「ゾロ君」
「おう、お前か。なんだ」
「なにしてんの君ら」
「籠城」
   
どういうことなの。
「私は理由を聞いてるんでしょうが! なんなの竜宮城“占拠”ってこの大事件は!」
「ガタガタ言うな、やっちまったもんはしょうがねェだろうが!」
「ちょっと、本当にそっちから喧嘩売ってないんでしょうね「ねェよ!」
「あ、さんですか。人魚姫さんってどこにいると思います? いやー私会えたら是非パンツ見せてもらおうと思っ「ちょっと待って、こっちその人魚姫さんのお兄さんがいるんですってば! 三人も! 自重して!」
   
短い付き合いながら結構彼等をわかった気になっていたがそんなこともなかったぜ!
   
インターホンまで貸してもらってなんだが、できればここらへんの会話は聞かないでおいてほしい。
竜宮城に着いてみたら友人達が城内を占拠していた。しかも縛り上げた王様を人質に、逃げるために仲間と船を要求中だ。目も当てられない。
リュウグウちゃんの後ろの方で衛兵達が皆さん深海魚のような白目を向けているが、詐欺師たるもの図太くなけりゃやってられないのでそこは気にしてません。…ただ、これで麦わら達をフォローできる目はほぼなくなった。私の印象自体も相当やばい。
「あの、なんかすいません…自分で言ってても白々しいけど、あんなことする連中じゃない…んですよ…いやほんと…」
「信じられるか!」
「デスヨネー!」
衛兵の一人に怒られた。そりゃそうだ。私だって今自分で言っててあまりの信憑性の低さに尻がすぼんだのだ。
唯一の救いは仲間と船以外をなんら要求していないこと…だと思ったが、考えてみればこの一味は人魚誘拐グループという嫌疑がかかっていた。
(どう考えてもこりゃまずいわ…女の子をあらかた攫い終わって、逃げる準備をしてる凶悪犯って感じになっちゃってる)
プロの犯罪者は土壇場で獲物を選り好みしてモタモタ手間をかけたりしないものだ。
事前にあらゆる準備を済ませておき、騙すなり奪うなりしたら尻尾を掴ませることなくサッと逃げる。だからこの場合、誘拐なんかやらかしていたら城までノコノコ着いて来る理由もない(こんなことがなければ一味を客人として扱うつもりだった、という辺りはさっき王子達から聞いた)。
そこらへんまだしも救いがあるかもしれないが…問題はその犯罪者の手口を解説できるのが私ぐらいだろうという点で、これまた証言は難しい。
   
「君達の友人というなら、まずは彼女を引き渡そう。こちらに人質交換の意志があることを知ってもらいたい」
考えを巡らせる間にフカボシ王子が交渉を進めて、一先ず私一人を城内に入れることになった。
この局面であれこれと悩まないところはやっぱり聡明な人だ。私を人質に使って城内の人達を放せと脅したところで、そもそもの比重が違いすぎる。
「分かった。他の仲間と船もできるだけ早く持ってこい」
……そこは連れてこい、じゃないのか。
「む…構わないが、連絡廊を下ろせないというなら手段はどうする」
「あ、お構いなく。私ならここに浮いてれば、誰か迎えに降りてきてくれますよ」
町をうろうろしてる時に買っておいたバブリーサンゴを出すと(なぜか後ろで「やっぱり」とか聞こえた)、フカボシ王子は軽く頷いた。
「…解りました。では、私たちが立ち去った後に城に入ってください」
「本当に重ね重ね申し訳ない限りです。こんなことにさえならなければ、もう少しは仲良くしたかったんですけど」
島民にあれだけ信頼を置かれている王族なら、恩を着せておけば後々ラクに進むと思ったのに。
まったく本当に残念だ。主に私の人探しの観点から。
   
…人魚誘拐犯が本当にあいつだったらまた樽に詰めて、ナントカ危機一髪(の、パチモン)やってやろう。
私はごく密かにそう思った。
   
   
「バホホホ! まだ嫁にも貰っていねェのに返せとは、気が早ェぜお父様!」
「お父様と呼ぶな!」
籠城中に変な人達が来た。
どうも来る途中の“幽霊船”と、入国の時に襲われた新魚人海賊団のボスという組み合わせらしい。何を狙っているにしても、これでは確実に穏健に済むような話ではないだろう。
   
