行動を取らざるを得ない場面では決して武器と無線機を手放さない。幸いにも戦闘の矢面に立たない分、精神を非日常に慣らし、切り替える時間は山ほどあった。
(私がここにいれば、例の柔らかい石の情報で集まってきた自動人形達が少しの間動かずにいる…うーん…囮みたいであんまり気分は良くないけど、ここで何とかしておかないと近辺の人にも被害が出るだろうし…仕方ないか)
今でこそ自分に言われるままにピューラーで人参の皮を剥いてはいても(そしてそれが大変にシュールな絵面であっても)、彼は話に聞くサハラ戦を潜り抜けた歴戦の“しろがね”だ。
何か要請があるのなら、自分にできることはできるだけするべきであろうとは思う。
「もう一定量までは減らした。これ以上は向こうも警戒してくるだろう。君でなく、この近辺の一般人に狙いをつける可能性は十分にある」
「やっぱり…それじゃどうするの?」
流石に無関係の人間が自分の代わりに犠牲になるかも知れないと思えば、もはいさようならと踵を返すのは躊躇われる。あまりにも寝覚めが悪い。
「手っとり早い方法ならば、ある」
「どんな?」
「君を囮にする」
   
「「え」」
   
の手から玉葱が、後ろで聞いていた阿紫花の手から煙草がそれぞれ滑り落ちた。