五番隊の所属と名乗ると、周りの目が一気に変わるのは通例であった。
大概あっ…と腫れ物に触れてしまったような顔になり、そののちそっと視線を優しくして体を気遣われる。品格なぞとはほど遠い男どもの集団の常で、汚い野次が飛ぶこともままあるが、だいたい普通の反応は上記のごとくなる。
それほどまでに武田観柳斎とは異質なお方だ。
今時珍しいほど一糸の乱れも見られぬ月代、刃物のように細く鋭い目。人の波から頭二つ分ほど飛び出す並外れた長身に、派手な躑躅色の着物と浅葱の隊服を纏った姿はおそろしく目立つ…町民は見かけるとぎょっとするだろう。まあこちらには遠くからでも判別しやすくてありがたい。私事で恐縮ながら人の顔を覚えるのが苦手なのだ。
まあどこに行ったとしても、隊長がたとなると揃いも揃ったりの強面ばかりで、覚えやすいといえば言えぬこともない。外見だけなら爽やかな好漢の最年少幹部、藤堂平助隊長ですら別の意味で怖い。
(余談であるが、藤堂隊長がなんでもなさそうな笑顔で人をばさりと斬って捨てる様子を一度お見かけした。俺は八番隊でなくてよかった)
とはいえ外見がどうこう程度ならば、今や泣く子も失禁して逃げ出す新撰組の、一癖も二癖もあるごろつき共に異様なほど恐れられたりはすまい。その問題は内面…もっと言えば性癖にある。

「あ、武田隊長」
「丁度ええとこにおったのう、よし、お前や。部屋来いや」
「はい」
あれこれ言いよどんでも仕方がない。
男色家なのだ。
 
そもそも五番隊で武田隊長に手を付けられていない奴がいるかどうか、少なくとも俺は聞いたことがない。
光州流軍学の講義として(いや、実際にちゃんと講義してくださる時も多いのだ)大体の場合は部屋に連れ込まれて、ひいひい鳴くまで一晩中責められる。
可愛い女ならまだしも、臥所における他の野郎どもの事情などわざわざ上司に聞くほどまでの興味はなく、むしろ聞いたとして答えてくれるとも思わない。それでいながらあの時の慣れきった手際を見たら、どんな跳ねっ返りも一晩あれば尻尾を巻くだろうと痛感させるに十分なものがあった。まるで噛み癖のある犬を躾けて従わせるような…教育というのは確かなことだ。
その上包み隠さない。指摘されても落ち着き払って肯定する。俺は一度部屋から出るところを余所の隊の伍長と鉢合わせたことがあったが、その時の隊長のあまりに堂々たる態度は未だ忘れられない。確かに恐れられるだけはある。
ゆえに皆言うのだ。武田の側に近寄ってはならぬと。
ただ、俺にとっては不思議とやりやすいのだが。
 
 * * *
 
丁度良い具合に口を解放され、知らず詰めていた息を吐いて呼吸を整えた。
我ながら行為は巧くなったと思う。このお人の元で働くようになって上も下も経験して、男と同衾することにも、その体に吐精することにも半ば無理矢理に慣れた。
だが、下から伸びた手に髪を梳かれる感触は未だにどうも慣れられない。
「なんや、どないした」
「いえ…少し、疲れて眠かったもんで」
閨での武田隊長はまるで熟練の女郎のような性技と、おなごとはかけ離れた風貌だというのに(こんな女いたら厭だ)なんとも逆らい難い艶のある立ち居振る舞いを見せる。
そして抗えず一度肌を重ねてしまったが最後、俺は麻薬に痛みを麻痺させられたかのような生温い心地の中で、ずるりと背骨を引き抜かれたとすら感じた。
今見せている気遣いに似たものはそのひとつだ。
部下のはらわたを掴み、ころりと手の上で転がすための…何から何までが俺達を飼い慣らすためのもので…俺はそれを腹のどこかで納得していない。
別に不満というほど初なたちではないつもりだったが、不思議ではある。
「そらあかんな。明日見回りやろ、早よう部屋に戻って寝ろや」
「疲れさせたのは隊長では」
「生意気抜かすな」
吐き捨てる声は僅かに笑みを含んでいた。
隊長はだいたいの場合、端に思われているほど機嫌は悪くない。殆ど表情を変えず、終始仏頂面であるからどうも掴めないというか…接し方を忖度しかねるお人ではあろうが。
「武田隊長」
「あ?」
「少しだけ無体をします」
「……。」
策士でありながら言葉少ななのも誤解の一端を担っているに違いない。
そっと夜具の上に屈み込み、薄い唇に己のそれを重ねながら、俺はそんな益体もないことを考えた。
?」
普段しないようなことをしたところで、わからぬものはわからぬらしい。
少なくとも俺は元々男色家ではない。…今でもそのつもりで、このお人へ上役に抱く以上のものを感じているわけではない…と思う。
武田隊長はふんと軽く鼻で笑って俺の頬を撫でた。
「ワレは普段淡泊やっちゅうに、こないするんは珍しいのう」
「はあ、俺もそう思います」
「なんやそれは」
笑みはすぐに消えて仏頂面に戻ったものの、まだそれなりに機嫌はよろしいままなのだろう。いつもなら部屋に他人が居座るのを嫌って早々に追い出すはずが、黙っていいようにさせているのがその証だ。
 
それだというのに…
 
「…あっ」
「せやからなんや言うんじゃ」
「いえ、大したことでは」
さすがに明らかにはぐらかしたのはまずかった。
隊長は薄闇の中でものも言わずに身を起こすと、割と本気で俺の頭に拳骨を落とした。
痛い。
「……すみません」
「もうええ、早よ行けや」
「はあ」
 
 
障子戸を閉めて、隊長方の部屋の並ぶ廊下を足音を潜めて歩く。京に特有の湿り気と虫の音に混じり、どこぞから犬の吠え声が遠く風に乗って流れ来て、耳をかすめた。
きっと俺もあのお人の犬なのだ。
それなりに長く飼われているのだから、もう自宅の庭でくらい紐を外してはくれまいかと願ってうろつくだけの、狼になれぬ野良犬だ。そうとわかれば得心もいった。
(…うん。帰って寝よう)
 
今更躾をされずとも手を噛むことはたぶんない。
ないが、まあ、それもいいんじゃないだろうか。
引き綱を手放さぬことがあのお人の方針ならば、この犬はおとなしくそれに従って、武田隊長の足元で欠伸をしていればいい。
 
いつかこの首の綱が千切れてしまうまで。