この銀河の数多くいる種族のなかでも地球人はひときわ弱く、脆い。
鍛え方次第で相当に強くなる個体もいることはいるらしいが、私はあまりぴんときていない。ともかく全体的には弱い。地球ではトップクラスの武道家ミスター・サタンも宇宙人からするとそうでもないのだろうと、最近わかってきたところだ。
そんな弱い種族は、生肉をそのままかじったり生水を飲んだりすれば食中毒を起こす。だからこそ煮たり焼いたり炒めたり、調味料を使ったり、栄養吸収効率を良くするために多大な工夫を要する。そうするとよりうまくする&向に情熱を注ぐ者も現れる。
地球人の弱さと凝り性は、かくて宇宙的にも希なる美食の技術を生み出した…という次第である。
遙か眼下の戦火を見下ろしながら、地球人のものと決定的に違う白い指がグラスを取り上げ、甘い酒精を唇へ運んだ。
蜜のように甘く濃厚でありながら不思議とさっぱりした後口が、フリーザ様の最近のお気に入りになっている…先日私が三本ほど持ち込んできた高価なデザートワインだ。
長く気温が氷点下となる北国のみでしか作られず、普通のそれとは違う長い時間をかけて拵え、葡萄一房から出来上がる量は匙一杯。そういった希少性もまた良いのだろう。
よく冷やしたものをほんの少しずつ。
酒精よりも香りに酔ってしまいそうな、氷点下が生み出すいっそ魔術めいたワインに目を細めながら、我らがボスが何に思いを馳せていらっしゃるのか。推し量ることはできず、またいち料理人が差し出口を利くべきでもない。
「ご覧なさい」
こちらへふと視線を向けて、いやに耳に残る高い男声が私を呼ぶ。斜め後ろへ歩み寄ると、フリーザ様は底の広いグラスを持ったままの手で、窓を指し示してみせた。
「綺麗でしょう、この戦火は。
でも星が消える時の輝きはもっと美しいのですよ。いずれあなたも見る時が来るでしょうけどね」
宇宙の帝王からすれば世間話のような内容だろう。私にとってはそうでなかったとしても。
悪趣味な方だ。知っていたけど。
「…命が燃えているから美しいのでしょうね」
答えると、深紅の瞳がひとつふたつ意外そうに瞬いて、普段よりもほんの少し見開かれながらはっきりと私のほうを向いた。こうして見るとあんがい幼げにも見えるから不思議なものだ。
「いつの間にか随分かわいくなくなりましたね、地球人のくせに」
ふんと顔を背ける仕草も多少子供じみている。
「ショックで涙声にでもなれば満足してくださいますか?」
「ああ、本当にかわいくない。もういいですよ」
こうして遠回しに死や暴力を匂わせるくらいでびびると思っていらっしゃるなら、だいぶ見くびられているというほかない。伊達や酔狂で帝王の料理人などやってはいないのだ。
とてつもないまでの手間暇と命。
あなたの好んでやまぬ味くらい、料理人の私が知らないはずがないだろう。
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