もしかすれば戦闘用に特殊な改造を施されているかもしれないその車はほとんど揺れもなく、乗り心地だけを問うなら決して悪いものではなかった。やろうと思えば酔うことなく本でも読めそうだ。
だが生憎、今の状態で乗せられた当事者にとってはそれどころの騒ぎではないのである。
「ねーさん、大丈夫ですかい」
「…ええ、たぶん…」
言ったものの依然頭を押さえて俯いたままだったが、阿紫花は頭にぽふぽふと手を置いたきり追及はしてこなかった。
   
現代日本において不審を絵に描いたような銀髪の外人、着替えを持って来られなかったため青いドレスのままの女と、そこに加えて明らかに堅気でない風体の男が一人。このメンバーと話題でどんな店に入れるはずもない。
(余談であるがはよくよく客観視した結果、三人を自分も含めてチーム職務質問ズと呼んだ)(ジョージは終始無言であったが阿紫花からは爆笑を買った)
結果“しろがね”ではないものの、阿紫花が協力者の権限を盾に強引に借りてきたらしい車の中で、はことここに至るまでの大まかな話を聞いた。
ジョージ・ラローシュと阿紫花英良、二人の口から語られたその説明は、とてもではないが一朝一夕に受け入れられない種類と濃度で…だいたいにおいて殺し屋などという職業がこの現代日本にあることからして非現実的であったが、それは現実のあまりの荒唐無稽さにあっさりかき消された。
今まで自分の生きてきた平和な世界には在りうべからざる異常な知識。短時間で無理矢理に等しく詰め込んだ大量の情報が脳内を駆け巡り、脳の中枢神経が疲労を訴えて偏頭痛を起こす。
錬金術。しろがね。自動人形。真夜中のサーカス。ゾナハ病。生命の水。柔らかい石。柔らかい石は人体…しかも子供の体に入れなければ拒否反応を起こすという事実。
そしてさらに、サハラ砂漠での激闘。
しろがねと自動人形の入り乱れる混戦の中、阿紫花が偶然人形たちの中の、見知った顔を捉えていたことがこの騒動の発端だった。
サハラ戦ののち長く昏睡状態に入り、目を覚ました彼がそれを告げると、ジョージは他でもないが自動人形の目的ではないのかと推測を立てた。
   
とはいえ、自分の店に出入りしていた黒服の一人がまさか自ら考え、動き、話をする人形だなどといきなり言われて一体誰が納得するというのか。顔見知りの自分が動けるようになるまでおとなしく待つべきだ。
   
「えー…つまりそう言われてたのに」
「そう。この兄さんが先走ってこうなっちまったんでさあ」
助手席の阿紫花と後部座席の。じっとりと責めるような二人分の視線を受けて、しかしジョージは気にした様子もなく、呆れたような溜息と共に僅かにかぶりを振る。
…それでもハンドルを握る手はぶれなかった。
「君達は何か思い違いをしているようだな」
「へえ、なんです」
「なに?」
「今回は疑われたから情報を開示したまで。基本的に我々は一般人に対する理解を求めていない。また、円滑な交友関係を築くことも義務ではない…一部にはそうした交歓に価値を見出す者もあるが、“しろがね”の目的は一つ。
 全ての自動人形の殲滅。それだけだ」
「……。」
が眉根を寄せるのと阿紫花がにやにや笑うのはほぼ同時だった。
「へっへっへ、こんなこと言ってますけど、この兄さん結構これで突っ込むとムキになりやす「誰がいつそんな反応をした!」
「ほんとだ」
しろがねだの-Oだのという対自動人形組織の分類はまだおぼろげながら、ジョージ・ラローシュという男のことは少しわかった気がした。
   
「それでつまり、私の身体の中にあるかもしれないって言うのね。その、行方不明になった“柔らかい石”が」
「ああ。その為の検査を行わなければならないが、同行を願おうと店に着いた時には自動人形がいた。…おそらくはあのサハラ戦から逃げて、すぐに」
「でも、お店にいるメンバーの中からどうして私だったの?」
性別と年齢で限定したって結構な数がいるだろうという指摘に答えたのは、阿紫花の方だった。
「あー、それなんですがね。どうも少ねえ情報の中に最新のが追加されたてえ話…こんなこと聞きやしてね」
“柔らかい石はいい笑顔の者に”
「えっ」
「あの店の中で一番いい笑顔ってこたあ、まあ、普通に考えりゃあんたでしょうよ」
「そ、そうかな…えー…」
しろがねの保護観察対象とされたことについて心底からは納得していない部分もあったものの、そう言われてしまえばさすがにも人気商売。決して悪い気はしない。
その結果。
「………。
 しょ、しょうがないなあ…口がうまいんだから、もう…」
なかば乗せられる形ではあったが、は検査を承認することになったのである。
   
「ほら見なせえよ、ジョージ。こうでも言やあカドも立たねえでしょうが」
「…何が言いたい。私の目には君が女たらしだという証明にしか映らなかった」