「えっと、あの、ごめんなさい。どうしてもあなたのことが気になって」
こわいですよねと言葉は続いたが、私からするとどうしても怖いよりはかわいく見える。小さくても私なんかよりずっと強いのはおおまかに知っているけど。
「こわくはないよ。こんなにかわいいナンパは初めてだからびっくりしちゃったけど」
「えっ」
ちょっとからかうと、せいぜい私の腰ほどまでしかない小さな男の子は、そういうんじゃないですと目に見えてオロオロして、それから冗談だと気付いたのか少しだけむっとして口を尖らせた。とてもかわいい。
背後から呼び止められた時には驚いたが、私は彼の正体を少しだけ知っている。
「いきなりごめんなさい。ボク、孫悟飯っていいます」
「うん」
自分も簡単に名乗ってとりあえず荷物の中から飲み物をあげると、少年は少し落ち着いたようだった。
「ありがとう、おいしいです。
ええと、ギニュー…さん、と、一緒に歩いていましたよね、さっき」
「うん」
「ボク、あの人と戦ったことがあるんです。ほんの少しだけど、すごく強くて…あの、」
そこまで話すと少年はごにょごにょと言葉を濁して、俯いてしまった。彼はなんと言うべきか困っているだろうが、こちらからすると言いたいことはうっすらわかる。
「それってこういうことかな? 彼はすごく悪い人なのに、私みたいなふつうの人とどうしてお付き合いをしてるのか、って」
悟飯くんはぎくりとして、それからこわごわと、ごめんなさいと頷いた。
「ううん、いいんだよ。怒ってない」
思わず苦笑いが漏れた。べつに怒るほどのことではない。
私はこの少年について詳しいことは知らないが、確かフリーザ軍とは敵対関係にあって…つまり戦場での彼の顔しか知らないはずだ。
そんな悪いヤツが、今さっき堅気の女と仲良く腕を組んで街中を歩いていたんだからびっくりして当たり前だ。
しかし大人の視点ならそう考えられても、このくらいの子供にとって、身近な存在を悪い人だとされるのはとても傷つく話に違いない。事実、そうだからつい後をつけてきてしまったし、同時にあんなに話しにくそうにしていたんだろう。優しい子じゃないか。
「うーん、なんて言ったらいいかなあ…」
フリーザ軍と一緒にしないでと言うのは簡単だ。実際私は彼氏の仕事には完全にノータッチだし、仮にギニューさんが明日から違う仕事を始めたとしてもなんの抵抗もない。
しかし、私の気持ちを言葉にするならそれだけではないように思える。
「フリーザ軍のお仕事が良くないことなのは知ってるよ」
「じゃあどうして…」
「だけどそこにはいろんな人がいて、いろんなスタンスで働いていて、そのいろんな人にまた別のたくさんの交友関係があって…ううん、言葉にしようとすると難しいなあ。
人がたくさん集まるところは、悪いだけじゃ測りきれないたくさんの要素が生まれるんだと思うよ」
「悪いけど、悪いだけじゃない…」
「まあ、フリーザ軍の幹部だからギニューさんは普通に悪い人なんだけどね」
「えっ!」
驚かれてしまった。
でもそこはべつに擁護する気はない。だからどうという話ではないのだ。
「悪い人でも私はギニューさんが大好きだし、向こうもそう。それだけでいいの」
「ううん……なんだか、ボクにはよくわかりません」
「今すぐわかる必要はないよ」
なにせ私にもよくわからないし、明白に言葉にしようと思うととても難しい。
しかしそんなどうしようもない説明で、大まかにでも理解してくれたらしい。優しいだけでなくとても利発な少年だ。
「でもちょっとだけわかりました。ギニューがあなたのこと大好きなの」
「……そうだね!」
それにしても、子供の裏表も容赦もない剛球ストレート、結構恥ずかしい。いや、知ってるけどね。否定するわけではないけど。
* * *
「あれからそんなことがあったのか」
「いい子でした」
かわいい男の子に心配されたことをギニューさんに話してみたところ、彼は何度か感心したようにうなずいた。
「うむ、確かにナメック星でその子供とは戦ったことがある。父親に似て戦いの勘が鋭い子だったから、大人になったらいい戦士になるだろう…部下にほしいくらいだ」
「絶対やだって断られちゃいますよ」
あれから少し話をして、なぜかお友達にもなりはしたが、やはりフリーザ軍への悪印象は拭いようがないらしく(まあ、本人たちが意識してそうと振舞っているのだから拭えるはずもない)彼は何度も私の身の安全を確認して帰っていった。本当にいい子である。
「あの子のお父さん、かぁ」
「それはとんでもないサイヤ人でな。オレも相当に鍛え抜いたつもりだったが、あっさりと上を行かれた。あの時はさすがにショックだったぞ」
このコントン都内には、宇宙中を巻き込んでさまざまな歴史から迷い込んできた、さまざまな有名人がそのへんをうろついている。目の前の彼氏もそのひとり。なんなら話に聞く宇宙の帝王フリーザも普通にいる…らしい。実際に見たことはないが。
昼間に出会った孫悟飯くんもそんな有名人のひとりで…といっても私自身はあまり深い知識はないが、覚えていることはいくつかある。
彼のお父さんがコントン都でも一番の有名人、孫悟空さんであること。
それから、あんな良識あるやさしい男の子が、あと十年くらいすると珍妙なポーズを決めてグレートサイヤマンと名乗り出すこと。
後者はできれば忘れておきたい記憶である。
「それにしても…お前はどうなんだ?」
不意に、大きな手がそっと両肩を掴んだ。
彼と比べればひどく脆い私の骨や筋肉を痛めないよう、細心の注意を払っていると分かる力で。
「え…」
「オレは断じてお前に危害など加えん。どんな災難からも守ってやる。フリーザ様に誓ってもいい」
誓われても本人は困るんじゃないだろうか。話の腰を折ってしまうから言わないけど。
「だがそれはそれとして、オレはフリーザ軍の幹部だ。お前には謂れのない罵倒を受けることも、おかしな目で見られることもあるだろう」
「……。」
「お前が怖いなら「ギニューさん!」
強い語調で一喝すると、恋人は目を丸くしてこちらを見返してきた。
「やっと顔を見ましたね」
「む…」
さっきからぜんぜん目が合わなかったじゃないか。
ただでさえふつうに向き合って座ると視線の高さが全然違うのだから、もう少し気を配ってほしいものだ。
「私はギニューさんが好きですよ」
しっかり私を見ていてくれれば。
「しゃんとしてくださいよ、いつもみたいに頼れるとこを見せてください。あんまり弱気になってると、約束のフレンチトースト作ってあげませんからね」
それだけで、世間さまの悪評などどこ吹く風と、あなたの隣で笑っていられるのだ。
「……お前は」
「はい」
ギニューさんはしばらくぽかんと人の顔を見つめていたと思ったら、やがて私と一緒にいる時にはあまりしない苦み走った笑顔を見せた。
「なかなかに悪いやつだな? 今の一瞬、完全に呑まれちまった。どんな豪傑の体を奪っても勝てる気がせん」
「それ褒められてます?」
「褒めたとも! オレくらいのエリートにこう言わせるんだ、十分に誇っていい」
いつの間にか、赤い瞳と響きのいい声は目の前で愉快そうに笑っていた。
「……ところで、だな…フレンチトーストの件」
「あはは、わかってますよ。朝から仕込んであるんだから取り上げたりしませんってば」
ちゃんと品質のいい蜂蜜も用意してある。大事に食べてほしいものだ。
せっかくあなたのために腕を上げたのだから。
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