窓の外と私の思考を支配していた眩いばかりの閃光は、今はない。そこには宇宙空間が広がるだけだ。無数の細かいスペースデブリが舞うだけの、ただの冷たい虚。
 地球が存在していた証は、もう私以外にないのだとフリーザ様は言う。
 ほんの少し前ならば、それは嘲笑と共に向けられていたはずだ。人心をへし折り、蹂躙して、屈服させるためだけの冷気すら伴った言葉。宇宙の帝王たる彼はいままで当然のように、何千何万の人間をそうして支配してきた。
 しかしそれは今、愛情表現として私へ向けられている。
 理解できてしまった私もたいがいどうかしているが、生まれ故郷を爆破されてどうかならないやつもいないだろう。
 私を唯一無二とするために、私以上のものを作らせないために、可能性の芽をすべて消した。サイヤ人を滅ぼした時と思考の原理は同じでありながら、感情の向きは逆なのだ。
 
「心は決まりましたか」
 目の前で、たった今流れ出した血のように赤い瞳が笑う。
「あなたの帰る場所はもうどこにもありません。私の妻となって共に暮らしましょう」
 この笑みだけを見るならば、おかしいほど平和なプロポーズ。
 裏側に惑星ひとつぶんの犠牲があったなんて思えない、そして少し前の彼からは考えられないほど、晴れ晴れとした笑顔だった。
 
「いらっしゃい。私の花嫁」
 
 宇宙の帝王のとびきり狂った愛情表現。それを引き起こしたのは、まぎれもなく私だった。
 頭もおかしくなろうというものだ。
 
「たしかに、こうなったからにはあなたについて行くほかありません。生殺与奪の権はあなたにある。なにせ私はワタボコリですからね」
 いつかの比喩はまさに事実そのもの。私は吹けば飛ぶような弱者であり、それはきっとどれだけ時間が経っても同じことだ。
「でも、その前にひとつだけ約束してくださいますか」
「言ってごらんなさい」
 私は料理人。戦士になるつもりなどない。
 だからこそ切れるカードがある。
「私を妻に迎えるなら、これから先、私が作る料理はすべてあなたの為だけのもの。残さずすべて召し上がってください。毒味もだめです」
 フリーザ様はなんとも言えない表情でこちらを見返している。まるでお気に入りの作家の新刊を読むように。
 ああ、贔屓にしていたあの作家の新刊も、続きを楽しみにちょくちょくファンレターを送っていたシリーズも、もう絶対に出ないのだ。フリーザ様のせいで。
「そして、これから何千何万回と供されるあなたの食事に、いつ何時毒が入るかわからない」
 私には報復の権利がある。
「何せフリーザ様の妻になるなら、私もこの宇宙中をいっしょに飛び回ることになるんですよ。毒の効かないあなたでも殺せるようなものを、どこかで入手しないとも限りません」
 真っ向から睨みつけても雇い主は無言のまま、じっとこちらを見つめ返している。
 
「私を愛しているのなら、召し上がってくれますか。憎くて愛しい私のご主人様。私の帝王。
 たとえあなたの日の前で、スープに毒を入れたとしても」
 
 その瞬間のフリーザ様の表情はほんとうに筆舌に尽くしがたかった。
 思い切り目を見開いて。かと思えば、口元を押さえてそっぽを向いて。ひとしきりよくわからない挙動を見せたあと、彼は不意に距離を詰めて私の手を取り、引き寄せた。
「うわ」
「もちろんですよ、わたしの花嫁。
 あなたが手ずから差し出す毒なら、その場で瓶ごと煽ってさしあげましょう!」
 そこまでしろとは言ってない。
 ないけど。
「…絶対ですよ」
 
 こんな一言が嬉しいだなんて。ああ、本当に私はどうかしてしまった。