(あ、またいいね爆撃と空リプきてる)
 
 仕事帰りにスマホの画面をのぞき込んでそっと道の端に寄り、にやつきそうになる口元を押さえてたふたふと更なる空リプを打ち込む。
マジのマジのマジでわかりみ…バッドエンドって意見もあるけどあの生死不明ラストはガンマの堅物ともとれる生真面目さに一番よく合っているし、彼の業も合わせて、生きているかもしれないという一縷の望みも持っていられる最良のラストじゃん…あれがあってこそエンディング直前でガンマが地球を見下ろすカットも生きてくるんだよ、アホほど泣いた
 その呟きにもリアルタイムでいいねと考察空リプが飛んできたものだから、車のドアに手をかけたまま私は今度こそフヒヒと口元を緩めてしまった。
 お互い今日も元気に限界オタクだ。
 SNSの通知画面には「TOSHA@全人類ガンマアニメ観て」の名前がある。
 あまりにも解釈の一致するこのフォロワーを見つけたのは、ちょうど一年ほど前のことだ。ガンマ自体はもうずいぶん前に終わったカートゥーンジャンルであまり人口も多くはないが、彼女はガンマをメインにずっと古今のヒーローもので活動し続けている、私のよくしゃべるフォロワーのひとりだ。ほぼ空リプしかしてないんだけど。
 なお、口振りから便宜上彼女と呼んでいるだけで、中の人の性別は知らない。
 
 車内という密室をいいことにしばしニヤニヤと液晶を眺めていた私は、よそから流れてきたリツイートを見つけてテンションをブチ上げた。
(うわっマジか今度ガンマ作者の先生の展示会やるじゃん! どうしよ、トシャさん行くのかなあ、誘ってみようかなあ!)
 
 一大事であった。
 こんな機会はめったにない。身近にはガンマを知る人がいないので、ひとりで行ってテンションを持て余すくらいならぜひフォロワーと行きたいが、いざ声をかけて嫌がられたら死にたくなる。
 まあそうまで露骨に態度に出す人ではないと思う。しかしたぶん同年代くらいだろうし、これで見立て通りに女の子だったら見も知らない相手がお出かけしようなんて怖がらせてしまう可能性もある。こんなことならちょっとは個人的な話もしておくべきだったかもしれない。まあお互いプライベートにぜんぜん突っ込んでこなかったので、いまさらそんなこと言っても仕方がない。
(オーライ、焦るんじゃない…「慎重さが足りない」ぞ。まだ今すぐ決めなきゃいけない段階ってわけでもない。じわじわこの展示会の話に触れつつ、ひとりで行っても話せる相手がいないからだれかフォロワーと行きたいなーってチラチラしていきつつ、トシャさんが食いついてくれたらまたじわっと水を向けて様子を見よう)
 なんせ性別すら知らないが人柄とセンスはわりと知っている。
 展示会はこれ絶対トシャさん好きなやつだし、彼女はベタベタの馴れ合いは嫌いだけどテンションを共有する気の置けない相手はいてほしいタイプだ。だいぶめんどくさい人といえるが、そこは私も同タイプ。身内読みなら自信がある。
 この場ではリツイートに留めておいて、のちほどリアクションを見せていくことにしよう。
 とりあえず携帯を鞄に突っ込んでから、私はあらためてブレーキを踏み込み、エンジンをかけた。
 
 * * *
 
「あれっ!」
 夜のお風呂からあがっていそいそと液晶画面の前へ戻り、私は思わず素っ頓狂な悲鳴をあげた。
 
 何の前触れもなく、トシャさんのアカウントは凍結されていた。
 
「えっちょっと、なんでよ、どうして! ブロックとかならまだしも凍結なんて!」
 あまりに予想外で、返答もないのに画面に向かって毒づいてしまう。多少皮肉屋で口は悪いけど、ヒーローを愛するだけあって、公序良俗に反するようなヤバい発言はしない人だ。そこは彼女のアカウントをさかのぼって過去の発言まで読んできたくらいだ、信用している。
 だいいち、そんなよろしくない発言をするような奴をオフ会なんて誘いたくない。
 何かがあったことは確実だとして、運営に問い合わせても教えてくれるとは思えない。あちこちに飛んでみても、トシャさんのフォロワーたちも困惑している。
 事情のわかる人は誰一人いないようだ。
「なんでよ…」
 半日ほど前までは文字数限界ギリギリの熱い作文を送りあっていたのに。
 今度書くと宣言していたヴィラン視点の小説も楽しみにしてくれていたのに。
 自分で描いたとうれしそうにしていた、ポップな書き文字のアイコンだってまだ残っているのに。
 背後のテレビから流れてくるニュースだけがやたらに耳につく。どこかの科学者が実験のために冷暗所に忍び込んで、死体を何体盗んだとかどうとか。脳味噌の表層を滑り抜けて、内容はひとつも残らない。
 変態科学者が死体を盗んだとか逮捕されたとか、そんなことより、これから友達になれたかもしれない、顔も知らないフォロワーひとりのほうが大事なのに。
 なのにこの夜を境に、トシャさんは本当に動きがないまま、SNSから完全に姿を消してしまったのだ。