「ああ、王子様達から聞いたけどこいつね、バンダー・デッケン九世。一回会ったあの船の…」
「あ、知ってるんですかその噂…そうみたいですよ。ヨホホホ、とりあえず生きてる人でよかったです…いやあオバケじゃなくって安心したというか、胸を撫で下ろしたというか…まあ「撫で下ろす胸ないけどな、お前」
「!」
「んー、能力者ってことは魚人でも泳げなくなるのかな。身体の構造が変わるってわけじゃないから息はできるんだろうけど…ねえ、そこらへんどうなのそこのストーカー」
「バギャ野郎、おれはストーカーじゃねェ! 求婚者だ!」
「これはひどい。…ほんとあんたどんな神経してんのよ」
いろいろ噂は聞いているが、当時6歳だった女の子に目をつけて、10年間ラブレターを送り続け求婚し続けて来たとかいう逸話はさすがの私も引いた。武器を投げつけて命を狙って来たに至ってはドン引きした。
「何言ってやがる。恋愛に年の差は関係ねェだろう」
「いや、年齢差はもちろんだけど他にもいろいろ足りないものがあるんじゃないの。婚姻に至ろうとまで言うんなら。主に両者とご家族の合意とか一般常識とかこの場合は身分とか、あとサイズも」
「どこのだ!」
「全体よ! なにその下品な発想、最低!」
「いや、そこはすぐピンと来たおめェも人のことは言えね「まあ何にしてもここにはいないと思うけどね!」
キリッ。
「本当に人魚姫さんいないみたいだけど、あんたじゃないの?」
「“おれの”しらほしが消えただと!?」
「“わしの”娘じゃもん!」
「国王! こんな男の戯言にムキにならず…」
どうも違うみたいだ。
そうすると状況からいえば麦わらだ…動機と方法はどうもよくわからないが、再三言うように誘拐なんかする奴ではないし、あんなストーカーに狙われてる今の状況で、気が弱くて引っ込み思案の(と聞いてる)人魚姫がいなくなったと言うなら…
「…無理矢理攫ったりする奴じゃないけど、事情を聞いた上で連れ出すってんならやるかもしれないわね。けっこうお節介だからあいつ」
次の瞬間、私は自分の失言に気付いた。
   
「何だと!」
「!」
その一言を聞いたバンダー・デッケンが、さっと顔色を変えたのだ。
   
「おれのしらほしを連れ出して行っただと…? どこのどいつだその間男はァ!」
「いやなにもそこまで断定してな「おれの愛を受け入れねェと言うなら、その野郎共々命は貰って行くぞ! おい、しらほしの居場所はどこだ! 教えろ、女!」
「知らないって!」
なにこの偏執狂こわい。
稼業が稼業だけに今まで変態はたくさん見てきた。頭がいいのも悪いのも、言葉は通じるのに話がわからない奴も、行動の規範からもう理解不能な奴もいたが…こいつはその中でもかなり厄介なパラノイアだ。やめろ斧を向けるな。私は腕っ節には自信ないんだから、ケンカを吹っ掛けるなら向こうのゾロ君に頼みます。
「落ち着けよデッケン! その連中の言うことが嘘でも本当でも、お前にはその場所を知る方法があるだろうが!」
「確かにな…ホーディ、お前は頭の回る男だ! …のハズだ!」
   
サンゴに飛び乗ってバンダー・デッケンが行ってしまった。投げた、というよりどう見ても折ったようにしか見えないが、やっぱりあれがマトマトの能力か。
(こうなると誘拐疑惑どうこうはいいから、麦わらが一緒にいた方が心強いなあ。でももしそうなら、本当にどうやって連れ出したんだか…)
王様はあのメガロちゃんの口の中に詰めたとか言い出して、発想がバカすぎると笑われていたが…うん…いくらあいつでもそこまでバカではないんじゃないか。たぶん。これだけ大きな城なら室内の水を入れ替えるための換気口(と言ってしまっていいのかどうか)みたいなものがあるだろうから、出したとするならそこらへんが怪しい。
いまひとつ言い切れないのは、詐欺師は密室殺人事件とかそういうものを作る側であって解く側ではないからだ。
(今度会ったら聞いてみよ)
   
後に麦わら本人に聞いてみたところ、期待を裏切ってバカの発想の勝利であった。
   
   
「ちょっと来て」
膝の辺りまで海水に浸かって力が抜けていく最中、横合いからこっそり手を引っ張られて、誰かと振り向いてみたらナミちゃんだった。
「いいけど、なんかやるんなら私じゃない方がいいと思うよ…立つのだるくなってきた…」
わからない人には徹底的にわからないであろうこの感覚を、能力者以外に説明するのは非常に難しい。体の限界を超えるまで運動して疲れ切って、泥のように眠ってしまいたいのに妙に目が冴えて眠れない。なのに動けない。あんな感じの無力感さえ覚える感覚はこれと似ている。
あと誰にも発表してない能力者あるある。
シャボンに入って四方八方を水に囲まれていると、動くのは支障ないのになんとなく生乾きの服でも着ているような、不快感と違和感がじっとりと入り交じった微妙な気分になる。
   
