「本当にいいのね?」
「覚悟はできてます、やってくださいイワさん」
「オーケー、その意気や良っシャブル! さあ生まれ変わりなさい、もう一人のヴァナタにね! ヒーハー!」
   
* * *
   

脱獄囚同士ということで悪くは思っているまいが、少なくとも自分が男としての興味を持たれていないことは確かな事実である。
たとえ自分の側はそうではないとしても。
(顔を合わせたとき…死んでいなかったと分かって、私は心底ほっとした。興味がないと言われたさっきも本気で落胆した…この私が!)
今はそんな場合ではないが、できるならこれきりでなく色々なことに決着がついた後も、自分の側に置いておきたい。
死なせたくない。
彼女に目を向けられてみたい。
暖かいようでいながらおそろしく冷静なあの視線をひたと自分に据えられたなら、一体どんな気分になるのか。
こんな局面で気付くとは間抜けもいいところだが、戦争の中に殴り込む前でまだよかったと言うべきか、もしくはこのタイミングで告げるのは単なる死亡フラグと見るべきか。
なにせ状況が悪すぎる。戦争になるのは海軍と白ひげ海賊団であり、さらにそれへ関わろうとするのもまた錚々たる面子だ。そこに混じっているとあっては、他の曲者に紛れていても見逃してもらえる道理はあるまい。第一相手は海軍で、こちらは脱獄犯なのだから。
今から起こる戦争は生半な規模ではない。できる限り器用に動ける人手が欲しい。立ち回りはうまいのだからいい人材ではあろう。しかし危険な目には合わせたくない。
(彼女もそうだが、私も色々な意味で注目度が低いからな。…うまくやれば、それを逆手に取って裏で動ける可能性はある…解ってはいるというのに)
だが。しかし。けれど。それでも。
考えれば考えるだけ相反する意見が頭の中でがなり立てて、ますますまとまらなくなっていく。
バロックワークスにいた頃は他者を意のままに動かし陥れて、策謀家としてオフィサーエージェントまで昇ったはずだというのに、今になってなんと愚かな感情を抱え込んでしまったものか。
恋は人を愚者に変えるとよく言われるが。
「…まさか私がな」
「よう相棒、おめェがなんだって?」
「うお!」
   
一瞬幽霊と見間違えたのは仕方あるまい。
「なんだよおい、おれがバラバラになってるからって今更驚くこともねェだろ」
「アホか、心臓が止まるかと思ったぞ! 逆さに浮いた生首がニヤニヤ笑ってれば誰でも驚くに決まっとろうガネ!」
「まあまあそう言うんじゃねえって、なんか考え事してんなら聞いてやるからよ」
「言ったところで何にもならん」
「なんだよノリの悪ィ奴だな。じゃあ当ててやろうか、ズバリ恋患いだ。相手は。当たりだろ」
手が使えないためバギーは器用に顎で指し示した。
今は人に隠されていて見えないが、過たずその方向にいたの方を。
「…な、なんで分かった「案外見え見えなんだよなァ、お前は」
得意げに笑いながらくるくるとその場を飛び回る道化の化粧の生首というのは、なんとも言いようがないシュールな光景だった。
「その様子だと今気付いたばかりってとこか。ぎゃはは、遅ェんだまったく! 端から見てりゃあ丸解りだぜ相棒よ」
「何!」
「ってもまあ、他の連中は分かっちゃいねえか…麦わらはその辺死ぬほど鈍そうだし、それ以外はそもそもお前とあいつの片方にしか関わりがねえからな」
(ただ騒いでいるだけのように見えて、ずいぶんと目端が利くな。流石に海賊王のクルーと言うべきかもしれんが、しかしやはり肩書きが大きすぎるような)
彼は後に「四皇」赤髪のシャンクスに喧嘩腰で噛み付くバギーを見てこの考えを撤回することになるが、今の時点ではまだ知らない話である。
   
