昔の男を追って海に出てきて、なんだかそれからいろいろあって、結果として私の方が高い懸賞金をかけられたなんてお笑い草もいいところ。事実、今までこの話をした人はみんな笑った。まあ酒の席のこと、しかもわざわざウケを取ろうと思って自分から話したのだからアホ臭いにも程というものがあろうけれど。
だから、ここで新しくできた友達がそれを笑わなかったのは驚いた。
「どうして笑うのよう! 惚れた男を追って命懸けようってェ女の一念、笑うような腐った性根は持っちゃァないわ! 冗談じゃなーいわよーう!」
ちょうど隣の檻に入っていて、ちょっと話した身の上と声以外は顔さえ知らない相手…あげく裏の会社の人間だったというのに(本人がそう言った)、言動はなんだかずいぶんいい人だ。インぺルダウンにいるのが信じられないが、まあどういう場所にだっていい人とクソ野郎がごった煮で存在する。世の中得てしてそんなものだ。
「それにしても…に命懸けさせるなんて、さぞかしいい男な「あ、もう全っ然そんなことないんだけど」
「ねェの!? ビックリ! あちしビックリよ!」
「うん。きっと期待して会ったらビックリどころかすんごいガッカリするわよ。卑劣で臆病で根性ねじくれててお世辞にも美形じゃなくて、そのくせSっ気強くて、しかも案外要領悪くてねえ…だから、ひょっとしたらもうここに入ってきてるかも知れないわ。しかも、いるとしたらフロアは確実にここより上ね。典型的な小悪党だから」
「じ、自分の男をなにもそこまで貶さなくてもいいんじゃないのう…?」
「自分の男だからこそ、貶すんじゃない。…それにしても一番大馬鹿で要領悪いのは、何も言わずにふらっと消えたそんな小悪党を追っかけて海まで出て、結局こんなとこに叩き込まれてるどこぞのフダツキ女だと思うけど…まあ、惚れちゃったものはしょうがないか」


…ぐす…


「ボンちゃーん?」
「ううん泣いてない! あちし泣いてないっ! ましてにそこまで言わせたその野郎に会ったらケリ食らわして歯の一本はもらってやろうとか、そーんなこと全然考えてナッスィンッ!」
「あー、ありがとう。気持ちはうれしいけど歯はやめて。そんなアホ面と歩きたくないもの私」
本当に、元気でいるだろうか。結構しぶとい人だから、私があれこれ心配しなくても大丈夫だと思っているけど。それでも考えずにはいられない。
死ぬ前に、もう一度会えるだろうか。
さすがに耐えきれなくなって口から零れ落ちた懐かしい名前は、多分隣に聞こえていたのだろうけど…ボンちゃんは悲しげに鼻をすすっただけで突っ込まずにいてくれた。オカマとは名ばかりで本当に漢だなあこの人。


* * *


「…しかし、今日は妙にやかましい日ね」
ブルゴリやらミノタウロスの鳴き声、地響き、囚人らしき男たちの騒ぐ声が遠く聞こえる。大方また脱獄を図る奴が出たんだろうけれど、私のアイドルサディちゃんやサルデスくんは来ないのか。肝心な点はそこだ。
(大好きなのに、あの人たち)
地獄モチーフだからか、それぞれの身長に合わせたトライデントまで持ってるあたり最高だ。そこらへんのこだわりや作り込みが妙に細かいおかげで、インぺルダウン内部は見ていて飽きない。そのためならここにいるのも案外悪くない…と以前言ってみたところ、珍しくボンちゃんに呆れられた。なぜだ。


その隣人はさっきから歌い続けている。見えないからわからないがたぶん踊って回ってもいる。足音が普段の三割増だ。もう慣れたというかいい加減慣れざるを得ないけど、
「ごめんやっぱりちょっと暑苦し「なにようこのぐらいの暑さ! 暑苦しさならあちし負けない! あらっMr.3じゃないの! んがっはっはっはっはっはー!」
「やはりキサマか…やめようこいつを檻から出すのは…」
「ん?」
ちょうど死角になってこちらからは見えないが、さっき騒ぎを起こしていた人なのか、檻の外から声がする。それもなんだかこの脱獄囚、ボンちゃんと話しているようだ。
友だ…もとい、知人かなにかか。
「(よくまあこんなところまで逃げてきたもんね)ボンちゃーん、どしたの。知り合い?」
「ふん…友達と言わんあたり、コイツよりは頭が回るらしいな。いかにも私は…決して友達などじゃなく、これの、知人だガネ」
「ちょっとわざわざ太字でそれってどういう意味よう!」
「言葉通りの意味だガネ! キサマと友達だと思われたら私の頭とセンスを疑われる!」
「ははは、まあまあ。…しかし世の中って広いなあ。あなたとよく似た喋り方の男を知ってるんですよ私。ええと…Mr.3、さん? 変わったお名前で」
「ああ、それは元コードネームだガネ。本名は…」


「「あーーーーーーーー!」」
ひょいとこちらの檻を覗き込んだその男と私が絶叫するのは、ほぼ同時だった。




「えええええどうしてあなたここにいるのよ! ギャルディーノ!」
…君こそなんでまたこんなところに入っ…ど、どういうことカネMr.2!」
「こ、こっちが聞きたいわよう! …えーっと要するにいつもが話してたろくでなしの小悪党は、み、Mr.3だったってこと!? ビックラにもほどがあるわよう!」
「Mr.3って…じゃ、じゃあボンちゃんの話の中にたまに出てきた芸術家気取りの悪趣味バカってこの人のこと!? うわ知らなかった、世の中って案外狭いのね!」
「…お、お前らどんなことしゃべってたんだ…少しは言葉選んでやれよハデにかわいそうだろ、おい泣くなMr.3!」
「いや、今更気を遣う意味もないかなって。それにしてもしばらく会わないうちにずいぶん痩せこけて薄汚くなったわね、ドブネズミみたいよ」
「だから追い打ち掛けんなって!」