さくさくのタルト生地。風味豊かなカスタードクリームと、真っ赤な花弁のように敷き詰められた苺。表面を覆うつやつやぴかぴかのナパージュ。
 評判がいいのは知っていたが、それにしても見惚れるくらい綺麗な苺のタルト。それが私の前にある。
 思わず正面のギニューさんに視線をやると、彼はひとつ頷いた。
「じゃあこれ」
「うむ」
 ごく短いやり取りのあと、私達は互いに頷きあって、お互いの前に置かれた苺のタルトとコーヒーを入れ替えた。
 もう慣れた。
 
「美味いぞ、このタルトは。お前のリサーチはハズレがない、さすがだな!」
「なら良かった。ここはシュークリームもおいしいみたいですよ」
 カフェを巡ってお菓子の食べ比べ。
 私は甘いものをあまり食べないので、この人がいなければそうしたことはまず確実にしなかっただろうが、いざやってみれば、一緒にあちこちお店を回ってのデートはなかなか楽しいものだ。
 たまに…いや結構な頻度で注文を間違われて、私の前にケーキやパフェが置かれるが、最近は訂正するのも面倒でそっと入れ替えることにしている。
 コーヒーを飲んでいる間にも、ギニューさんはとても嬉しそうだった。
「イチゴも十分に熟れて甘い。クリームと相性バッチリだ。そうだ、これは部下たちにも食べさせてやりたいな…今度土産に買っていってやろう」
「ならせっかくだから、違う種類のにします?」
「いや…そこは同じものにしよう。取り合いの喧嘩になってはいかん」
「みなさんエリート部隊なんですよね…?」
 べつに疑うわけではないけど、なんだろう。常々この人と話したり、部下の皆さんの話を聞いていると…なんというかその、高校生くらいのお兄さんが小学生のグループを引率しているようだと思ってしまうのだ。お菓子に目がないところが、特に。
 苦笑いをしながら再度コーヒーを口に運んだ。おいしい。やっぱり淹れたてに限る。
「うん。こっちも美味しい」
 私は苦味のさわやかな軽いものが好きだが、たまに濃いものも飲む。場合によりけりだ。
 
 向かい側、まるで宝石を崩すようにゆっくりとタルトを食べていたギニューさんがふと私の手元に視線を寄越した。
「それにしても、お前はいつもそうだが、あまりお菓子を食べんな。本当にコーヒーだけでいいのか」
「好きは好きなんですけどね。どうも多く食べると飽きちゃって」
 わざわざ買ってまでは食べない理由がこれだ。
 おいしいと思うのは本気だが、おおむね半分も行かないうちに飽きて放置してしまう。そうなるともったいないので買わないし、食べたくなったらレシピを調べて適量を作る。合理的だ。
 そんな具合でスイーツ巡りなどしたことはないから、最近は新鮮でとても楽しい思いをさせてもらっている。まさか甘党の彼氏ができるとは思わなかった。
 そんなようなことを説くと、彼はふと手元のタルトに視線を落とした。
「ふむ…そうか、飽きるか。好きは好きなのだな」
 気にさせてしまったんだろうか。
 そう思っていたら、不意に目の前に何かが差し出された。
 
「なら、オレのを一口やろう! 美味いぞ、ほら、アーンしなさい」
「えっ!」
 
 口元に差し出されたのは、窓から差し込む光を反射してつやつや綺麗に輝く苺のタルト。…の、一口ぶん。
 
「いや、その、そんな、」
 なに言い出すのこの人。
 いやおかしなことは言ってない。彼女にかける言葉としてはおかしくはないけど。それはそれとしてめちゃくちゃ気恥ずかしい。
「どうした、遠慮しなくていいんだぞ。なんなら他のも頼むから一口ずつ食べるか」
「そこまではいいですから!」
 意を決して一口。
「あ、おいしい。カスタードクリーム、甘いのにあっさりしてて」
「そうだろうそうだろう、なんならもっと」
「もういいです!」
 ギニューさんは嬉しそうにもっとケーキを切り分けようとしたので慌てて止めた。周囲にお客がいなくてまだマシだった。家でなら構わないけど、こんなバカップルみたいな真似は極力したくはない。
 
 …彼のダンスとポーズにはおおむね慣れた私だって、恥ずかしいことくらいあるのだ。