そういえばトシャさんは元気でいるのかなあなんて、ちょっと前のことを思い出したのは、久しぶりに大規模なヒーローショーなど来てみたからだ。
 
 バトルショーが終わったばかりのまだ熱気が残る会場内は、まだまだ帰る人は見あたらない。
 周囲はいつものように、元気な子どもたちや付き添いのお父さんお母さん。それに混ざって、私も含まれるいい年のお友達…見たかぎり、今回はだいぶ年齢層が高い。ヒーロージャンルは老若男女恒常的に人気のジャンルだから、昔を懐かしんだ大人が来ることなど珍しくないのだ。
 そして、時にはおかしなやつが混ざるケースもある。
 たとえば、さっき物販ブースで揉め事を起こしたいかにも素行の悪そうな男三人組。人気の高いグッズばかりを買い占めに近いくらい購入しようとして、止められたのにその販売員をさらに怒鳴りつけて、ちょっとした騒ぎになっていた。
 ヒーローになど微塵も興味なさそうだったから、おそらくグッズの転売が目的だろう。事故で荒野に放り出されて恐竜の餌にでもなってもらいたいものだ。
 しかし転売クソ野郎くらいは珍しくもない。悲しいことだが結構存在する。
 私はそっと出入り口近くの壁の方へ視線をスライドさせた。それよりおかしいやつがいるのだ。
 まだいた。派手なリーゼントに細身のサングラス。いかつい体つきを包んだスーツもタイも革靴までも真っ赤という、あまりにも異様な大男が壁に背を預けて佇んでいる。
 この赤い男、本当にあまりにも異様なので、客席に潜んでショーをサポートする演者のひとりかとひっそり動向に注目していたが、ただ格好がハデなだけでふつうのファンだったらしい。
 
 次の催しの準備でいそがしそうなステージへ目線を戻したのと、横の席の人が戻ってきたのはほぼ同時だった。
「あ、すみません」
「いえ」
 腰のポーチから落ちた整理券を渡してあげると、隣席の彼はちょっと笑って受け取り、頭を下げた。いかにもオタクっぽい風貌の少年だ。たぶん高校生くらいじゃないだろうか。
(このくらいの子が昔見てたってなると…目当てはマイティマスクあたりかな)
 マイティマスクとは、いつか天下一武道会に現れたというおそろしく強い戦士のことだ。
 とはいえその彼は偽物で、覆面の戦士だからといってふたりで試合をして、結果失格になったそうだけど…その際少年ふたりで大人の男ひとりを演じるドタバタコメディの構図がウケて、ある漫画家が読み切りを描き、それが連載になり、アニメにまでなった異色のヒーローなのだ。私も好きだ。
「あの」
「あっ、はい」
 しかしながら、彼はこちらにふと視線を向けて…いや、私の顔ではない。はっきりと持っているグッズのほうへ目を向けてきた。
「もしかして、ガンマ推しの人ですか?」
 おっと。こいつはお仲間じゃないか。
 思わずにやりと笑ってしまいそうになった。
「そうです、今日のヒーローはほぼほぼ見てるけど最推しはガンマで!」
「ボクもです!」
 彼と私は手を取り合う勢いで大喜びした。
 若いのにわかってるじゃないのきみと背中の数発もぶったたきたくなったが、初対面の人間にそんな真似はできないし、なんなら敬語も崩せない。オタクとはそういう生き物であった。
 
 そうこうしているうちに休憩時間が終わって、司会のお姉さんが明るい声を張り上げて、ヒーローからのプレゼントの仕組みを説明している。
 とはいっても、お客の大半はちびっ子たちなので複雑なことはいっさいない。整理券ナンバーで抽選をやって、当たった人には舞台上で今日ヒーローたちが使った小物をプレゼントしてくれるというもの。シンプルなのはよいことだ。
「あっ次ガンマですね。プレゼント、今回使った通信機レプリカだって」
 これはいいチョイスだ。ガンマにはあまり小物がついてないので、身につけていたものを配るとすれば手袋とかその辺になってしまうのだ。その点通信機はガンマの耳元から取り外し可という設定があり、放送当時はおもちゃ化もされたアイテムなのだ。その売れ行きがだいぶ良かったらしく、今こうしてプレゼント企画にも使われている。
 
 お姉さんの軽快な口上にあわせて、音楽とドラムロールが響く。スクリーンに映し出された番号が回転を始め、やがて効果音と一緒に静止する。
 番号は94。
 
「あ、え、や、やった! ボクだ、94!」
「えっ! いいなあ、やりましたね!」
 飛び上がって喜んだのはなんと隣の少年だ。
 私は思いっきり拍手を送っていっしょに喜んだ。ガンマ推しとはっきりしている、すなわち確実に大事にしてくれる人の手にプレゼントが渡るなんて、自分に当たるより嬉しくなってしまう。
 持ってるなあこの子!