結婚してからフリーザ様は変わった。
極悪人であることには一切のブレもないが、なんだかぴりぴりした空気が薄まって、多少なり風通しが良くなったように思える。
…だから、不機嫌そうに部屋に帰ってくるのは久しぶりだ。
「お帰りなさいませ…ご機嫌が悪そうですね」
「だいぶ。まあ安心なさい。あなたに当たり散らしたりはしませんから」
それは何より。
家庭内暴力でも振るわれたら、この実力差では一撃で殺されるだけである。私は多少安心してお茶を淹れることにした。
「今日はレモングラスのハーブティーです。さっぱりした香りで気分が良くなります…気が落ち着くように少し蜂蜜を入れましょうか」
「ええ、任せます」
フリーザ様は短く答えてソファに身を沈めた。
やがて目の前のローテーブルから白磁のカップを取って熱いお茶を一口含み、足組みをして、眉根を寄せたまま長い溜息をつく。なにかよほど面倒な話でもあったんだろうか。
私は地上げ屋稼業にはノータッチなので推し量るしかない。
隣に座って自分のカップを傾けていると、不意にフリーザ様が私を呼んだ。
「あなたがもし、いらない贈り物をもらったらどうします」
突然の質問である。
「いらない…と、はっきりしているものは困りますね。私ならどこかにしまい込むか、どうしても荷物になるなら、贈り主にばれないようにこっそり売るか…」
趣味の悪い引き出物でももらったんだろうか。もしもそうなら宇宙もあんがい遅れているものだ。地球などこまやかにカタログ式である。地球はもうないけど。
「しまうことはできないんですよ。まあ、しかし…そのくらいですね。売ってしまいましょう」
「何をもらったんですか」
しまっておけないとなると、よほど大きなものだろうか。そう考えていると、予想外のお答えが返ってきた。
「人間です」
「は?」
「だから人間ですよ。わたしもこういう立場ですし、昔から賄賂というのはよくあったんですが…急に女をあてがわれることが多くなりまして」
「はあ…」
「あなた、意図を飲み込んでいないでしょう。愛人にと寄越されたんですよ」
「フリーザ様の、ですか?」
思わずぽかんとしていると、他に誰がいるんですと怒られた。いやだって。しょうがないじゃないの。
「前はこんなことはなかったんですがねえ…どうもわたしが結婚したとあって、少なくともヒューマノイドの女性なら好みに合うのだと思われたようで」
「ヒューマノイドの女というと、つまり…」
自分の胸を指差すと、夫は軽く頷いた。
「そういうことです」
フリーザ様にハニートラップ。
私が言うのもなんだが、確かにどんな人を送り込んだらいいかわからない。純粋に理想が高そうでもあるし、好みの方向性を考えてもまったくつかめない。鬼の難易度である。最初なんか好みどころか性別がわからなかったくらいだ。
そんなところに突然対象が結婚したという。少なくともその相手と同種・同性ならストライクゾーンに入ると思うのは当然だろう。
(当然だけど…ねぇ…)
確かにこれはものすごく面倒だ。
横目でフリーザ様のほうを伺うと、まだ多少苛ついた様子で舌打ちなどこぼしていた。なんだかんだ育ちのいい方なので、普段はこんな行儀の悪いことはなさらない。つまり、それくらい盛大にご機嫌を損ねている。
相手も気の毒だ。
「その愛人候補さん、受け取られるんですか」
「そんなわけないでしょう! 言ったじゃないですか、必要ありませんし、売りますよ」
「えっ!」
今度は私が大声をあげてしまった。
「売るって、だって人間ですよ。どうやって」
「この宇宙には奴隷を扱う商人もいます」
「かわいそうじゃないですか」
「あなたねえ、自分の夫の愛人にと送られてきた女に」
「まだ愛人じゃないし、そのつもりもないんでしょう」
私はそういう女性がどんなところから来るのかよくわからないが、他人の意思で身柄を譲渡されるとは、少なくとも私の一般地球人としての感性ではあまりよろしくないことだ。しかもそうやって寄越された先で、いらないからとさらに奴隷に売られるなんて。
いくらなんでもあんまりではないか。
「では、どうすると?」
フリーザ様は空になったカップを置いて、深紅の視線だけをこちらへ流した。
「可愛い犬や猫を拾うのとはわけが違うんですよ。おおかたわたしに媚を売って取り入って、終いにはあなたを追い落とすつもりの毒婦どもです」
「……。」
それは困る。地球を爆破された以上、私の帰る場所はもうどこにも存在しないし…なにより、この夫婦生活にも最近やっと慣れてきたところだ。
今更追い出されるのも、新しい女に乗り換えられるのも正直いやだが。どうしたものか。
「でしたら…そうだな、面談をさせてもらえませんか」
「はい?」
「面談です。私だって追い出されるのはいやですけど、それはそれとして。
こちらの内情をある程度教えたら、フリーザ様を相手に色仕掛けなんてリスキーなことをするより、ここで働いたほうが自分にとってマシだと思えるのではないかと。それがいやなら売られてもらいますけど」
「…働くって、あなた、またおかしなことを考えていますね」
ばれた。
それから一月後。
厳正な審査ののち、美人で頭が良くて手先が器用で、味覚の確かな部下が新たに四人できた。今は調理師見習として修行中だ。
いらないと言うから、もらったのである。
|