冷たく暗い洞窟の中、死の電光に打たれ自由の効かない身体が、見るもおぞましい飛竜に足から飲み込まれていく。
悪夢のような現実に抗う術さえ持たぬまま、斜堂影麿は屈辱と嫌悪感に小さく呻き声を上げた。
ギルドマスターからの要請とはいえ、オオナズチを討伐に来ることも本当ならば気は向かなかったが(オオナズチ自体はそれほどの強敵ではないが、場所が問題なのだ。沼地は只でさえ不潔な上に、時間帯によっては有毒物質を含む泥が沸く)手傷を負って逃げ込んだ先に飢えたフルフルが待ち構えていようとは、まったくもって運がない。
(運ではなく精神面の弱さが原因なのは、分かっていますけれど)
フルフルとゲリョスは斜堂の天敵だ。かたや天井に張り付き酸性の涎を垂らす、ぶよぶよと薄気味悪い飛竜。かたや毒を吐き散らすのみならず、沼地の泥をはね上げて狂気の如く駆け回る飛竜。世の中にはこういったものを偏愛するマニアという人種もいるらしいが、潔癖症の気のある斜堂に好けという方がどだい無理な話である。
だというのに、フルフルに生きたまま飲まれて溶かされる羽目になどなろうとは。
デスギア…死神の名を持つ装備を愛用し、そんなものを着けているのはお前ぐらいだ、縁起でもないと笑われたこともある自分が、此度は本物の死神に魂を取られることとなったか。
(…ああ、もうここで、死ぬのでしょうか)
とうに分かっている。使う弓矢もアイテムを詰めた袋も青白い光を食らった瞬間ずっと遠くに飛ばされてしまい、身体も動かないこの状況でできることなどありはしない。まして、もうすでに腰まで飲まれてしまっているこの身であるならば。
狩りに絶対はない。どのようなモンスターと対峙するときであれ、死の影は常に背中に付いて回る。
斜堂とて、昨日まで酒場で笑っていた顔見知りが黒焦げの装備品とともに箱に詰められ、町から去っていく様子を何度となく見てきた。
今度は自分がそうなる側か。
ぼんやりと考える間にも、飛竜は斜堂の痩身を口腔内へと引き込む。口だけの頭を軽く振って、久々の大きな獲物に歓喜するように。それは嬉しげに。ずるりずるりと。


そのとき。
(鳥…?)
純白の鳥を思わせるなにかが視界の端でひらりと舞う。視線だけをそちらへ動かすと、それは素早く岩陰へ飛び込み姿を消した。
(違いますね、鳥ではない…それにしては動きが妙な…)
人、か。
それでもどのみち自分が助かる見込みはゼロだ。一般人であるならモンスターの出没する場所に現れるなどまず有り得ない…流れのハンターならば(討伐か捕獲かはともかく)依頼されているのはおそらくオオナズチだろう。この場所にフルフルが出るという証言はギルドでも村でも聞いたことがなかった。
ハンターは名より実、誰よりも何よりも自分の命を優先できなければ務まらない。
メインターゲット以外を危険を冒して討伐してまで、わざわざ自分を助けるような大間抜けがいたならその方が驚きだ。
諦念とは違う。持っていて当然の心掛け。いかにそうは見えなくとも自分はハンターなのだ、自分一人でこの局面を切り開けない未熟さを棚に上げて、他者を責めるような軟弱な真似がどうしてできようか。
そう覚悟を決めかけるや。


洞窟内の冷たく湿った空気を引き裂くように、重い銃声が轟き渡る。
それと同時にペイント弾の強い臭気が鼻をついて、思いもよらぬ攻撃を受けたフルフルがぐいと鎌首をもたげ、敵と相対する前にと生きた餌を一息で飲み込もうとする。
「!」
ぬるついた咥内に頭まで銜え込まれるという瞬間、斜堂は確かに見た。
恐らくは洞窟の入り口から回り込んで来たのだろう。フルフルから少し離れた高台の上に、純白の鳥とも見えた人影が立ちはだかっている。片手に一風変わったヘビィボウガンを携え、口元には状況に似合わぬ薄い笑みを湛えて。
その口がはっきりと動いて、簡潔な一言を形作った。






  お  い  で






その言葉を確認するのと視界が閉ざされるのは、ほぼ同時だった。