…などと現実逃避をしていたら水かさはますます増してきた。
「うあ、ごめん…もうダメ」
顔面から海水に突っ込むかと思った瞬間、水の中から不意に手が伸びて私を抱き止めた。
ちん、大丈夫? あっ、逃げられそうな通路見つけてきたよ!」
「ありがと、ケイミー」
そういえば一回会った時にはろくに紹介もされていなかったが、ホタテ型リュックのかわいい人魚の女の子…うん、確かにケイミーと呼ばれていた…は、私を抱えたままで、室内隅の方にあった小さめの戸に視線をやった。
「非常口みたいなところがあったの。言われたとおりにちょっと見てきたけど誰もいなかったよ」
「よし、じゃあこっちは任せて大丈夫だと思うから、私達はさっき聞いた海の森まで行って、元七武海“海狭のジンベエ”に会うの」
「わかった、悪いけど引っ張ってって…」
ナミちゃんは手際よくこちらのポケットを探ってバブリーサンゴを取り出すと、膝を付いてしまったせいで胸元あたりまで沈みかかった私の顔付近をシャボンで覆い、次いでぐったりと力の抜けた体をケイミーちゃんに括りつけた。
ありがたい。ここに置き去りにされたら死亡フラグもいいところだ。
水中を進むのは寒いだろうけど(普段エアエアの能力でガッチリと外気から守られている身なので、実は私は人より暑さ寒さに弱いのだ)心臓マヒを起こさなければ御の字。
「それじゃ、行くわよ!」
   
   
海の森に着いてみたら伝言通りジンベエの親分がいた。
さらに麦わらの一味が竜宮城に残してきた三人を除いてほとんど、そして彼女が人魚姫なんだろうかわいい女の子。それから関係はよくわからないがタコの魚人が一人と、サニー号に乗ってるコーティング職人らしい男性の人魚。…それにプラスして、私達。異様にもほどがある。
統一感がなさすぎて、仮にこの団体が普通に町中を歩いていたらもう居酒屋ぐらいしか入れる場所はないであろう。
(非常にどうでもいい話だが、インペルダウン脱獄時に私がつけた「オヤブン」という呼び名はとっくの昔に魚人島で広く使われていたらしい。人間も魚人もさして感性に違いはないものだ)
   
「ねえケイミーちゃん、あの麦わらと一緒にいるのがお姫様?」
「そうだよ。いつもはモニターで映像を見るだけで、外には出てこられないんだけどなんでかな」
「こりゃやっぱり麦わらがやらかしたか。…あ、いや、誘拐とかそういうアレじゃなくて連れ出してきたって意味でね」
「でも竜宮城は難攻不落って言われてて、警備も厳重だし何重もシャボンで覆われてるんだよ? そんなところからルフィちんどうやって連れてきたんだろ」
「私もそれ聞きたいな。…これからの商売に役立ちそうな手口ならいただくかもしれないし…」
ちん、目がコワイ…まさかそういうの人攫いに使ったりしないよね?」
「しないしない」
誘拐は本職じゃなく、ただの詐欺行為における一手段です。それと人を使った後はちゃんと無傷で元の場所に返します。
え、悪い顔をしてる? いやいやしてないよ。本当ですよ。
   
「……。」
私達があれこれ話す内容には意識を向けていない様子で、ナミちゃんはひどく複雑な表情でお魚バスの窓を見つめていた。こういう探りを入れるのはいい気分はしないが、さっきから…いや、入国した時あたりから彼女は何かにひどく心を乱されている。
具体的には“アーロン”と名前を聞く度に。
見聞色が強めだと特によくわかる。殆ど顔には出していないものの、その度引き裂かれるような深い悲しみ…当人でない私の心にさえ痛みが生じるほどの思い出が、ひどく彼女を苛んでいる。
彼女の身に何があったかは知らない。当人が喋りたいと思わない限り、無理矢理ほじくり返すこともしたくはない。ただ、ジンベエの親分とこれから話す内容が、彼女の新しい傷になってしまうことがないようにと願うだけだ。
なにせ親分と麦わらは、二年前に友人と言える間柄になっている。
   
 * * *
   
「言い訳してェってんなら聞くが、言葉にゃ気を付けろよ…
 何を隠そうここにいる麗しき航海士ナミさんの故郷こそ、アーロンに支配された村…彼女自身、耐え難い苦汁を嘗めてきた一人だ」
状況説明を済ませて少し経った頃。
お茶を(案の定女性陣の分だけ)持ってきてくれたサンジくんがそう語るのを聞いて、親分は顔色を変えた。
(ああ…うん、そうか)
ここまでのやり取りでだいたい成り行きは掴めた。親分とそのアーロンとかいう魚人には浅からぬ繋がりがあり、なにかの切っ掛けに袂を分かつことになった…そしてその後に、サンジくんが今言った話に繋がる。
ジンベエの親分はそのことを知らなかったようだが、なるほど、これは簡単に済む話ではない。確かに新魚人海賊団は人間を下等種族と呼んで露骨に蔑み、嫌っていた。その考えの大元がアーロン(か、その一派)から来たものなら、支配されていたと聞く故郷の村は一体どれだけのことをされてきたか。…今更本人の口からあれこれと語らせるまでもないだろう。
しかし支配された村における凶行と、それに関わる親分の人格の間には決定的な齟齬がある。
それほど深い関わりはないものの、喧嘩っ早いが一本気で海侠の名に恥じない人だ…そんな凶行を黙って見過ごすように見えるかと言えば、答えはノーだ。
またナミちゃんもナミちゃんで、そのアーロンにどんなことをされてきたかはわからなくとも、やはり無分別に人を恨む子ではなかろう。
だからここからは当人同士が納得いくまでナシをつけるしかないのだ。
   
