彼氏の趣味で困る、といったら、服装や髪型の方向性を強制されたり、ちょっと実用性を欠くジャンルの下着を押しつけられたり、世間的にはそういう悩みではないだろうか。
 
「どうだ、とびきりかっこいいだろう!」
「……そうですね!」
「む、お前のクセか。重い頷き、それほど気に入ってくれたのだな!」
 わずかな沈黙にこんなにも複雑な感情を籠めたのは人生ではじめてだ。
 本来なら軍の関係者以外に考えてやることはしないが、お前には特別だ、オレとお前だけのヒミツだぞと言葉が続く。
 それからギニューさんはいままで取っていた、なんというかその、形容に困る感じのトンチキ……いや珍妙、もとい独創的なポーズを崩し、嬉しそうにわしわしと私の頭を撫でた。
 彼氏がご機嫌なのはうれしいが、どうしよう。
「さあ! よーく目に焼き付けたろう、早速お前もやってみるといい!」
 恋人が意に添わないポーズを取らせてくるって、普通もうちょっとアダルトなあれやそれで、少なくともこうではないはずだ。
 
 今日は来たときからやたら機嫌良くそわそわしていて…この様子じゃどこかよっぽど行きたいお店でもできたのかな、と楽しみにしていた時だ。ギニューさんはやおら寝室の方から姿見を持ち出し、おまえのためにとびきり凛々しいポーズを考えてきたと告げた。
 聞いたとき、私はどんな顔をしていただろうか。
 いや別に恋人のセンスがおかしいと言いたいわけでは……ない、のだ。いちおう。彼がやるならわりと楽しく見ていられるし、さっきの方がバランスがいいとか、こっちの方が安定感があるとか、感想を述べたりもする。
 だからって自分でやりたいかは別の話だ。
 しかし、それをどう伝えよう。あかの他人ならともかく彼氏のいうことで…しかもこんな善意の眼差しを前に突っぱねるなど。センスは多少アレだがいい人なのだ。
 しかししかし。そうやってズルズルと流された結果が今じゃないか。
 ついこの間トンチキで有名なグレートサイヤマンの二人組を見かけたが、彼らだって二号の方は最初ポージングに難色を示していたらしい。だというのにその場の空気に流されて、結果があの有り様。
 ここは心を鬼にして…。
「ギニューさん」
「どうした?」
「…………い、っかい、だけ、ですよ」
 負けた。
 
 とりあえず一回くらいやってみようとしたものの、これがあんがい難しい。
 ちょっと言われるままにストレッチをやったり、ポージングのレッスンを受けてみたりしたところ、わかったことがひとつある。
 ギニューさんと私では普段の体の作り方がもう違うので、彼にできるからといって私も真似をできるとは限らないのだ。片足立ちでもうフラフラするから体幹が弱すぎるのかもしれない。そういえば最近ろくに運動してない。
 思わぬところで躓いてしまった。
「ふむ、お前には少し難易度が高かったか?」
「そうだけど、うーん…もう少しでいけそうなんですよね」
 できないからやめておきますと言うのは簡単だが、それでは根本的な解決にならない。第一、一度くらいはやってみると決めたのだ。
「もうちょっと頑張ってみますよ」
 こういう運動も久し振りなことだ。どうせ室内だから誰も見てないし。
 そのくらいの軽い気持ちだったが、伝えるとギニューさんはかわいいやつめと万力のような力で抱き締めてきた。感激屋なのは知っているけど、重々気をつけていただきたい。
 こればかりは加減を間違うと骨の数本折れる可能性がある。

 * * *

「おお…!」
「どうですか、できてますよね?」
 
 ポージング練習は一時間に及んだ。
 私の場合片足立ちどころか、手足をぴんと伸ばすことすら普段そうそうやらないくらいだったので、固まった筋肉をよくほぐしてから再度ポーズに挑戦した。鏡で見たかぎりではできたはず。
 とはいえ、鏡の前でちょこっと確認するだけだと、はたから見たらぜんぜん形になってないのもよくあることだ。とりあえず横のギニューさんに確認を取った。
「すばらしい、細部まで完璧だ! お前ならきっとこのポーズをものにできると思っていた…オレはうれしいぞ! さあこっちに目線をくれ!」
 待って。写真はやめて。
 いや。いいけど。人には見せないって言ってるから。個人的に楽しむぶんにはかまわないけど。
「よ、喜んでもらえて光栄です」
 苦笑いでポーズを止めて、普段使わない筋肉を使ったからとのギニューさんの勧めで、最後にもう少しストレッチとマッサージをして終わった。
 これ以上やってみる気はないけど、いままでとは視点が変わってまあまあ面白い時間だった。これ以上は絶対やらないけど。
 
「ふむ…お前は写真写りがいいな。見てみろ、表情までバッチリだ。とても凛々しいぞ」
「あ、はい」
 あらためて自分で眺めるほど私の精神は強くない。
 万が一にもこの写真が流出したら夜逃げするしかないが、まあそこは大丈夫だろう。悪名高い宇宙の地上げ屋ながら、彼の人格には信頼を置いている。ちゃんと約束は守る人だ。
「そうだ、誰にも見せんが、待ち受けにするのはいいか!?」
「……い、いいですよ!」
 はやまったかもしれないが今更仕方ない。
 ヤケクソも入った私は豪快に承諾した。彼氏に自分の写真を待ち受けにしたいと言われて、どうしてこんな方向性の困惑をしているのか…よくわからないが、これだけ喜んだ顔を見られるのは普通に嬉しい。
「しかし駄々をこねるつもりはないが、一回きりというのは惜しいな…」
「やっぱりもっと見たかったんですか」
「まあな。お前がいつでもこのポーズを取れるようになったら、その時はオレも一緒にやりたかったのだぞ」
 彼は残念そうだがこちらは心底ほっとした。一回で止めておいて本当によかった。下手にほだされたらグレートサイヤマンの二の舞だ。
「鍛え方が違うから何回もできるかどうかわからないし…それに、これは私のわがままですけど」
「ん?」
「横とかじゃなくて、正面でギニューさんがポーズ取ってるのを見たいから、これ以上はやりませんよ」
「お前というやつは…!」
 体のいい言い訳でもあるが、同時に本音でもある。
 ただでさえ体格差のせいで横にいられるとただの壁なのだ。せめて正面にいてくれないと困る。
 そのくらいで特に意図はない発言だったが、なんて健気なことをと感動され、今度は膝に抱えられた。
 
 恋人は今日もとてもかわいい人だ。