「まあとりあえず、こういうこたァまず行動だ。パーっとハデに言っちまえ! 本人に!」
「できるか!」
「バカ野郎、おめェわかっちゃねえな相棒! いいか、戦争が終わってからじゃ多かれ少なかれ人死にが出るだろうよ、そしたら十中八九盛り上がれる感じの空気にゃなるめェ…その点今のうちなら周りがほとんど味方だぜ? 脱獄囚の連中はもちろん、ニューカマーかなんか知らねえがあいつらも相当ノリが良さそうだ。使わねェ手はねえぞ」
「な、…なるほど…確かにそれはそうだガネ」
「だろ! こりゃおもしれえことになったぜ! さあ行け今行けすぐ行って来い、思い切って当たって砕けてこい!」
「言っておくが砕ける気はないぞ!」
とはいえバギーの言葉も一理ある。これを逃せばゆっくり話せる機会などもうなさそうだ、脱獄に成功した空気のどさくさで通すとするなら、今だろう。
「あー、ちょっといいカネ、君に少し言いたいことが…
 ………あれ?」
   
考えに考え抜いた作戦を決行するときでさえこうはなるまいというほど緊張して、肩を叩いたまではいいが。
(…人違い…では、ないのか? …いやしかし、あれ? 雰囲気と体格が、違うような…)
横顔は確かに似ていたが、その肩はいやに筋肉が盛り上がって逞しく…しかも、座っていてもその体は心なしか一回り大きくなっているように見える。
「なにがあれだ、Mr.3」
「え?」
薄い唇から零れる声さえ、聞き慣れた少し高めの女声ではない。
「なんだよ寂しいな、忘れちまったわけじゃねえだろ。おれだよ、おれ」
ひょいと立ち上がりこちらへ向き直ったその姿を正面から見て、Mr.3は卒倒しそうになった。
確かに面影はある。しかし決定的に性別が違う。
鍛えられてはいても男と比べるとやはりほっそりと柔らかかった身体は彫刻のようにビルドアップされ、顔立ちもぐっと精悍に整って、その上(衝撃的なことに)こちらを見下ろすほど背も伸びている。
「……ど、どちらさま「とぼけんなよ人の悪ィ、だよ」
一縷の望みをかけて解らないふりをしてみたが、現実は無常であった。
   
「いや、戦力としてはこっちのほうがいいんじゃねえかと思ってよ、イワさんに頼んで男にしてもらったんだ。なに、戦争が終わったら戻るさ。
 しかしこの目線の高さとこのパワーはたまんねえな、癖になりそうだ。…ずっとこれでいてもいいかもな」
   
「それにしてもヴァナタねェ、オレオレ詐欺じゃないんだから」
「まあ、これだけ変われば普通気付かないと思いましてね。言ってみたくなったんですよ」
「チッ、ハデな色男になったもんじゃねェか」
「だろ?」
「謙遜もしねェ…」
「なんならバギー、遠慮しねえでおれのこたァ正直にハンサムと呼んでくれ」
「うぜえ!」
「囚人ども、おめェらもだ!」
『イエス、ハンサム!』
ノリは変わっていない。いや、面白がっているせいでかなりテンションは高いようだが、間違っても女の姿の君が好きだったなどと言える雰囲気ではなくなった。
考えたくはないが“オカマ王”ことエンポリオ・イワンコフが戦争で死んでしまいでもしたら、それこそずっとこのままだろうか。…想像したら寒気がしたため、それ以上考えるのはやめておいた。
「そういやお前ら、おれが女だった時はセクハラしてくれたよなあ。
 …ついでに言っとくが、以降おれになんかしやがったらお前らの出口が入口になるってことだけ覚えとけ」
「なにが入るんだ! なにが!」
   
   
「…で、おめェどうするよ、相棒」
「どうもこうも、女に戻ってから言うしかなかろう…下手な真似をしたらえらいことになりそうだガネ…」
「まあなんだ…元気出せよ…」