部外者の私が憶測でどうこう口を挟んでもいいことはあるまい。事の顛末が気にならないと言えばウソになるが、とりあえず黙って聞くことにしよう。
それに人間と魚人族の差別に関わる話だというなら、私も少し興味がある。
   
ちょうど近くに生えていた椅子のような形のサンゴに腰を掛けて、私は親分の言葉を待った。
   
   
「それでジンベエ、弱虫の母ちゃんが捕まえた強盗はどうなった?」
「お前ほぼ寝てたろ! オープニングだよそれ!」
そんな会話を後目に、申し訳ないが私は暫し別方向に考えを飛ばしていた。
   
竜宮城から逃げてきた時は状況が状況だ、魚人島でこれ以上の情報収集はいよいよ絶望的かと思っていたが…どうして、この話を聞けたのは収穫だ。主に私の目的にとって。
(合うのは時期や人柄だけ、可能性は高いけど確証はない…顔写真一枚でもあればはっきりするから、うまくすればしらほしちゃんに見せてもらえるかな)
しかし、話の中のあの人が本当に“そう”であっても違ったとしても、なににせよやることがある。
「こうなってきたら、いよいよホーディを放って逃げるってわけにはいかなさそうね」
誰に言ったわけでもなかったが、私の言葉にハチと呼ばれていたタコの魚人がこちらを向いた。
「ニュ? そういえばどっかで見た顔だと思ったら…」
「ああうん、はっちゃんでしょ? 初めまして、です。話だけは聞いてるよ、レイリーさんとシャッキー姐さんから」
「そうだ思い出した! シャッキーのバーの壁に、昔のあんたの写真が貼ってあったんだ!」
「え、まだ店に置いてくれてんのねあれ…そうよ」
話すとややこしい上ずいぶん長くなってしまうので説明やいらない回想は控えよう。
一言でまとめると、私は妙な縁があってレイリーさんと知り合いだ。魚人の子供に友達がいるという話も聞いたことがある。ただ、今の話だと十年前…海で溺れた時には殆ど立ち寄らなくなっていたあたりのようで、結局会うことはなかったが。そうか、彼が。
「む…二年前にもそんなことを言っておったのう。お前さんは顔が広いな」
「人脈と情報網は詐欺師の基本ツールですよ。武器がなくても、」
これさえあれば…と言いかけて。
腰の銃を取り上げられていなかったことを今更思い出した。
   
「どう育てられればああまで紳士になるもんかと思ってたけど、納得したわ…」
「王子様達のこと?」
「そう」
彼等は本当に私に錠の一つも掛けようとせず、ボディチェックも城に着いてからで構わないと言った。…その時にはたいそうなお人好しだと思ったのに、今の話を聞いた後だと印象は真逆になる。
頭から疑ってかかることもせず、恨み事のひとつも匂わせず。
きっと信じてくれようとしたのだろう。
「……。」
なんだか少し、人間であることが恥ずかしくなった。
   
「あの…それでは、お兄様達にお会いしたのですか?」
「ええ。二年前にジンベエ親分から少し評判は聞いてたけど、本当に立派なご家族ね」
「はい!」
ネプチューン家の末っ子、それも唯一の女の子とあって泣き虫で気弱な子だとばかり…いや実際そうではあるんだろうけど、それ以上に芯の強いお姫様だ。こうしてうれしそうに頷く様子もとてもかわいい。
町中でも(あくまで一部を除いて)人間に対する表立った差別意識の感じられないところは、王妃様亡き後王族の彼等が心を砕いてきたことの…またそれを受けて、国民達もできる限り人間に近寄ろうと歩んできた証だろう。
天竜人の署名は、いわばその象徴。
それだから。
   
   
【あー、全魚人島民…聞こえるか?
 おれは魚人街の“新魚人海賊団”船長…ホーディ・ジョーンズだ】
   
少し前まではうまくすればリュウグウ王国の王家にも顔を売れるかと思っていたが、もう今のところそれはいい。
この騒動を鎮める方が先決だ。