ライトアップされた夜桜とその周囲をぐるりと囲む花壇は、まるで色の群舞だった。
桃。椿。白木蓮。水仙。芍薬。ユキヤナギ。アマリリス。種々様々な薔薇。絨毯のように地表を覆う背の低い花。華やかな色とむせ返るような甘い香りの中にあって、一際目立つ黒い影が高らかに声を上げて笑い出した。
「楽しいわねえ、バレル!」
それに返ってきたのは苦々しげな舌打ちと罵声一つであったが。
「そりゃあお前だけだ、バカ野郎!」
二丁のガバメントが轟然と唸りを上げる。
頭蓋を貫くはずの銃弾は、しかし直前まで彼女の立っていた背後…沈丁花の枝を吹き飛ばすだけに留まった。
「あら寂しい、私はこれ以上なく幸せなのに。あなたからの最後のお誘いがここだなんて、私の趣味を覚えててくれたんでしょう?」
「まあな」
日本人の例に漏れず、は桜をこよなく愛していた。
どの国にいたとしても必ず春には日本に帰り、満開の花を見に足を運ぶ。
バレルもよく駆り出されたが、それだけでなくママやブレードも…時にはアジトから出ることを渋るマウスまで引っ張り出しては、それは楽しげに近くの花の名所を巡ったものだ。
それ故この場所…一際凝った夜桜のライトアップを売りにする植物公園を墓場と決めた。
そろそろ散り際なのか、視界の中でちらちら動く花弁がさすがに鬱陶しくもある…が、それに集中力を削がれたなら次の瞬間死ぬのは自分だろう。
綿菓子のような桜と黒い枝に隠されこちらからの姿は見えないというのに、相手の小面憎い笑い顔がはっきりと瞼に浮かぶ。声の方向で検討を付けようにも、四方八方に響き渡るあでやかな笑声は煙幕のようで、容易には狙いを絞らせない。
「態々人払いをしてまで、有り難いこと」
「なに、お前への花束ならこれくらいでなけりゃ釣り合わねえだろ。
特に俺ァ、その癪に障る笑い方が一等好きでな…声だけ聞きゃ誰もそんな貧乳はイメージしねえだろうよ」
「あらァ何か言った? 私だってその短気なところが大好きよ。…だから大好きなあなたのために、来世じゃせいぜいタカアシガニにでも生まれ変われるように祈ってあげる」
「…てめえもういっぺん言ってみやがれ! ケツにもう一つ穴が増えるぞ!」
「何回だって言ってやるわよ! ロクデナシが!」
バレルの一言が引き金となって銃弾が飛び交い、生垣の一部が吹き飛んで抉れ、更には盛大に葉や花弁が舞い上がる。本来和やかな雰囲気であるはずの夜の植物公園はにわかに口汚い罵声と怒号で満ちた。
手向けの花束など甘すぎた。
どうやら道を分かつ時でさえ静かにはいかないらしい。
怒鳴って叫んでわめき散らして、呆れるほどの馬鹿騒ぎをして、夜の闇の中でくるくる回るように殺し合う。それが自分達だ。もう今更後には引けない。
「大体元はと言やァ、お前が原因だろうが! クソ女!」
「だから! 私の目的とあなた達とのことは関係ないって言ってるじゃないの!」
「どこが関係ねェってんだ!」
彼女とは日本のある伝手で知り合った。珍しいことに創設初期から自分達と付き合いのある、ブタのヒヅメの実務担当だ。
非合法な組織の中でも比較的表の部分を任されていて、公的機関に気取られないよう水面下で動いては時に技師を引き抜き人員を増やし、時に資金繰りに奔走してきた。似たようなことを任されていたバレルとは関わりも深く、皮肉や憎まれ口を叩き合った挙句大喧嘩になったこともある。割合公私を問わぬ付き合いを持ちながら、自分達に…正確にはリーダーであるマウスにずっとついてきたのだ。
(上層部には変人が多い、という評判を裏付けるほど)元からさほどまともとは言い難い性質で、時折どこともない空の果てを見透かすようなおかしな目をする癖があった。
今回の事件を起こすにあたって、バレルは深く納得したものである。
「組織の中に殺したい人間がいたってのは、そいつは俺たちにフカシをくれたってわけだ! …だろ、?」
「あなた達と知り合ったことは私にとって幸運だったし、虫がいいのは承知だけど、今だってできることなら殺し合いはしたくないのよ。少なくとも私は本当にあなた達と友達でいたかった。
だけどね、それでも。あの男だけはどうしても殺したかったの。許せなかったの。何年か側にいれば少しは気が治まるかもしれないと思って、待ったけど、駄目だったの」
「だから。俺達よりあの野郎を選んだってことか」
「まあ、そうなるかもね」
ブタのヒヅメの内部、そこそこ高い位置にいたある男を殺すため。
組織にとって重要な取引相手である武器商人で、昔彼女の家族を破滅へ追いやった男だとかいうことだが。
そのためだけに自分達に近付いたのか、あの笑顔はすべて偽物だったのか…などとは安物の恋愛映画でもあるまいし言わないが、諸手を挙げて歓迎してやれるはずもなかった。
「なあおい、わかってんだろ。俺だってお前を殺したくはねえんだ。
立場ってもんがあるからよ、…人の目に付く場所であれだけ派手にやっちまったら、しょうがねえだろうが! このバカ!」
こちらと殺し合いをしたくないというなら、なぜせめて静かにやらなかったというのか。
それに返ってきたのはにべもない言葉だった。
「私にとって、あの男を殺すのとことを派手にするのは二つで一つ。どうにもならないことだったわ」
「これ以上話しても埒が明かねえな。
…どのみちどっちか死なないことには治まらねえんだ、OK牧場の決闘でもやってみるか」
「いいわねそれ。私もホースオペラは好きだもの、シナリオみたいにかっこつけて笑って撃ち合って、その果てで死ぬなら文句はないわ」
互いが銃をホルスターに収める。
が親指で弾き飛ばしたコインが高々と宙を舞い、街灯の光を映してきらりと光る。
さて。どちらが最後まで立っていられるか。